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声を失くした令嬢が、宮廷楽士様と一緒に、聖なる竪琴を奏で奇跡を掴む  作者: 高取和生@コミック1巻発売中


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4/10

第3話 約束

 朝の練習を始めて、十日が経った。

 シフォンヌにとって、それは宝物のような時間だ。


 声を取り戻す練習といっても、ロアードは決してシフォンヌに無理はさせない。

 毎朝、店の裏庭で笛と竪琴を合わせて、シフォンヌの呼吸を整えていくだけだ。


 それだけでも、シフォンヌの胸の澱は、少しずつ溶けていく。


「シフォンヌ、も少し肩の力を抜きましょう。歌は、戦うものではなく、寄り添うものですから」

「はい……」


 ロアードの言葉はいつも心を温かくする。

 彼の笛の音は光の帯のようで、音を追うシフォンヌの奥に眠る想いを呼び覚ます。


 ――唄いたい


 ある日、練習が終わると、ロアードは躊躇いがちに、口を開いた。


「……近いうちに、王都で『星しらべの祭り』が開かれます。ご存じでしょうか」

「はい、でも……私には関係のないお祭りですので……」


 シフォンヌは俯いて、少し微笑む。

 その祭りに出るのはアニーカだ。

 裏方の伴奏にさえ、シフォンヌは呼ばれていない。


「関係ない、なんて言わないでください」


 ロアードの声が少し強くなる。

 彼の青い瞳が、まっすぐにシフォンヌを見た。


「僕は……僕はあなたに、出て欲しいんです」

「えっ?」


「声を、完全に取り戻せなくても構いません。あなたの竪琴の音と、ハミングだけで十分です」


 シフォンヌは首を横に振る。


「でも、私なんか……」

「また『なんか』って言いましたね」


 ロアードは微笑む。


「あなたの音は、真っすぐです、誰よりも。初めて会った日、あなたの弦が鳴りました。僕は驚いた。あれは、あの音は、心が奏でたもの。あれだけの音を出せる人は、滅多にいません」


 シフォンヌは顔を上げる。

 ロアードの言葉が、全身に沁みていく。


 ロアードは懐から、書状を取り出した。


「僕は宮廷楽士として『星しらべ』の審査と演奏を任されています。その曲を、僕はあなたと奏でたい」


 シフォンヌの頭の中で、ロアードの言葉が回っている。

 意味は分かるが、現実味のないことだから。


「でも、アニーカ様も、出場されます。子爵家の立場もあります。叔父様たちは……」

「気にしなくていい。音楽に、身分は関係ありません」


 確信に満ちた眼差しで、ロアードは言う。


「あなたの声は、誰の許しを得なくても、世界に響かせて良いのです」


 シフォンヌの瞳が大きく輝く。

 ロアードは頷く。


「一つだけ、あなたにお願いがあります」

「……何でしょう?」


「祭りの夜、あなたが唄いたい曲を、探して欲しい。一緒に」


 カチリと、何かがシフォンヌの胸で響いた。

 それは運命が、回り始めた音。


 シフォンヌは小さな声で、ロアードに答えた。


「わかり、ました」


 それは二人の約束。

 風が空を渡る。


 竪琴の弦が、ひとりでに鳴る。

 約束した二人を祝福するかのように。



 だが。

 運命は上下に変動もする。

 か弱い少女を揺さぶるように。



 その夜。

 オルランス子爵邸の居間では、アニーカが祭りの衣装を披露していた。

 純白のドレスには宝石が散りばめられ、キラキラと光っている。


「まあ、なんて綺麗なの、アニーカ! まるで妖精みたい」

「でしょう? これなら、王族の目にも留まりそうよね」


 アニーカは、うっとりとした笑顔を見せる。

 その背後に控えた侍女が、アニーカに囁く。


「お嬢様。今日も『あの方』は街で男と会っていたそうです」

「あの方……シフォンヌのこと?」


 アニーカの顔が歪む。

 母は眉をひそめる。


「まあ、あの子ったら、何をしているのかしら。引き取ってやった恩も忘れて、男遊びとは」


 侍女は恐る恐る言う。


「あ、遊びじゃないと思います。相手は楽士。銀髪の男だそうです」


 アニーカの頬がピクリと震える。


「銀髪……楽士……まさか。ロアード様?」


 自分で口に出した瞬間、アニーカの胸にどろりと流れる何か。


 ――アイツ。わたくしよりも先に、彼と知り合っていたの?


「お父様」


 アニーカは作り笑いを浮かべ、父の袖を取る。


「星しらべの伴奏、シフォンヌに任せるのは止めましょう。男遊びなんて噂が立つだけでも、我が家とわたくしの名誉に関わりますわ」


 子爵は、一つ息を吐き頷く。


「確かに。祭りの当日、シフォンヌは屋敷に留め置こう」


 アニーカの唇に笑みが戻る。瞳には冷気が宿ったまま。


「ええ、それがよろしいと思いますわ」

お読みくださいまして、ありがとうございます!!

シフォンヌが、早く幸せになれますように~~

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