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声を失くした令嬢が、宮廷楽士様と一緒に、聖なる竪琴を奏で奇跡を掴む  作者: 高取和生@コミック1巻発売中


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第9話 祈りよ、届け

 新国王と王妃の婚姻に湧く王都から、遠く離れた山地に建つ修道院。

 日中でも霧が深い。


 そこには一人の若い女性が身を寄せている。

 修道女たちは彼女を「アニス」と呼んでいる。

 かつての名を知る者は、誰もいない場所。


 ――アニーカ・オルランス。


 嘘と嫉妬にまみれた令嬢の名は、過去の雪の中に埋もれている。

 時折動かす彼女の指は、竪琴の弦を弾いているようだ。


 だが。

 彼女が音を奏でることは、もうない。

 音楽とは、欲望にまみれた過去を、想起させるものだから。


 鐘が鳴る。

 朝の祈りの時間を告げる音だ。


 アニーカは跪き、指を組む。


「罪を、お赦しください。……あの人を傷つけました。嫉妬にとらわれ、真実を手放しました」


 声が震えている。

 だが涙はもう出ない。

 ここに来て、泣き尽したのだ。



 祈りの時間が終わると、院長である老修道女が声をかけた。


「アニス。あなたはいつまで、罪の中にとどまるつもりなの?」


 アニーカは首を振る。


「贖いは、まだ終わっていません。あの人にした酷い行いを、償いきれていないのです」


 院長はため息をつく。


「では、あなたに一つ、試練を与えます。今夜、村の孤児院で『星の祈り』を唄ってください」

「星の、祈り?」


 アニーカの胸が締め付けられる。

 あの夜、自分があの人から奪おうとした歌。

 シフォンヌが、彼女の母の祈りを受け継いで唄った、あの旋律。


「む、無理です。わたしには!」

「いいえ。あなたにしか、出来ません」


 院長は微笑む。


「贖いとは、過去から逃げることではなく、正面から向き合うことです」



 その夜。

 山間の小さな礼拝堂に、孤児たちが並んで手作りの灯りをかざしていた。


 アニーカは震える指で竪琴を取った。


 ――シフォンヌ


 凛とした彼女姿が脳裏に浮かぶ。

 自分が憎んだあの輝き。

 羨ましくて、悔しくて、でも、追いつけなかった清らかな声。


 ぐっと唇を噛み、アニーカは弦を弾いた。

 途切れがちな音しか出せない。


 でも……。

 子どもたちが小さく、口ずさみ始める。


『泣かないで、悲しまないで』


 子どもたちの声が、アニーカの罪の壁を、少しずつ崩していく。


 アニーカの唇が、自然に動き出す。

 掠れた声で、祈りの続きを紡いでいく。


「あなたは……あなたは、幸せになって……」


 弦が震え、ぽとりと涙が落ちた。


 音が戻ってきたのだ。

 乾ききった、アニーカの中に。


 歌が終わると、子どもたちは精一杯拍手する。

 誰も、彼女の正体など知らない。


「きれいな声」

「すごくステキな歌」


 子どもたちはアニーカに、笑顔を向けていた。


 初めてである。

 歌を唄って心が、こんなに温かく感じるなんて。


 そう。

 好きだったのだ。

 アニーカは音楽が、好きだったのである。



 それから数日たった。

 修道院に一通の手紙が届いた。

 王家の印章が押されている。


 院長は手紙をアニーカに手渡した。

 彼女が震える指で封を開くと、見覚えのある筆跡を認めた。


『アニーカへ

 あなたが祈りの日々を送っていると聞きました。

 私はあなたを憎んでいません。

 もう、すべてを赦しています。

 音は祈りであり、縁を結ぶもの。

 あなたが音を心から愛せる日が来たら良いと思っています。

 どうか、あなたも幸せに。あなた自身を幸せにしてくださいね

 シフォンヌ』


 手紙を握りしめ、アニーカは声にならない嗚咽を漏らす。

 しばらくして、アニーカは小さく笑う。


「バカね。でも……あなたらしいわ、シフォンヌ」


 それから……。


 今日も修道院の庭で、子どもたちが歌っている。

 アニーカはその輪の中で、竪琴を弾く。


 子どもたちが訊いてくる。


「ねえ、アニス先生。この歌、誰が作ったの? アニス先生なのかな?」


 アニーカは、子どもの頭を一人ずつ撫でながら答える。


「とても優しい人よ。誰かを幸せにしたくて、星に祈りを込めた人」


 そう言って、彼女は空を見上げた。

 珍しく霧が晴れている空は、澄んだ色をしていた。




 了

ここまでお付き合いくださいまして、ほんとうにありがとうございました!!

お読みくださいました皆様の幸せを、シフォンヌに代わり、お祈りいたします。

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