ぼくのお父さんはフラグ折り士です
「次に作文を読んでくれる人はいますか? はい、じゃあ畠中くん。立って読んでくれるかな?」
今日は浅瀬小学校の土曜参観日。教室の後ろで多くの保護者たちが見守る中、5年3組では作文の発表が行われている。作文のテーマは「家族」。子どもたちは前日までに家族と相談しながら作文を書いてくるのが宿題だった。
「ぼくのお父さん。5年3組 畠中ひろし。ぼくのお父さんはフラグ折り士です」
「畠中くん、フラグ折り士ってなにかな?」
聞いたことのない職業が気になった川上先生が質問を投げかけるが、畠中は無視して音読を続ける。
「お父さんはそこらへんの無免許のフラグ折り士ではありません。プロの折り士です」
「無免許のフラグ折り士もいるんだね。でも、先生はフラグ折り士の名前自体初めて聞いたんだけどな」
先生の質問に教室の後ろに並んでいた保護者たちも頷く。また、5年3組の生徒たちもみんな頭にクエスチョンマークを浮かべており、教室の中にフラグ折り士を知る者は畠中しかいなかった。しかし、相変わらず畠中は原稿用紙ばかり見ていて先生の顔を見向きもしない。
「プロのフラグ折り士は47都道府県に一人ずつ配置されています。担当地域で立った不吉なフラグを折るのがお父さんの仕事です」
「すごいお仕事ね。そんなお仕事があるなんて今まで知らなかったわ」
先生はそう言いながら、教室の後ろや廊下に畠中のお父さんがいないかさり気なく探すが、それらしい人物はいない。お母さんと思われる人もいない。
「お父さんは最近忙しくて土日も休まず働いてくれています」
「仕事熱心なお父さんなのね。でも、ずっとお仕事っていうのは大変そうね」
どんな人がフラグ折り士なのか気になっていたため、先生は少しがっかりした表情で言った。
「お父さんは出張も多くて家にいないことが多いです。でも『大切な家族のためだから頑張れるんだ』と言って毎回お土産を買ってきてくれます」
「それは素敵なお父さんね」
仕事内容はよくわからないが、素敵なお父さんに違いない。そう思った教室の後ろにいた保護者たちは、先生のコメントにうんうんと頷いた。
「お父さんの口癖は『おれがあの時折ってなかったら世界は滅んでいた』です」
「すごい口癖ね。どんなフラグだったのかしら?」
教室にいる全員の視線が畠中に集まる。
「お父さんは
『先に行け! 後で必ず合流するから』
『この戦いが終わったら姫に告白しようと思うんだ』
『もうすぐ妹が結婚するんだ。盛大に祝ってやりたいと思ってる」
『この程度の傷なんて手当しなくてもすぐに治るさ』
と、無駄に死亡フラグを立てまくる勇者を陰でサポートし、魔王討伐に貢献したそうです」
「勇者は死にたがりなの? それにしても先生、勇者や魔王がこの世界にいたなんて知らなかったわ」
クラスの子どもたちは勇者や魔王という言葉に目を輝かせる。
「生死の確認をせず、倒した魔王に近づこうとした勇者を殴った罪でお父さんはこの世界に飛ばされたそうです」
「お父さんは異世界から来た人だったんだね……てか、勇者は本当に死にたがりなの?! もしかして死に場所を求めてたりしない?」
5年3組にいた畠中を除く全員の中で勇者の好感度が下がった。そして「勇者=死にたがり」という新たなイメージが構築された。
「お父さんはこの世界に来てからも不吉なフラグを折る仕事を続けて、そしてプロになりました」
畠中は勇者に対する質問を無視して音読を続けた。
「そうね、この世界にも死亡フラグや不吉なフラグはあるもんね」
「先月までは石川さんのお父さんの不倫バレフラグも折っていたそうです」
「え?」
いきなりクラスメイトの名前が飛び出したので教室中がどよめく。その場にいた全員の視線が畠中から教室の一番後ろ窓際の席に座る石川きよみに集まる。
石川きよみは突然のことで思考が停止。顔から表情が消える。一方、そのすぐ後ろに立っていた石川きよみの母親の顔は鬼の形相になり、瞬く間に真っ赤になった。
「急に出張が増える、突然身だしなみを気にしだす、スマホを見られるのを嫌がる、といった定番ネタをやらかしまくる石川さんのお父さんのフラグを折っていたそうです」
クラスの空気を気にせず読み続ける畠中。
「あいつ、やっぱり不倫してたのか!」
石川きよみのお母さんは、鞄からスマートフォンを取り出すと誰かに電話をかけながら教室を飛び出していった。その姿には、さっきまで身にまとっていた上品な雰囲気はもう見る影もない。石川きよみは呆然としていたが、我に返ると慌てて母親を追いかけていった。
「畠中くん、今お父さんが折ったフラグが再生、いや事態がかなり悪化したわよ」
先生は戸惑いを隠しきれず声が震えている。教室の中も突然の事態にざわついたまま。
「お父さんはぼくにいつも言います。『客がおれを選ぶようにおれも客を選ぶ権利がある』『料金を踏み倒すようなやつは客じゃない』と」
「そ、それは先生も思うわ。お客様だからって偉そうにするのはいけないことね」
状況が読めないものの、先生はとりあえず畠中父の主張に同意した。そんな先生のコメントに共感し頷く保護者が多くいる一方、何人かの保護者は「いやいやそんなことはない」と首を横に振った。
「石川さんのお父さんはフラグを折らなくても不倫がバレないと思い、最近料金を踏み倒すようになったそうです。お父さんはこういうダメな客はすぐに捨てる必要があると教えてくれました」
「あ、だからさっき石川さんのお母さんは『やっぱり』って言ったのね。それにしても畠中くんのお父さんもなかなかすごい仕返しをするわね」
先生の感想に教室の後ろに立つ保護者たちは少し冷や汗をかきながら頷く。
「どんなに難しいフラグも必ず折る。お父さんはぼくの憧れです。だから大きくなったらぼくもプロのフラグ折り士になりたいです。おわり」
作文を読み切った畠中は、読み切ったことによる達成感からか満足そうな顔をしている。
「はい、ありがとう畠中くん。先生色々驚いちゃった。内容についてのコメントはちょっと時間が欲しいかな。あと、作文の最後は『おわり』って言わなくても大丈夫よ」
どうして児童の作文を聞くだけでこんなに疲れなきゃいけないんだろう。コメントしながら先生はやりどころのない気持ちの処理方法に悩んでいた。
「そうだ、畠中くん。今日はご両親はお仕事かな?」
先生はこの作文が家族と相談しながら書かれたものなのか、両親は内容を知っているのかが気になった。もし全て畠中の作り話だとしたら大問題だ。石川家もひどい巻き込まれ事故にあった事になる。
時を同じくして、クラスの子どもたちや保護者たちは単純に畠中の両親がどんな人か会ってみたいと思い始めていた。再び教室中の視線が畠中に集まる。
「今日は二人とも家です」
畠中は一瞬で顔を曇らせ、悲しそうな声で答えた。畠中の発言を聞いて今日会えないことがわかると、畠中以外の全員はがっかりした。しかし、多くの者が畠中の悲しそうな空気を察知し首を傾げた。もちろん先生も。
「畠中くん、どうしたのかな?」
心配になった先生が聞くと畠中はさらに暗い顔になった。
「実はお父さんは不倫をしていたんです。それがお母さんにバレて、今日は朝からケンカしてるんです」
「え?」
先生は想定外の回答に目が点になる。
「今日の朝わかったことなんですが、お父さんは土日も仕事と言ってお母さんとぼくに嘘を……」
泣き出す畠中。重すぎる突然の告白に戸惑いながらも、畠中を不憫に思い思わず涙ぐむ保護者たち。どうリアクションをとればいいのか分からず硬直する子どもたち。
「何がプロだよ……てか、不倫するなよ」
思わず溢れた先生の本音が重苦しい教室の中に所在なく漂った。