魔獣融合
『お、いたぞ。モーヴだ』
モーヴ——闘牛型の魔獣。
筋張っていて硬いのだが、魔力を流し込んで解体するとその肉は甘く、口の中で解けるような柔らかさに変わる。
オスは立派な角を持ち、その角は滋養強壮の薬の原料に。
骨や蹄は粉末にして白粉に使われる。
内臓も余すことなく食べられる、魔獣の中でも三本指に入る人気者。
……魔獣が人気ってなに、と思うけど……まあ、見つけたら狩られるよね。
実を言うとモーヴ、私、肉は食べたことない。
角や蹄や骨は薬の材料としていつもお世話になっているが、肉どころか現物を見るのも初めて……。
「狩る」
「ミーアは風聖獣様のところにいろ」
「え、あっ」
飛び降りるタルトとカーロ。
風聖獣様ふわふわな後頭部で姿を確認することができないまま「ムヴォー!」という断末魔が聞こえてくる。
ふ、二人とも狩るの早い!
『見事、見事! どれ、解体して運ぶのを手伝ってやろう』
「大丈夫」
「お気遣いありがとうございます、風聖獣様。ですが、このくらいは我々でできます」
『なんと、たくましい子ら』
いや、本当にたくましい子らです。
さくさくと手際良くモーヴを解体。
私がそれらを“薬の材料”として【紋章魔術】の[保管]で収納。
うん、我ら、たくましい子らです!
「橋はどう報告しよう。あまり状態はよくなかったよな」
「これから川の水温が上がると、腐るのが早まるかもしれないよね。夏季下旬か、秋季初旬に取り替えるように伝えようか」
「そうだな」
タルトと違ってカーロはしっかり伝えてくれるから話しやすい。
いや、タルトも言ってることはわかるんだけどね。
「戻る」
「「うん」」
ほれ、このように。
『では、村まで送ろう』
「よろしいのですか?」
『子どもが遠慮などするものではないさ』
という風聖獣様のお言葉に甘えることにした。
太ももふかふかさらさら感触で気持ちいい〜!
タルトの尻尾がまた私の腰に周り、私はタルトの腰にしがみつく。
ほんのちょっと獣臭がするんだけど、獣人はこれを嗅ぎ分けるのかぁ。
すごいなぁ。
しかし、呑気に「大物が獲れてよかったね」なんて話していた私たちが村に戻ると、騒ぎが起きていた。
「おい! 風聖獣様だ!」
「タルト、ミーア、カーロ! ああ、よかった、戻ってきたぞ!」
「本当だ! よかった、無事だったんだな!」
「? なにかあった?」
タルトが真っ先に風聖獣様から降りて、駆け寄ってきたタックさんに聞く。
こちらまで聞こえる大声で、「融合だ!」と村の人たちが叫ぶ。
……融合? なにそれ?
「カーロ、ゆうごうってなぁに?」
「ミーアは初めてか。融合は一定以上強くなった魔獣同士が大量に集まって、一体の魔獣になることだ。すごく強く大きな魔獣が生まれてしまい、これが起こると必ず人が死ぬ」
「えっ!」
なにそれ、すごく大変なことじゃないの!?
それが今、起きてる?
『うむ、マナの気配が濃くなっている。崖の国の近くだな。あれはヒトが近づいただけでも毒だろう』
「えっ」
「ミーア、避難の準備をするぞ。崖の国の近くなら、崖の国の騎士団が戦ってくれると思う。それでも万が一こっちに来たらなす術がない」
「えぇ〜……む、村を捨てるの?」
せっかくここまで整えたのに。
別な村から来た子たちも、最近外で日向ぼっこするくらいには元気になったのに。
この村は私を『家族』として迎え入れてくれた。
村人が無事なら、って思うけど……思い出が詰まった場所を捨てるのはつらい。
「融合で生まれた魔獣は本当に危険だ。魔獣除けのお香も効かない」
「っ!」
「他の村と共同で使う地下壕があるから、そこで融合魔獣が倒されるまで過ごす。命あっての物種だろ?」
「う、うん……」
『我も森に入るようならば迎撃する。今の我ならば短時間の戦いには耐えられるからな。心配はいらぬよ、ミーア』
「か、風聖獣様……」
そんな……風聖獣様まで戦うと言うの?
カーロに促されて、地面に降りる。
風聖獣様や村のみんな……優しい表情が、今は魔獣に対する警戒心や不安、恐怖に満ちていた。
私が知らなかっただけで、聖殿や城、町の外はこんなにも危ないもので満ちていたのか。
「……私……私……、……私、ポーション作ってくる!」
「ミーア!? 避難の準備もしてくれよ!?」
「わかった!」
村には来ないかもしれない。……来るかもしれない。
だから準備する。
生き延びるために。
それなら、私のポーションがきっと必要になると思う。
風聖獣様、本当に戦うことになるのかな?
ようやく散歩ができるようになったって、さっきあんなに嬉しそうだったのに。
風聖獣様は、伝承の中でもっとも争いが嫌いな聖獣様。
だから土聖獣様と水聖獣様が火聖獣様と戦いになった時、仲裁に入った——と言われている。
ご本人にお聞きすることはとてもできないけれど、あんなに穏やかな性格をしているのだから伝承は本当なのだろう。
そうでなければ神に座する方が、ちっぽけな私みたいな人間や、半獣人の住む村を守る、なんて言えないはずだ。
風聖獣様にいただいた加護、私、とても使いこなせているとは言えない。
それでも、助けてこの村に連れてきていただいたご恩に少しでも報いたい。








