変わりゆく村で【前編】
カンカン、トントン。
ガチャ、ガチャ、ドサドサ。
色々な音が同時に響き、合間に人の声が飛び交う。
解熱薬を売り一ヶ月が過ぎ、今日はポーションを納品する日。
つまり、ルシアスさんが来る日である。
私がこの村に来て二ヶ月、ということよね。早いなー。
そして私がお金を出して、村は現在建設ラッシュ。
きちんとした区画整理も行われ、ほったて小屋が立派な家に立て替えられていく。
私が住まわせてもらってるダウおばさんの家も、立派な木の家になった。
玄関扉はガタガタ外れそうじゃないし、壁に隙間はなくなった。
屋根も雨漏りしなくなったし、床だって砂地から木床に大変身。
余った木材でクローゼットやタンスも作ってもらえた。
ダイニングにも歪んでないテーブルや椅子が並び、収納スペースの増えた食器棚が佇み、高い天井と光をたくさん取り込む立派な窓ガラスが嵌め込まれたのだ。
他の村とこの村を合併する話も着々と進んでいる。
最初は壊滅してしまった村の人たち。
崖の国から口減らしで捨てられた子どもの孤児院があったらしく、その孤児たちがうちの村に来ることになった。
しかし、環境がコロコロと変わったことでみんなカーロみたいな顔になっている。
……無気力なのだ。
魔獣に人が襲われたのを見て、心が凍ってしまったのだという。
そう言われると、彼らの心が溶けるのを待つしかない。
カーロはその子たちの顔を見ると、顔色を悪くしてしまう。
孤児院は私たちの家と隣接するように作られたが、交流らしい交流は今のところない。
時間が解決してくれると信じるしかないね。
なんにせよ、村には人が増えた。
森の切り開きも順調に進み、それに伴い新たな問題もいくつか——。
「あ! 来た!」
「!」
タルトが指差す方向から、ガラガラと荷馬車が村へと近づいてくる。
ルシアスさんが来た!
「やあ、タルト! 元気にしてたかな?」
「おう!」
「ミーアも……」
「ルシアスさん! 助けてください!」
「へ?」
そう、私は壊滅した村の人を受け入れたこの一ヶ月で——そこそこ大変なことになっていたのだ。
「ミーア様、果汁ジュースをお持ちしましたよ」
「ミーア様、串焼きを作ったのでご賞味ください!」
「おお、ミーア様がルシアス殿と歩いておられる。今日もご健勝でなによりだ」
「ミーア様、今日も可愛らしいわ」
「あ、ミーア様だ!」
「ミーア様〜! こっち向いて〜! 可愛い〜!」
「…………なにがあったのかな?」
「うううう」
荷馬車を村の中央まで案内する間、この声がけで十分私の状況はルシアスさんに伝わったと思う。
ええ、まあ、つまりハイ、私は今、よその村から来た人たちに信仰対象のごとく崇められているのである。
なぜか?
その理由は、私にとってまさかのものであった。
「実は魔獣除けのお香を作ったら……こうなってしまって……」
「え? 君、魔獣除けの香が作れたの!?」
「は、はい。それも薬の一種なので、紋章魔術で、作ってみたのですが——」
魔獣除けの香は[魔獣のフン]+[ダイノ葉]+[ユーカリの葉]+[魔除けの魔術紙]。
最後の[魔除けの魔術紙]とは、紙に魔術陣を描き、魔術を封じ込めて魔術を通すと使うことができる魔術具の一種。
たとえば攻撃系の魔術を私は使えないのだが、攻撃系の魔術が使える人がその魔術を紙に描くと魔術紙になる。
ただ、[魔術封じ]の上位魔術を持っていないと魔術紙は作れないので、魔術紙を作れる付与師という専門職人が必要。
「まさか、付与師でもあるのか?」
「その……薬に関係する魔術はあらかた持ってまして……」
「…………」
やめて! そんな目で見ないで!
だって【叡智】に[魔術封じ]が派生魔術として入ってたんだもん!
作れるお薬なら作るよ!
お薬作ってこその薬師だし!
それに[魔術封じ]はやっぱり専門外なので作るの苦手ですよ!
魔獣除けの魔術だって本を見ながら描いて習得しましたけど、攻撃魔法の魔術は私が覚えていないので魔術紙にできなかったし!
つまり、得手不得手なんですよ!
できないものはできませんよ!
「……ちなみに、治癒系の魔術を魔術紙にはできる?」
「え? できませんでしたね。適性がありませんから、使えません」
「そうか……。やはり君でも治癒魔術は使えないか……」
「はい」
そもそも治癒魔術の使い手は滅多に現れない。
火、水、風、土の四属性に適性がなければならないからだ。
魔術陣は歴代の治癒魔術師が描き残してくれているが、優秀な付与師であっても治癒魔術の魔術紙は作れないと聞く。
だからポーションが活躍するのだ。
魔獣退治を生業とする冒険者などには必須アイテム。
一般市民にも簡易の傷薬、風邪の特効薬として一家にひとつの常備薬。
それがポーションである。
「私にはポーションがあるので」
「どちらにしても、魔獣除けのお香は森の中に住む者にとっては命綱だ。信仰のごとく崇められるのも無理はないね」
「ええ、そ、そんな……」
ありがたがられるのが当たり前、と言われるのはちょっと!