Side.丑三双児
まず最初に竜巻、そして俺が地面に叩きつけられる。さっきまでニューヨークの本部にいたが、今は日本の住宅街にいる。引っ越す前の街にあったショッピングモールが今住んでる家の最寄駅の『うるみ駅』の隣にある。時刻は夕方、雲ひとつない晴れ。水溜りもない。見知った建物に囲まれて心が落ち着いていく。ここは安心して良い場所だ。俺には分かる。(いや、竜巻に吹き飛ばされたんだから、水溜りはないとおかしいだろ)
落ち着いたので装備を確認していく。みっちりと弾の詰まった自動拳銃が2丁。マガジンもそれぞれ予備が2つ。それに小さくて古いが、機関銃もある。ただ弾丸はひとつしかない。上着は身に付けてない。上半身は防弾チョッキ一丁。はち切れんばかりの筋肉が、防弾チョッキの隙間から汗に濡れて輝いている。
今俺は追われている。そうだ、敵はすぐそこまで迫っていた。そう意識した瞬間に汗が噴き出してくる。さっき死ぬ寸前でかわした銃弾の感覚が甦ってくる。
次の瞬間、後ろに銃口の気配が現れる。ああ、クソ、死ぬ。このままでは死ぬ。こいつは引き金を躊躇わない。直感で分かる。俺はきっと、映画のエキストラのように、喚き声を上げて、通い慣れたこの道に血糊を垂れ流す。
ならば、と俺は振り向いた。少し後悔しながら。だって人生最後に見る顔が俺を殺そうとしてる奴だなんて、結構最悪だ。嫁と娘に看取られたかった。2人のあの笑顔が鮮明に浮かび上がる。このまま眼を閉じて逝ってしまいたい。だが見ないわけにはいかない。一体どんなクソッタレ野郎が俺を始末しに来たのか、確かめなくてはならない。
「あっ、母さん」
俺は相当運がいい。嫁も娘もここにはいないが、母親の顔を見れた。しかし悔しくもある。自分の母親が、自分に向かって拳銃を構えているところは見たくなかった。
「言い残すことは?」
母さんが言う。
「最後に娘と、嫁の顔を見たかった」
「アンタ、結婚してたの?」
いや、してない。
俺は結婚もしてなければ子供もいない。
「まあいいわ、死になさい」
「ああ、分かった」
胸に空いた風穴に風が吹き込んでくる。夏の終わりを感じさせる、秋の涼風。
夏は、俺から奪ったまま、遠ざかっていく。
起床。日付は9月4日。時刻は6時31分。若干の早起きだ。
寝起きのあくびより先にベットを飛び出し、勉強机に向かう。あくびをするごとに、ものを一つ忘れる気がする。だから俺は極力しない。
机の上には栞の挟まったノートが一冊。ボールペンを手に取り、慌て気味に、今日の日付が書かれた栞のページを開き、書き込んでいく。
・竜巻が起きた
・俺はアメリカにいる軍人(?)だった
・日本の、『うるみ市』と、よく知った町が混ざった場所に移動した
・嫁と娘がいた(顔は思い出せない)
・母さんに拳銃で殺された
・俺はマッチョだった
「このくらいかな」
続いて前のページを見る。ボールペンを赤に持ち替え、すでに記載された項目にチェックを入れていく。
・拳銃の類が登場し、俺もそれを所持している(今日見たジョン・ウィックの影響)
・母さんが出てくる(ジョン・ウィックを一緒に見たため)
これは正解。次。
・今の家とは違う家に住んでいる(スーモのページをしばらく見たため)
・数学の授業に関連したものが出てくる(今日の数学の小テストが特に不愉快だったため)
少し悩んでバツをつけた。もう細かい記憶が消えかかっている。早くしないと。昨日書いた項目はあとひとつ。
・一井が現れる(行方不明からちょうど一週間)
バツをつけ、デカいため息の後、ノートを閉じた。ノートのタイトルは『夢記録 vol.7』
5個の項目のうち2つが的中した。予想ゲームを楽しむためにやってるわけでは無いけど、当たると少し気分がいい。
でも夢に一井はまだ現れない。なんなら寝る前に写真を見返したりしていたのに。もう一度会いたい。夢で見れないと俺はお前の顔をすぐ思い出せなくなってしまうかも知れない。
実は俺は結構、冷たい奴だったのかも。
もう一度、今度は別のノートを開く。タイトルは『成果ノートvol.2』。最新の項目に『竜巻』と『嫁と子供』、『マッチョ』を加える。上には『腹部の傷』、『ベーコン』、『チャイナ服』、『傭兵』、『謎のロボット』、『魔法使い』、と項目が並んでいる。
ページを後ろにめくっていると、以前に書き込まれた『竜巻』の項を発見したのでそれに丸をつける。
しばらく『成果ノート』を見返していると、一階から物音がしてくる。時刻は6時59分。母さんが朝飯を作ってる音に違いない。
かなり嫌々着替え始める。別に高校が嫌な訳ではないけど、制服だけは大嫌いだ。
子供は制服さえ着ていれば、学生の身分が勝手に守ってくれる。でも俺が人目を凌ぐのには、制服は頼りなさすぎる。ペラペラの制服1枚で、一体俺の何が隠せる?あの刃物のような視線は?俺を見るほど深くなる眉間の皺は?ちょっと理不尽で、かなり不公平だ。
今日の夢のように、防弾チョッキでも身に付けていたい。マッチョならもっといい。
ひょろりとした手足が、2サイズも大きいブレザーに収まっていく。お似合いだ。いかにも文化部の学生って感じ。
「そうじー、ごはんー」
「はいはーい」
母さんはいつも優しい。ずっと俺に優しい。最高だと思う。
あさめしはジャガイモの味噌汁とトースト。最高にうまいから、いくらヘンな組み合わせでも最高だ。家の外は嫌いだけど、母さんの朝飯のおかげで機嫌よく出かけられる。
『成果ノート』は机に出しっぱなし。今日の成果は0じゃないけど、ぶっちゃけ手がかりらしい手がかりはない。
俺の生涯の謎、俺の前世。解き明かさなくて良いことかも知れないけど、自分でも驚くほどこの疑問に夢中だ。
嫌われ者の宗教オタク、前世ガッツリ信じる派、『丑三双児』とは俺のこと。好きなタイプは、『俺のことが嫌いな人』。
9月4日、夜中に嵐でも来たみたいに、その日はアスファルトがびしょ濡れの快晴だった。きっと今晩、柊ヒイルは枕を濡らしていたはずだ。