魔王様のドキドキ!!
題名を「黒の悪役と白の英雄」から「魔王様のドキドキ!!」に変えました。
白の国の大通り。勇者は立ち往生していた。
勇者の証である白の聖剣エクスカリバーを腰にぶら下げ、魔王城へと向かう最中、彼は迷子になったらしい。
どうしようか迷っていると、前方から人が訪れる。
頭から足の先まで黒一色の装いをした男は、道の端で座りこんでいる勇者に声をかける。
「どうした、少年。迷子か?」
「ああ。魔王城を目指していたら、迷ってしまったのだ」
男の問いかけに、白で統一した鎧を着ている勇者は心底困ったように答える。
そんな勇者の姿に男は同情したのか、ある方向を指差す。
「魔法城だったら、この道をずーっと真っ直ぐ行ったところにあるぜ」
「すまん助かる」
「気にすんな。困ったらお互い様だ」
笑う男に勇者は心から感謝する。
「では、急ぐとするか。さらばだ!!!!」
「バイバイって、速いな!! もう見えなくなったぞ。てか、黒の国の勇者がどうして白の国にいるんだ? まっ、いっかそんなこと」
男は勇者がいた方角ーー黒の国へと足を進める。
その背中には黒く染まった勇者の証が背負われていた。
※※※
白の国の魔王城。その最上階。
天蓋つきの大きなベット。その上で美しい少女が一人、白い長髪を揺らしながら楽しそうに遊んでいる。
手には精巧なドラゴンの模型と、ボロボロな人形が握られている。
ドラゴン「がおー。食べちゃうぞ!」
お姫様「キャー。ドラゴンが大きな口を開けて私を食べようとしている」
騎士「そんなことはさせない」
少女はどうやら一人三役で劇をしているらしい。
テーマはズバリ『悪いドラゴンからお姫様を守る騎士』のようだ。
お姫様「あなたは誰?」
騎士「私は貴方を守る騎士です。姫よ、私の後ろに。さぁ、ドラゴン。お前の相手は私だ!!」
ドラゴン「がおー。邪魔をするなら、お前も食べちゃうぞ!!」
ドラゴンは体を上下に揺らして、騎士を威嚇する。
騎士も負けずと、一歩前に出て姫を庇う姿勢を見せる。
騎士「そうはさせない。私は姫を守るのだ。食らえ、正義の剣!!」
ドラゴン「ぐあー。参った、降参だぁー」
騎士の攻撃で、ひっくり返ったドラゴン。
騎士はドラゴンを一瞥し、お姫様の元へ駆け寄る。
騎士「お怪我はありませんか、姫」
お姫様「ええ、大丈夫です。あなたのおかげで、ね」
「何をしているのですか、魔王様?」
「うひゃあああぁぁ!!!!」
驚いた少女は手に持っていた人形を放り投げる。
放り投げられた人形を拾って、メイドは主である少女―魔王に差し出す。
「大丈夫ですか、魔王様?」
「い、いつから見てたの」
「タンスからドラゴンの模型と人形を取り出したあたりから、ですかね」
「最初からじゃん。なんで話しかけてくれなかったの!!」
「暇だったもので、つい」
「もおぉぉぉおーー!!!!」
ぽこぽこ殴ってくる魔王をなだめるメイド。
満面の笑顔で攻撃を受け止めるメイドに、少女の恥ずかしさは加速する。
顔を真っ赤にして、怒る少女にメイドは恍惚とした表情を浮かべる。
「すいません。次からはそっとしておきますので許してください」
「ぜぇぜぇ……もういいよ。喉渇いた、お茶」
ふてくされた魔王にメイドはせっせとお茶を入れる。
メイドはクッキーと一緒にお茶を出す。
「紅茶です、どうぞ」
「ん、ありがとう」
ワゴンからクッキーや紅茶を取り出す。お茶と言われて、紅茶を出すところも彼女の好みを知り尽くした彼女だからこそできる心遣い。
メイドとして優秀だが、主をからかって楽しむのが玉に瑕。そこもまた、彼女の良いところでもある。
少なくとも少女にとって、このメイドは頼れるお姉ちゃん。
「どういたしまして、お姫様」
「別に憧れてないもん!!」
ここは白の国の魔王城。
雪の壁に閉ざされた誰も訪れることのない、最果ての場所。そこに住まう魔王とメイドのほんの一幕。
※※※
勇者がいた。魔王がいた。
二つは相容れぬ存在だった。勇者は魔王を倒し、魔王もまた勇者を倒す。そんなことを何百年と続けている中、ある魔王と勇者は恋におちた。
勇者は国を捨て、魔王もまた国を捨てて誰も訪れることのない場所で永遠の愛を誓い合った。二人はそれで幸せだった。
ある時、二人に新しい家族が生まれた。勇者である母親の美しい白い髪と、魔王である父の紅い目を受け継いだ女の子。シロネイアと名付けられた彼女は両親から深い愛情を注がれた。
そんな幸せな時間は長くは続かなかった。
なぜなら二人は勇者と魔王なのだから。
日に日に増す勇者としての使命感。それと呼応するように沸き上がる魔王の欲望。
やがて二人は歴代の魔王や勇者と同じ運命を辿り、互いに支え合うように息を引き取った。
幼いシロネイアに残されたのは、機械仕掛けのメイドと大きなお城だけだった。
彼女はそれだけで幸せだった。
だ両親との大切な思い出と大好きなお姉ちゃん。幼い彼女にとってそれは宝物であり、彼女の世界そのものだった。
※※※
黒の国の魔王城。その玉座の間。
黒い大理石でできた支柱が6本、玉座へと続く赤いカーペットを挟んで立っている。
玉座に座る男から凄みのある声が聞こえる
「我はこの城を統べる者、ゆくゆくはこの国を支配する者。魔王である。よくぞ、ここまで辿り着いた。まずは誉めてやる、勇者よ」
眼前に立つ勇者に魔王と名乗った男は問いかける。
「貴様のような男を失うのは世界にとって、憂慮すべき事柄よ。ならばこそだ、我とお前が争うことはない。これは提案だ、我の仲間にならないか。さすれば、この国の半分をお前にやろう」
黒い出で立ちの勇者は口を開く。
「俺は白の国からこの黒の国に訪れた勇者だ。この国の民は、どんなに貧しくても勇者である俺に協力してくれた。頼まれたからではなく、自らだ。なぜかわかるか?」
「それは貴様が魔王を討つ勇者だからだろ」
「いや、違う。俺は白の国で勇者として活動していたが、そんなこと一度もなかった。魔王を討つと言っても、実力を示しても、白の国の住民は首を縦に振ることはなかった。しかし、黒の国の住民は違う。なぜならそれが黒の国の国民性だからだ。俺はこの国が好きだ、愛している」
白の国から訪れた黒の勇者。彼の叫びに魔王はため息をこぼす。
「交渉は決裂か……」
玉座から腰をあげ、勇者と対面する魔王。
七色の宝石が埋め込まれた豪華な杖を片手に、圧倒的なオーラを放つ魔王。
それに怯むことなく、勇者は吠える。
「搾取するには持ってこいの国だっ!! お前に半分やるには惜しすぎる。この国は俺が支配する!!」
「待て、貴様!! それでも本当に勇者なのか!?」
「黙れ、下手くそがっ!! 勇者である俺に武器やアイテムを譲れるってことは、まだまだ搾り取れるってことだぞ。なのにお前ときたら、なんだこれは」
勇者の手には黒の魔王が自分の領地に敷いた絶対ルールが書かれた紙が握られていた。
「一日三食自由時間あり、完全週休二日制、一日八時間労働だぁあああ。それになんだこの有給休暇年10回って。休んでる奴に金払う馬鹿がどこにいる!! ふざけるのもいい加減にしろ」
「ふざけてるのは貴様だ。待て、待ってくれ。少し考える時間を寄越せ」
――なんだ、この勇者は。我を混乱させるのが目的か。しかし我の嘘関知魔法が発動しなかったぞ。搾取する、勇者が搾取する? 守るではなく、搾取。解放ではなく、支配。勇者が? 魔王と相反する存在の行き着いた先の答えが、これなのか……
頭を抱える魔王に勇者は黒い聖剣を構える。
「俺の正義のために死ねぇ、魔王!!」
魔王はハッとするが、もう遅い。神速をもって迫る勇者に魔王は己の死を悟る。
しかし諦めることができない魔王は悪足掻きをする。
「パートナー。パートナーはどうだ、勇者よ」
「なに!?」
勇者の手が止まる。
黒い聖剣は魔王の首元でギリギリで止まっている。
その事実に嫌な汗をかく魔王に、勇者は問いただす。
「パートナーと言ったな。それはつまり、お前は俺と対等な立場、仲間としてこの国を支配したいということか?」
「ああ、相違ない。流石の我もこれ以上譲渡はしない。するとしたら、それは我が死んだときだ」
落ち着いた素振りを見せる魔王。
そもそも勇者を必ず仲間にする必要もないのだが、彼の頭の中には彼をどうやって説得するかでいっぱいだった。
勇者は勇者で、何か込み上げるものがあったのか静かに涙を流す。
「どうした勇者!! どこに泣く要素が」
「俺、一緒に行動することはあっても、俺が必ず上で俺の命令絶対って奴としか会ったことないんだ。みんな俺を置いて急にいなくなるし……対等な関係って始めてでスッゲー嬉しい。一緒に骨の髄までしゃぶりつくしてやろうぜ、魔王」
「そういうところ!! そういうところじゃ、勇者よ」
魔王の叫びが玉座の間に響く。
この日の内に黒の国は魔王によって支配された。その先鋒を務めたのは全身黒ずくめのメチャクチャ強い人間だったという。
魔王が民に誓ったのは一日三食自由時間あり、完全週休二日制の労働であることに、民は首を傾げた。その裏では、勇者と魔王の言い争い(肉体言語)があったとかなかったとか。
かくして、白の国出身の勇者と黒の国出身の魔王による「ブラックワーカー王国」が設立された。
※※※
一方、そのころ。
白の国の魔王城。その玄関口である大門。白い出で立ちの勇者は激しい吹雪に凍えていた。
「ささささささ寒い!!」
男の言う通り、道を真っ直ぐ進んだところに魔王城はあった。
しかしそれは勇者が伝え聞く魔王城とはかなりかけ離れていた。近くに活火山もないし、血気盛んな魔物の群れもいないし、黒くもない。
逆にここは白く、冷たく、そしてとても寂しい場所である。
「もう、限界だ……」
勇者はまぶたを閉じた。
遠くから誰かが勇者を呼ぶ声が聞こえてくる。恐らくお迎えがきたのだろうと、勇者は考えた。勇者に心残りがあるとすれば、魔王によって苦しむ民を救えなかったことぐらいだろう。
彼女を見るまでは。
勇者が目を覚ますと、温かいベットの上にいた。そして目の前に可憐な少女がいた。
「あの大丈夫ですか?」
「好きだ。結婚してくれ」
「っ!!!!」
「あらあらまぁまぁ。一目惚れですね」
勇者は生まれて初めて恋をした。魔王も魔王で初めての告白に心臓をばくばくさせる。そんな二人を見て、メイドは満面の笑みを浮かべた。
「きききききゅ急にそんなこと言われても。わたしまだ心の準備ができていないっていうか、そもそも初対面で告白とか普通じゃないっていうか……」
「それもそうだな。謝罪しよう、すまなかった」
「べっ別にそんなに頭を下げることじゃないよ。ないよね、メイド?」
「そうですね。魔・王・様も喜んでいましたし」
「そそそんなことないわよ」
勇者は驚愕した。
なぜなら目の前にいる少女こそ、勇者が倒すべき相手だったのだからだ。しかし勇者は止まらない。彼を突き動かすモノは、使命よりも熱くそして尊きものだったからだ。
「勇者である俺がこんなことを言うのはおかしいとわかっているが、この気持ちに嘘はつけない。君が魔王だとしても俺は君が好きだ。君が世界を滅ぼそうとするのなら、俺は何度でも君を止めてその度に叫ぼう。愛していると」
「ひゅーひゅーラブラブですね」
「からかうの禁止!! これ以上からかったらおやつ抜きだからねっ」
「畏まりました。魔王様」
魔王はふぅーと息をはくと、勇者に向かって姿勢をただす。
「勇者様の気持ちはとっても嬉しい……です。でも、その好きっていう気持ちがよくわからなくて。どう答えたらいいのかも、まだ。だからその、勇者様がよろしければ、まずは友達から」
「はい。喜んで」
「っっっっ!!」
こうして、白の国出身の魔王と黒の国出身の勇者は友達となった。
この二人が歩む未来に幸あらんことを。
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