殺人株式会社「ラッキーストア」
「お電話ありがとうございます。殺人株式会社ラッキーストアです」
都内の一角にある、寂れたコンビニで男は受話器を取った。わずか数コールで出れたのは、客がまったく店内にいないせいだろう。全国のチェーンのコンビニが近くにできたせいで最近は客が少ないのだ。
「播磨修三という男の殺害を依頼したいのですが・・・」
まだあどけなさの残った少年の声。おそらく中学生くらいだろうか。
「かしこまりました。まずは年齢と住所、名前、電話番号をお願いします」
本来ならこの手の依頼はタブーである。少年には返済能力がないことの方が多い上、このような場合標的は堅気が多いからである。堅気の殺しは警察が本気になることが多い。いくらプロの殺し屋とはいえ、警察などの面倒は避けるべきだ。だが、この番号を知っている人間はVIPかやくざ者のどちらかだ。大物の息子である可能性が高い。
「中須幸太郎といいます。15歳です。住所は〇都△区□町35丁目です。電話番号は666-4989-5647です」
男はわずかに深呼吸をした。中須幸太郎は都知事の一人息子だ。これはおいしい仕事になる。男は心の中で舌なめずりをした。
「ありがとうございます。ではターゲットの情報、及び殺し方や場所などのご要望はありますでしょうか?」
「都立の◇◇中学に通っています。あと、火曜日と木曜日と日曜日以外は、6時から9時まで☆塾に通ってます。住所は・・・です。殺し方や場所はお任せします」
「かしこまりました。手順や場所、金額については後程お伝えします」
「わかりました。お願いします」
男は電話を切り、ニット帽をかぶった。それを見た部下は「CIOSED」の看板を扉にぶら下げ、車の用意をした。
「大物ですね」
部下は交通規制をしっかりと守り、100点満点の安全運転をしながら男に話しかけた。
「久々の依頼だ。肩慣らしには荷が軽いが、うまくいけば都知事お抱えになれるかもしれん」
男はにやりと口元を曲げた。時間は5時20分。夕日が沈みかけていた。
☆★
☆塾に到着した。時間は5時45分。ターゲットが歩いてきた。小太りの少年で中学生にしては背が高い。170センチほどはあろうか。野球クラブに所属しているのだろうか、スポーツ坊主だ。ターゲットの様子をスマホで撮り、行動を記録する。男が仕事をシクらない要因のほとんどは、ターゲットの綿密な行動記録の調査あってこそだ。男は、1か月の期間をかけてターゲットの調査をした。そして、最良と思われる計画を立案した。
「こんにちわ。ラッキーストアです」
タクシードライバーに扮した男はインターホンを押した。160センチくらいのやせ形の少年が玄関を開けた。ロン毛の少年で何となく気弱そうだ。
「ここで立ち話もなんですのでどうか車内へ」
男はにこやかな笑顔で車のドアを開けた。
「失礼します」
車に入るや否や男は言った。
「まずは入金をお願いします。火曜日までに指定の口座に1000万円を振り込んでください」
「わかりました」
「では、次は手順です。今週の水曜日にターゲットと話してください。できれば5時40分くらいまで」
ターゲットの行動傾向的に遅くなった日は裏道を通る。そしてそこは人通りも少なく監視カメラもない。まさに絶好の暗殺場所だ。
「わかりました」
「死体の処理はこちらで致します。それとこちらをお持ちください。お守りでございます。これをターゲットのカバンの中に放り込んでおいてください」
安全祈願と書かれたお守り。中にはGPSはいっている。
「お話は以上でございます。では、今後ともごひいきに」
男はにこやかに笑った。少年は家に入っていった。
水曜日になった。男は裏道に入りターゲットを待った。表の道には、盗んだナンバープレートをつけた盗難車が停めてある。もちろん部下はドライバーとして車で待っている。
どうやら、依頼者はうまくやったようだ。ターゲットはまっすぐ裏道に向かってきている。
ドン!
ターゲットが勢いよく男にぶつかる。
グサ!
有無を言わさず男が切りかかった。口を押さえ、頸椎をナイフで一閃した。
「っ!!」
ターゲットは息絶えた。即死だ。銃は音が出るためナイフの方が昼間の殺しには良いのだ。男は完璧に殺しを遂行した。だが、まだ仕事が残っている。死体の処理だ。普段なら死体の処理などはしないが、今回の依頼者は大物の息子。名を売るために今回は特に丁寧に仕事をする。
部下の止めていた車に死体ごと乗り込む。死体には袋をかぶせわからないようにする。車を走らせること2時間。予定の場所につく。ここは死体処理をするときによく使う工場だ。
あらかじめ用意されていた、アスファルト合材とコールタール、砂利の入った液体に死体を投げ込む。それらを火にかけ、リサイクルアスファルトに混入する。これなら足はつかない。ラッキーストアが今までプロとして仕事ができているのは、死体処理の仕方が巧みだからだ。
男は頬に手を当て、ぐつぐつと沸騰するコンクリートを見て笑った。今回も完璧な仕事をした。その満足感、そして今月もノルマを達成できたことの安心感が男を満たしていた。
プルルルルルル。
コール音が鳴り響く。
「お電話ありがとうございます。殺人株式会社ラッキーストアです」
「仕事はどうだ? 依頼は達成したのか?」
「はい。もちろんです。今は死体の処理中です」
「そうか。わかった。これからも励むように。それと、もし都知事の件で都知事からお抱えの話が合った場合、お前を課長から部長に昇格しようと思う。光栄に思いたまえ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
男は受話器越しにペコペコと何回も頭を下げた。
「うむ。では、支店に戻ったら報告するように」
「わかりました! ありがとうございます!」
男は喜びに満ち溢れていた。中間管理職として苦しみからようやく解き放たれるかもしれないのだ。ノルマを押し付けてくる部長に頭を抱えなくてもよくなるのだ。運転しかできない使えない部下に代わって下調べや殺しをしなくてもよくなるのだ。それは最高の喜びだろう。
その日、寝るまでの間男はずっと笑顔を絶やさなかった。