知識を手にした場所は?
私は地球人の知識を大幅に超える数式と設計図を見つめる。
無言で見つめ続ける私に、フィナが疑問の声を掛けてきた。
「地球人の知識を超えてるってどういう…… いや、その前にあんたが考えたって、何を?」
「ある研究を完成させるために、どうしてもこの数式が必要だった。そして、その数式を生み出したのは私ということだ。内容は言えないぞ」
「もう、またそれだっ。どうせ話してくれないだろうから、それは脇に置いて話を戻すけど、この数式が地球人の知識を超えてるってどういうこと?」
「ここにある数式は私が考え出したものよりも遥か先を歩んでいる。意味を知っている私でも、理解しがたい部分が多々ある。そして、設計図に至っては、話にすらならない」
「よくわからないけど、そんなにすごいものなの?」
「私たちには微小機械を生みだすことができない。古代人が残していった装置と設計図を使い、合成しているだけだ。だが、この設計図は、全くの白紙から作られている。これは、古代人の知識に匹敵するものだ」
「……そ、それはあり得ないんじゃない? 地球人の知識レベルって、せいぜい遺伝子操作をしたり、宇宙にちょっとだけ人を送り出すことができるレベルでしょ」
「ああ。まぁ、それでも現在のスカルペルよりも百か二百年か先を進んでいるが……」
一体、これを書いたのは何者なんだ?
そもそも、これを書いた理由は……?
何故、このような場所に文字を刻んだのかわからない。
しかし、これを考え出し、生み出そうとしたことから、この地球人は気づいたのだろう。
そう、地球人は……。
私が地球人に思い馳せている横では、フィナがどうやって地球人が古代人レベルの数式と設計図を生んだのかを推測していた。
「ケント。私たちが知る地球人は三百年前のもの。でも、ここに書かれているものはせいぜい数十年前ってところでしょ?」
「そうだな。トーワの放棄が百年ほど前だから、そこから今に至るまでの間くらいだろう」
「ということはさ、この地球人は私たちが知る地球人よりも二百数十年くらい進んだ地球からやってきたんじゃ?」
「なるほど、そう考えられるか。だが、それでも疑問が残る。これは基本となる問題になるが、そもそもとして、この地球人はどうやってきたんだ?」
「そっか、その謎があるよね。三百年前はヴァンナス王家が召喚した。じゃあ、最近までいたと思われる、この地球人は誰が呼んだのって話になっちゃうね?」
「召喚を扱える一族はそうはいない。まず、ビュール大陸にはその様な力を持つ者はいないはずだ」
ここでエクアがちょこんと小さく手を挙げる。
「あ、あの、私の出身である大陸ガデリには召喚術を使える人たちがいますよ。もしかしたら、その人たちが地球人を呼んで、その呼ばれた地球の人がここへ訪れたとか?」
「いや、それは難しいだろう。ヴァンナス王家が地球人を呼び出せたのは古代人の遺跡にあった装置を使ったからだ。地球とスカルペルは遠く離れており、並みの召喚術では彼らを呼び出せない」
「そうなんですか……」
「まぁ、ガデリにいる召喚術士がヴァンナス王家を遥かに上回る召喚術を持ってるならば……いや、ピンポイントで地球人を呼びだす理由がないな。こちらも元々は古代人を呼び出そうとして失敗し、地球人を呼び寄せたわけだし……これを書いた者は一体…………?」
私たちは壁の模様を見つめ、地下室を沈黙で満たす。
何故、ここに地球人がいる? どうやってスカルペルにやってきた? どうして、こんな場所に数式と設計図を書く必要があった?
書いたということは、『あのこと』に気づいたということ……どうやって気づいた?
謎が私たちから音を奪い、息を詰まらせるような感覚に襲われる。
このまま息を吸うことも忘れ、窒息してしまうのではないかと感じていたその時、それを打ち破ったのはフィナだった。
「理由はわからないけど地球人がいる。小さな可能性として、地球人じゃない誰かが地球の言語を使った可能性もあるけど、わざわざ地球の言語を使う必要性がない」
「それは、たしかに……」
「ともかく、私たちが知る地球人よりも二百数十年先の地球人がここにいたと仮定する。私が言い出したことを否定するのもなんだけど、居たとしても、たかが二百数十年数程度で古代人の技術に追いつけるはずがない」
チラリとフィナは私に視線を振った。
私は眉を折って応える。
それは彼女が行きつこうとしている厄介な推測に、私も行きついていたからだ。
フィナは小さく頷き、言葉を続けた。
「でも、古代人に匹敵する知識を持っている……このことから、この地球人は、トーワに眠る古代遺跡を探索した可能性がある!」
その者が持っていないモノを持っている。
と、なるならば、どこかで手に入れたことになる。
それがどこかとなると――古代人の遺跡以外存在しない……。
フィナは片手を腰において、こちらへ振り向き、一言、私の名を呼んだ。
「ケント」
「わかっている。こうなっては遺跡をしっかりと確認するしかあるまい」