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緩んだケントと謎の少女

 卑怯な悪党に尊敬の念を向けるエクア。

 それは決して行ってはいけないこと……。



「エクア、私に感謝などするな。ましてや、憧れなど持ってはならない」

「それは……」

「君は私のようになるな。真っ直ぐと生きるがいい」


 かつて、私は純朴な青年だった。

 だが、議員となり悪魔と戦う中で、私も悪魔となり果ててしまった。

 エクアの姿は昔の私の姿と重なる。

 だからこそ、私と同じ道を歩ませたくはない……しかし、エクアはっ!



「ケント様は……間違っています!!」

「なにっ?」


「私が誰に対し、何を思うかは私の意思です。私の進む道は私が決めるっ。ケント様が決めることではありません!」


 エクアは塗料の染み込んだエプロンを小さな両手で握り締める。

 両手は小刻みに震える。 

 だが、私を見つめる新緑の両眼(りょうまなこ)は私の心を鋭く射抜いていた。


 私は目を見開いて、身体を石のように硬直させた。

 心地良い痛みが心に広がる。

 

 痛みは無意識に口元を緩ませる。緩んだ口元を見たギウと親父が、とても明るく軽快な声を上げた。

「ギウギウギウ」

「こりゃ、一本取られましたな、旦那っ」



 二人の声にエクアは我に返り、エプロンを掴んでいた両手を離して、はわわと身体を左右に振り始めた。


「あ、あれ、あの、違うんですっ。わたし、なんてことを。ごめんなさい、生意気なことを言ってしまって」

「……ふ、ふふ、ははは、あはははは」

「ケント様?」

「そうだ、その通り。エクアの言うとおりだ。私は自分の理想を君に押し付けようとしていた……まったく、精進が足りぬな、私は」



 この物語の途中で、エクアへ抱いた感情。

 あれは昔の自分の姿を彼女に重ね合わせ、心を痛めていただけに過ぎなかった。

 エクアを心配していたのではなく、エクアの姿を通して、過去の自分を見ていた。

 

 エクアが見せた、どこかで見覚えのある瞳……あれは、かつての私の瞳。

 私は穢れ行く自分の姿に、苦悩していただけの卑怯で愚かな存在……。


 そうだというのに、自分が大きく成長したと勘違いしていた。

 どうやら、まだまだ子どものようだ。



「ふふ、情けない……しかし、良き日に感傷は不要。気持ちを入れ替えるとしよう」

「良き日、ですか?」

「ああ、そうだ。なにせ今日は待ちに待った大切な日だからなっ」



 エクアの強き意志が私の感情をくすぐり、私もまた純朴だった時代の心を思い出す。

 それは普段、強固に支えている感情のタガを緩めた。 

 私は高台を見上げ、金ぴかの下品な屋敷を瞳に映す。

 


「よし、いざ行かん! ムキの屋敷へ!!」



――元・ムキ=シアンの屋敷



 屋敷に着くと、すでにノイファンが寄越した労働者たちが待っていた。

 私は早速彼らに号令をかけて、屋敷の中へと入っていく。


 感情の蓋を外した私は、その感情の赴くままに屋敷のあちらこちらに指を差して声を飛ばす。



「そうだ、そいつは持って行く。その家具もだ! 絨毯も剥がして持って行くぞ! 花瓶と寝具も忘れるな!」


 そう、これが手の込んだ仕掛けを使い、親父から呆れられた私の本命の利。

 その利とはっ、ムキの屋敷にある家具寝具装飾品の一切合財をもらい受けること!


 私は声に高揚感を乗せて労働者に指示を飛ばしていく。


「食器類も頂くぞ! 鍋もな! いや~、良い品が手に入ったな。ギウ!」

「ギウ~、ギウ……」


「なんだ、その不満そうな顔は? 君が部屋の飾りが乏しいと言っていたからじゃないか? これで外観はともかく、古城トーワの内装は充実するぞっ」

「ギウ、ギウ、ギウ~」



 私は心の(さま)を表すように勢いよくパチンと手を打つが、彼は対称的にどんよりとした雰囲気で銛に寄り掛かるように身体を預けた。


「なんだ、どうした? もしかして、親父から購入した花瓶の心配か? あれならもちろん、私の部屋の一番目立つ場所に飾る。なにせ、君との思い出の品だからな。だから、安心してくれ」

「ギウ、ギウ」


 ギウはエラを押さえて、身体を左右に振る。

 すると、隣に立つエクアが呆れたような声を上げてきた。


「ギウさんが言いたいのはそういう話じゃないと思いますよ」

「ん、それじゃ、なんだというんだ?」

「正直、こんな盗賊まがいな感じなのはちょっと……」


「何を言う、正当な報酬だ。ちゃんとノイファン殿にも話を通してある。な、親父!」

「いや~、そこで俺に振られても……今の旦那、小物全開ですぜ」

「はっ、小物でも何でも構わない。今日の私は一味違う! 久しく忘れていた興奮に包まれているからな! おお~っと、その鎧の飾りも持って行こう!」



 王都にある父の屋敷に戻れば、この程度ものはごろごろ存在する。

 だが、私が預かり、私の家となったぼろぼろの古城トーワが、今日から生まれ変わると思うと興奮冷めやらぬ。


「よしよ~し、これも持って行こう! それも持って行こう! あれも持って行こう!」


 私は忙しなく指先を動かし、指示を飛ばしていく。

 その背後からは三人の冷めた声が聞こえる。


「ギウ~、ギウ……」

「どうしよう、最初に抱いたケント様のイメージと違う……」

「参ったなこりゃ。見誤ったかもしれねぇ……」


 でも、気にしない!


「ソファももちろんだ! とにかく、使えるものは全部持って行くぞ! あはははははっ」





――ケントの頭のねじが緩んでいる頃・王都オバディアより南にある港町


 

 つばの広い、白い羽飾りの付いたチロルハットを被る少女が海を見つめていた。

 少女は赤いコートを纏い、肩から腰に続く(タイ)をつけ、帯には様々な色を封じ込めた試験管が収められている……。

 奇妙な出で立ちの少女は、港へと続く道を歩きながら言葉を漏らす。


「かつて、ヴァンナスはクライエン大陸に眠っていた遺跡から、『転送装置』を発掘した。その装置は科学と魔導の力を併せ持つもの。そのため、私たちの根幹となす魔導の力を入り口として、装置の一欠けらの知識を手に入れることができた」



 港のそばに立ち、埠頭へと向かう石段を一段一段ゆっくりと降りていく。

「ヴァンナス王家は装置と召喚術を組み合わせ、古代人を呼び出そうとした。しかし、それは失敗に終わり、呼び出されたのは別の存在……その存在は、宇宙へ人を送り込むほどの技術を持っていたが、訪れた少年少女たちに専門的な知識はなく、私たちは落胆した。だけど……」



 チロルハットのつばをくいっと上げて、紫の色が溶け込んだ美しい蒼玉の瞳を覗かせる。

「魔法のない世界から訪れた五人の少年少女たちは、魔法の力に触れるとその才を開花させ、やがては勇者と崇められるようになり、ヴァンナスの無秩序な肥大に手を貸していった……いえ、手を貸すように仕向けられた」



 階段を降りきり、停泊する船をちらりと見る。次に、遠く東へ目を向けて、言葉から重々しさを消した。


「おばあちゃんから近づくなと言われてたけど、実践派の(おさ)でありテイローの名を継ぐ者として、古城トーワの北にある、古代人の遺跡は一度は見ておきたいよねぇ。それに……」



 少女は魅惑的な太ももが露出したショートパンツの右腰に装備している鞭に手を置き、不敵な笑みを浮かべる。


「ふっふっふ~、ヴァンナスの知識の宝庫である錬金術の研究所。その『ドハ研究所』の研究員であった、理論派の(おさ)の息子ケント。いろいろ面白そうな話が聞けそうだし、あわよくば遺跡の発掘もできそうだし、やっぱりここは、トーワに行くところでしょっ! ねっ♪」




物語はここで一区切りとなります。

記念すべき区切りを前に評価を戴けたこと、感謝いたします。

これからも頑張って続きを書いていきます。

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現在連載中の作品。 コミカルでありながらダークさを交える物語

牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

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