番外編12 超越者、去る
「まだ、私からは名を明かしていませんね。私は連邦の最高評議会評議長・ミシャ=ロールズ・ナンバー0=オリジン」
「では、私も。ビュール大陸クライル王国の王・ケント=ハドリーだ」
「ケント=ハドリー陛下へお伝えします。今回及びこれまでのあなた方の活躍を拝見させていただきました。これにより、評議会はあなた方を価値ある種と認めます。よって、サノアの創り出したマイクロ宇宙は連邦の保護下となります」
「保護下? それはどういった意味で?」
「このマイクロ宇宙に対して、外部から攻撃を仕掛けようとする存在に対し、我々連邦が守り、そして、あなた方を黙して見守るというわけです」
「つまり、この宇宙のことには口を挟まない。外の宇宙から攻撃をしてくる者はあなた方が排除してくれる、ということか?」
「そういうことです。よろしいでしょうか、サノア?」
「はぁ、是非も無しとはまさにこのことじゃな。まぁ、火星の保護下に入るよりかはマシかの。連邦は超放任主義だからの」
ケントが小さく手を上げる。
「失礼、超放任主義とは?」
「保護するが、内部で勝手に生きろ。ということじゃ」
「なるほど。たしかに超放任主義だ。因みに火星だと?」
「ワシらの宇宙に問題が生じた場合、こっそり手助けするじゃろうな。こちらの方がケントたちにはありがたいのじゃろうが、ワシの教育方針には合わん。お前たちには自分の力で困難を乗り越えていってほしいからな」
「厳格な父というわけですか。ですが、私たちを超える存在にいい様に振り回されるのもごめんだ……ま、何とか頑張りますよ」
そう、答えたケントへ、ミシャが柔らかな笑みを見せる。
「ふふ、素晴らしい。保護しがいがあります」
「そうですか? そういえば、どうしてあなた方は私たちを保護しようと? 何かメリットでも?」
「連邦は常に敵を求めています」
「敵?」
「我々は我々の脅威となる存在を求めています。その存在が我々の成長を促します。ですので、あなた方が育ち、連邦を脅かす存在なることを期待します」
「なんとまぁ、あなたのイメージからはかけ離れますが、意外と好戦的な種族なのですね、連邦は」
「それは心外です。我々は友を求めているだけ。並び立つ友を。そう、強敵と書いて、友と呼ぶ友を」
「い、意外と、脳筋なんですね、連邦は……」
「心外ですね」
そう、ミシャは答え、小さく眉を折る。
その姿にイラは暖かな笑みを見せる。
ケントには彼らの関係が全くわからない。
しかし、大変親しい間柄だということは感じ取れた。
とても優しげな雰囲気に包まれる部屋。
その雰囲気を壊すことにためらいを覚えながらも、ケントは好奇心に背中を押され、ミシャへ問い掛ける。
「あの、一つ質問が?」
「なんでしょう?」
「もし、火星の保護下ならば、彼らは私たちに何を求めるのでしょうか?」
「彼らも友を求めています。共に肩を貸し合い、歩んでくれる友を。ただし、少々未開惑星に対して甘く、口出しが多い。結果、思考や文化を火星色に染めてしまうこともしばしば」
「そうですか……ま、老翁の言われた通り、連邦の方が良いのかもしれませんね。私たちは独自の発展を遂げる機会を頂いたわけですから」
「その結果、滅んだところで連邦は関知しませんが。火星と違い」
ミシャは言葉の最後に冷たさを置くが、それをイラが暖かな笑い声で包む。
「よく言うわねぇ~。この施設には顕在匪砲の情報は存在しなかったはずよ~」
「さて、何のことでしょうか?」
「うふふ~、そう言うことにしておいてあげるわ~。私から見ればぁ、連邦も火星も甘々ね~」
二人の会話からケントは、自分が預かりしれぬところで何かしらの介入があったことに気づく。
「どうやらすでに、あなた方に振り回されているようで。手強そうなお相手だ。ですが、あなた方と交わるのは数百年先の話。その時に、その時代のスカルペル人に、あなた方との付き合い方は任せましょう」
「その日が訪れることを楽しみにしています。では、そろそろ」
ミシャが音もなく消える。
続いて、ミーニャが声を上げる。
「ミーニャも帰るとするニャ。迷惑かけてしまってごめんにゃのニャ、ケント」
「いえいえ、なかなか刺激的な出会いに旅でした。また、機会があれば」
「そうかニャ。それじゃ、その機会が訪れることを願って、これをあげるニャ」
そう言って、ミーニャは一枚のチラシを渡す。
「これは?」
「ミーニャが営んでいる唐揚げ専門のお弁当屋さんニャ」
「お、お弁当屋さん? 魔女王ともあろう御方が?」
「何か問題かニャ?」
「い、いえ、とくには」
「そうかニャ? チラシの下に住所と連絡先があるからニャ。お店に訪れる機会があったら、ぜひ立ち寄ってほしいニャ。あ、そうそう」
ここで何かを思い出したようで、ミーニャはポンッと猫の手を打つ。
「知り合いの人工生命体の話にゃんだけど、それはミシャのことニャ」
「へ?」
「戦闘人形として作られた人工生命体が、今では宇宙で最も強力な組織のトップにゃんて凄いニャね。それじゃ、バイバイニャ」
「ちょ――」
ミーニャは小さな手を振って、姿を消した。
ケントはそれに憤る。
「そういうことは先に言ってくれ! 彼女が人工生命体ならそういう立場同士でもう少し話がしたかったぞ!」
彼は何もない場所へ声を飛ばし、がくりと頭を落とした。
そこから残る二人へ銀眼を振る。
残るは老翁とイラのみ。
彼らもまた、ケントへ言葉を掛けて消えようとするのだが。
「それじゃ、ワシらも戻るとするか」
「そうねぇ~、そろそろお昼寝の時間だし~」
「いや、待ってくれ。ちょうどいい機会だ。以前から考えていたことがあってな。お二人には頼みたいことがある」
「ん?」
「え?」
「お二人はたしかに超越者だが、私の国に暮らす国民でもある。そこで、少しばかり働いてもらいたい」
「どういう意味じゃ?」
「どういうこと~」
「現在、アルリナでは新しい魚の養殖方法を試している。それを老翁に協力してもらいたい」
「じゃがな、ワシは――」
「わかっている。だが、あなたは私の国の民だ。別に超越的な力を振るってくれとは言わない。一人間として、アドバイスが欲しい。話は後で、ノイファンに通しておくから。次にイラ」
「な~に?」
「ビュール大陸北方領域に汚染された湿地帯がある。それをいま浄化している最中だ。その浄化に力を貸してほしい。水の管理が得意な君ならお手の物だろ?」
「まぁ、私たちを働かせようというの~?」
「なんちゅう、孫じゃ」
「そのかわいい孫の頼みだ。正直、王としての仕事が山積みで猫の手も借りたいくらいなんだ」
「じゃからと言って普通……」
「人ならざる存在を扱き使うかしら~?」
「文句は受け付けないぞ。あなた方が高みの存在であれど、同じ世界に住む仲間だ。だからせめて、人の力程度の協力はしてもらう」
「はぁ、簡単なアドバイスだけじゃよ」
「アドバイスだけよ~」
「それで十分だ。頼んだぞ、二人とも」
「酷い孫じゃ。老人に鞭を打ってからに」
「ほんとねぇ~、独裁者よ~、圧政者よ~」
二人は口々に愚痴を漏らし、姿を消していった。
それと同時に、フィナが書斎へ訪れる。