番外編9 チェックメイト
――城・最上階バルコニー
ケントとミーニャは城内の騎士たちを退けつつ、バルドゥルがいるという城の最上階バルコニーへ到着した。
そこはとても広々とした白色のバルコニー。
バルコニーから空を見上げる。
フィナの軍と思われる飛龍の群れと、アグリス軍と思われる戦闘機が空を舞台に飛び交っている。
彼はすぐさま視線を降ろし、バルコニーへ戻す。
その中央にバルドゥルとアステが立ち、無数のモニターを浮かべていた。
彼らの周りを複数の兵士が守る。
「バルドゥル!!」
「ん? ケントか……いや、違うな。何者だ?」
短めの金の髪を持ち、黒のフィットした衣装に逞しい肉体を包む、若々しいバルドゥルがこちらへ椿色の瞳を向ける。
彼の隣にいるアステもまた金と紫のオッドアイをケントへ向けた。
ケントは父の姿を銀眼へ収める。
アステは貴族服に白の研究服を纏うという、相も変わらず奇妙な出で立ちをしていた。
その懐かしい姿に少しだけケントは微笑み、バルドゥルを銀眼で射抜く!
「貴様にとって私は――死神だ!」
「ほ~、笑えぬ冗談を――むっ? 隣にいる獣人はニャントワンキルの一族の者か?」
「そうニャね。よくわかったニャ」
「数百年前まで、お前たちとは交流があったからな。なるほど、お前は別次元に住まう者。滅びから逃れることができたというわけか」
「ニャフフ、それはちょっと違うニャ」
「なに?」
「ま、今からいなくなる奴に言っても無駄にゃから、言わにゃいニャ」
「フン、生意気な猫めっ。この閉じられた世界では、いくらニャントワンキル族であろうともまともに力は振るえまい」
「まぁ、そうニャんだが……ケント?」
「フィナから連絡がないな、困った」
「困ったで済まされたら、こっちが困るんニャが……んにゃ?」
激しい爆音がアグリスの結界を包んだ。
バルコニーにケントたちが姿を現したことにより、外のフィナたちがここが好機と総攻撃を始めたようだ。
フィナは巨大な火龍の背に乗り、飛龍部隊を引き連れ、龍の顎からもたらされる炎と魔導の力が宿る光線をアグリスへ放ち続ける。
他の兵士たちも魔導の力が宿る槍を手に持ち、先端から光を放っている。
さらに、地上ではレイを筆頭に多くの兵士が続き、アグリスの門を破壊しようと執拗に攻め続ける。
彼らの総攻撃により、アグリスのシールドが軋みを上げる音を響かせた。
アステは目の前に浮かぶモニターを見つめ言葉を漏らし、それをバルドゥルが受け取る。
「ふむ、思った以上に強力な攻撃だ」
「とはいえ、十分対処できる範囲だ。アステ、シールドを強化しろ」
「言われずともわかっている――む?」
「どうした?」
「アグリス内に暴徒が」
「なんだと?」
「どうやら、フィコンがルヒネの信徒を引き連れているようだ。さらにそれに呼応して一般の者や兵士までも」
「ふぅ、下らぬ真似を。鎮圧部隊を送るよう、指示を飛ばす」
内外からの攻撃。
だが、二人は焦りを見せることなく、日常の会話の如く話をしている。
二人のやり取りにケントは鼻から息を漏らす。
「ふ~、私たちを前にして、フィナの総攻撃。さらには王都内に反乱が起きたというのに、これほどまでに冷静とはな」
「取るに足らない存在と思われているようニャね」
「そうだな。だが、そうではないことをそろそろ――っ!?」
言葉の途中で激しい光がアグリスを包んだ。
出所はアグリス上空!
ケントは空を見上げる。
そこには幾何学模様の召喚魔法陣が浮かんでいた。
「あれは……ヴァンナスの召喚術――まさか!?」
城外より、ある男の声が木霊する。
「わ~はっはっは、久しぶりだね~。アステ! 今日が君の年貢の納め時だ!!」
戦場の中心――1番目立つ場所に彼はいた。
「ね、ネオ陛下!? まさか、あの方がヴァンナスの援軍?」
ネオはこれでもかと体を仰け反り笑っている。
その隙だらけの王を守るために、王家に所属する勇者シエラたちが敵の相手をしていた。
「ちょっと、陛下! 馬鹿やってないでさっさと呼んでよ!」
「そうよ、フィナの呼びかけで援軍にやってきたのは笑うためじゃないじゃん」
「君たちねぇ、こちとら陛下。王様だよ。敬意ってものを」
「「いいから早くよべぇぇえぇ!」」
「わ、わかったよ! 怖いなぁ~。来い、炎燕!」
アグリスの上空に生み出された召喚魔法から炎を纏った燕が現れた。
燕はアグリスの戦闘機を蹴散らして、さらにシールドへ猛攻撃を始めた。
これにはさすがのバルドゥルも唸り声を上げる。
「ぬぅ~、よもやヴァンナスの王まで……アステ」
「わかっている。レイア=タッツ。ハルステッドを」
アステがそうモニターに呼びかけると、空の一部が揺らぎ、空を海として浮かぶ白銀の船が現れた。
その雄姿を目にして、ケントは下唇を噛む。
「レイア……そう簡単には変わってくれないか……」
ケントは拳を握り締めて悔しさを表すが――ハルステッドは沈黙のまま、動かない。
アステが問いかける。
「レイア、どうした? 敵を殲滅しろ」
だが、答えない。
アステは小さなため息を漏らし、バルドゥルが声を荒げた。
「はぁ、故障というわけではない。かといって、裏切ったというわけでもない。何かしらの迷いか?」
「迷いだと!? 下らぬ女だ。才を買っていたが買い被ったようだ。ならば、新造艦を!」
この言葉にケントは驚きに声を飛ばす!
「新造艦!?」
彼の言葉に応えるかのように、ハルステッドの隣にもう一つの艦が現れた。
それは白のハルステッドとは真逆の漆黒の艦。
海に浮かぶ戦艦の形をした、山のように大きな船が空に鎮座する。
船は複数の砲台をフィナの飛龍部隊に向けて、砲火を放った。
六つの巨大な光の帯が途中で分散し、空を舞う飛龍を打ち抜いて、さらには地上へ降り注ぐ。
その一撃で、フィナの軍は壊滅状態だった。
ケントは青いナルフへ呼びかける。
「フィナ! こちらの状況は切迫! すぐに方策を!!」
この声にバルドゥルが笑い声を漏らす。
「クククク、どうした、随分と焦っているようだが? 何かしらの策があり、ここまで来たのではないか? それとも、今の一撃で、それらが水泡と帰したのか? ならば、チェックメイトだ!」
バルドゥルはさっと手を振る。
それに応え、彼らを守っていた騎士がケントたちを取り囲んだ。
さらに、再度戦艦の主砲にエネルギーが集まる
「フィナ!!」
ケントはフィナへ呼びかける。
それをバルドゥルは愉快愉快と笑うが――
――チェックメイトは私のセリフです。バルドゥル所長――
ケントには全く聞き覚えのない少女の声が響いた。
声の出所は――空!
皆が空を見上げる。
すると、巨大な空間が揺らぎを見せて、そこに一隻の艦が現れた。
見目は馬の蹄鉄の形をしており、Uの字に囲まれた中心に赤の球体が浮かぶという不可思議な形をした船――それはそれはとても巨大な戦艦。
ハルステッドや新たな戦艦が粒に見えてしまうくらいの、島のように巨大な戦艦であった。