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長生きをしたければ……

 私は鋭く親父を睨みつける。


「何故、私に情報を? 金か?」

「いえ、今回はサービスですぜ」

「それはそれは胡散臭いな。答えろ、何が目的だっ?」


 私は銀の瞳に力を籠めて、親父の心を視線で貫いた。

 親父はツーっと一筋の冷たい汗を零す。



「お、お若いのになかなか迫力がありますな」

「……王都では議員として、多くの議員(あくま)どもを相手にしていたからな。嫌でも鍛えあげられる」

「さすがは大貴族ジクマ=ワー=ファリン様と真っ向から対立しただけはありますね」


「無謀の極みだったがな。しかし、随分と私に詳しいな」

「多少は調べさせていただきました。俺の期待に添える人物かどうかをね……」

「期待とは?」

「そいつはまだお話しできません」



 そう言って、親父は土産物の人形を掴み、置時計の後ろへ隠した。


「ふん、話せるときは親父の期待に応えられたときか。応えられなければ、勝手に消える。ともかく、私に情報を与える行為は、親父に何かの利があるわけだ。ふふ、安心した」


「善意だけの行為は信用に欠けますからね。へっへっへ、見た目はお優しそうだが、やはり旦那の腹は中々だ」

「それはお互いにな」

「へへ。そうだ、腹の中身と言えば、旦那はどうして『偽名』を? 正直、あのお方の御子息だと知った時は驚きましたぜ。これにはなにか理由(わけ)が?」



「……なに、大したことではない。父から独立したかった。それだけだ」

 これはある意味本音だが、誤魔化しの度合いも強い。

 その誤魔化しの雰囲気には、もちろん親父は気づいている。

 だが、彼は飄々とした態度で言葉を返してくる。そこには切迫した様子はない。


 だからこそ、釘を刺さなければならないだろう。

 彼は私の胸の内を悟ることなく、相も変わらず緊張感など皆無で言葉を生んでいる。


「なるほど、お父上の名はジクマ=ワー=ファリン様と(つい)なす程のお方。子としては相当な圧でしょうし」

「ふふ、本当によく調べている。だが、私の姓を偽名と指すところから、まだハドリーの名が偽名ではなく旧名であることを知らぬようだな」

「旧名?」

「しかしな、そこまでにしておいた方がいいぞ」

「え?」

「これ以上、私のことを深く調べようとするな。長生きをしたければな」



 これは嘘偽りのない言葉。

 私という存在は、ヴァンナス国の奥深い場所に繋がっている。

 下手に私を知ろうとすれば、必ず消される……。


 親父は私の言葉を冗談ではなく、本当のものとして受け取り、口を堅く閉ざす。

 表情から一切の色を消して何食わぬ顔をしているが、心臓を打ち鳴らす鐘は鼓膜にまで響いているだろう。



「親父、これまでの情報はありがたく受け取っておく」

「いえいえ、旦那もあまり無茶をされぬように」

「私としても無茶はしたくないが、それは難しいかもな。それよりも親父さん、商人ギルドの長・ノイファン殿の屋敷がどこにあるか知っているか?」


「おや、旦那は知らないんですか? 領主様なら、この町を通る際に屋敷へ招かれてそうですが」

「私は利用価値のない存在だからな、最低限の関わりしか持っていない」

「冷遇されてますね」

「価値がないということもあろうが、ジクマ閣下の影も恐れているのだろう。なにせ、私は閣下に喧嘩を売った大馬鹿者だからな。だから、仕方のない話だ。それで場所は?」


「アルリナの中央通りから南西側に歩くと、富裕層が多く住むエリアに着きます。そのエリアの南側に赤色のレンガ造りの屋敷がありまして、そいつがノイファン様のお屋敷ですぜ」



 私は土産物の安っぽいブレスレットを手にして、それを観察する振りをしながら視線を南西の方角に向けた。

 今いる場所は町の東側なので小高い丘になっている。そのため、南西側にある町を見下ろせる。

 南西にある建物たちはどれも豪奢で、いかにも高級住宅街といった感じだ。


「ふむ、ここからだと距離があるな」

「差し出がましいでしょうが、ノイファン様に御用があるなら、俺が言付けを預かりしましょうか?」

「いや、親父さんが言付けを(たずさ)えて訪れても、私からだと信用してもらえないだろう。それとも、親父さんはノイファン殿と通じているのか?」

「いえいえ。ですが、会う口実はいくらでも作れますよ」


 そう言って、彼は口角を上げて頬に皺を作る。

 見た目も曲者だが、中身も曲者のようだ。



「その口実がどんなものかは聞かない方がよさそうだ。だが……」

 私は眉をひそめて、親父を睨む。

 彼はというと、その態度に一切動じる様子もなく声を返してきた。


「信用できませんか?」

「信用できるほどの仲ではないからな。しかし、わざわざ私にタダで情報を渡すほどだ。私の不利になるようなことはしないだろう」

「へっへっへ、旦那の信頼が身に染みます。一言、余計なことを」

「なんだ?」


「旦那が何をお考えかまではわかりませんが、なんにせよ、いま、ノイファン様と直接接触を図るのはあまりよろしくないかと」

「たしかにな。わかった。では、手紙を届けてもらいたい」

「それでは、こちらの伝票にサインを……」



 親父が取り出した真っ白な紙。

 私は親父と世間話をしながら、その紙に言付けを書き込んでいく。



「よし、伝票の内容に相違ないか?」

「はい、大丈夫ですぜ」

「それを届けるタイミングは親父さんに任せる」


 この言葉に、親父はニチャリとした嫌らしい笑い顔を見せた。

「へへへ、旦那からの試しってわけですな」

「今後とも世話になりそうだからな。だが、使えない情報屋に用はない」

「これは手厳しい。しかしながら、見ると聞くとでは大違いで」

「ん?」


「王都では青臭い理想を掲げ、ジクマ=ワー=ファリンと対立した若造。結果、王都で居場所を失い、古城トーワに左遷された。これが世間の評です」

「間違っていない。概ね、その通りだ。だが、そのジクマ閣下に鍛えられた。それが今の私だ」


「こいつは恐ろしい。純朴だった青年をこうまで変えてしまうとは……王都には恐ろしい悪魔が住んでいますね」

「フフ、化け物揃いだ。良くも悪くも中央の政治を担っている方々だからな。では、そろそろ行くとしよう。日が傾く前に片づけてしまいたいことがあるのでね」

「そうですか。それでは、お手紙は確かに預かりました。毎度あり」


 親父は価値のなさそうな古ぼけたブレスレットを差し出す。

 私はブレスレットを受け取り、一度、とある店に立ち寄り商品を購入してから八百屋へ戻った。




評価を入れていただき、ありがとうございます。

頂いた評価に見合うように頑張ります。


また、誤字報告をして頂いた方へ感謝いたします。

誤字報告のお礼は定期的にさせて頂きます。

そうしないと、後書きがそのお礼で埋まってしまうかも、なので……(もちろん、そうならないように推敲は頑張ります)

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現在連載中の作品。 コミカルでありながらダークさを交える物語

牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

― 新着の感想 ―
[気になる点] この露店の親父、ここまでやり手なのに銃の価値を知らないのは違和感!…銃のやり取りは主人公への貸し?
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