叡智の嚶鳴
トーワの砂浜で出会った、ギウこと百合さんと、父・アステ=ゼ=アーガメイト。
映像の中の父はいつもの貴族服に白衣にシルクハットという変わった出で立ち。
そして、私と初めて出会ったときと同じで心を凍えさせる冷たい気配を纏っている。
全てを凍てつかせる金と紫のオッドアイを振るい、ギウの姿をしている百合さんの瞳を射抜いた。
そんな二人の姿を目にした私は声を弾けさせる。
「父さんとギウ、いや百合さんか。二人は昔、出会っていたのか!?」
「落ち着きなさい、ケント。とりあえず今は、二人のやり取りを見ていましょう」
「あ、ああ、フィナ。そうだな」
私は落ち着きを取り戻し、二人の会話に耳を傾ける。
百合さんは自分へ声を掛けてきた父に驚きの声を漏らした。
「マジかよ。施設の翻訳機能を破壊しちまったから、それとリンクしている俺たちはまともに喋れねぇのに、あんたにはわかるのか?」
「こいつを誰にも知られぬよう、こっそり持ち出して修復したからな」
父は自分のそばに八角の形をした立体的な映像を浮かべる。
それを目にした百合さんはその八角の正体を口にする。
「そいつぁ、俺たちの翻訳システムのメインコア……なるほどな、あんたはもう一つの俺たちの施設を覗いたってことか」
「その物言いはやはり古代人。いや、地球人というべきか」
「俺たちのご先祖様を酷く利用しているようだな」
「貴様ら子孫の尻拭いを先祖にやらせているだけだ」
「気にくわねぇな。だが、一番悪いのは俺らだ。てめぇらに文句を言うのはお門違いか」
「フンッ、さすがは遥かに進んだ人類。不要な感情に振り回されることはないようだ」
「そうでもないさ。その不要な感情のせいでややこしいことになっちまった。何とかしねぇと」
「懸念は、トーワの遺跡に眠る男のことだな」
「へ~、あそこを探索したのかよ。汚染が酷くて入れねぇと思っていたが」
「いや、探索はしていない。やろうと思えばできぬこともないが、まずは手元にある知識を精査したい。それに、あまりヴァンナスに利することはしたくないのでな」
「そうか、あんたはヴァンナスとがっぷりくっついているわけじゃねぇんだ」
二人は互いに事情を話すこともなく、まるで旧知の仲のように会話を重ねていく。
この二つの知恵者にとって、疑問で会話を止めることなど無意味。
自身の知識と経験で会話の一端から謎を掴み、それを即座に紐解き、言葉を返している。
百合さんはさらに言葉を発する。
「ってことは、バルドゥル所長の存在を知ったのはそっち側の遺跡のデータか」
「ああ、記録通りならば危険思想の持ち主でスカルペルを奪おうとしている。早々と消し去りたいところだが、私とて貴様らの知識の全てを知るわけではない。今は不用意なことができぬ、といったところだ」
「こっちは諸事情あって遺跡に近づけねぇ。そうだ、あんたに……チッ、意識が遠退いて……」
百合さんはひんやり青々とした額を押さえ始めた。
自分の意識が眠り、ギウが目覚めようとしている。
しかし、それを父が止める。
「感情体としてギウに宿っているようだな。ならばこれで」
父は白衣に紡がれた『スカシユリ』の刺繍を撫でる。
刺繍が仄かに蒼く瞬くと、父の手の平に花弁が宿り、それらは風に乗って百合さんの身体を包み込んだ。
「これでしばらくは意識を安定できる」
「へへ、ずいぶんと洒落た魔法だな。助かった。しかも、いつもより頭がはっきりしやがる。普段はちょっとでも小難しいことを考えようとすると意識が遠退いちまうからな」
「それは重畳。それで、私にあの男の倒し方を伝授するつもりだな」
「実はそいつについて何らかの手段を施したはずなんだが思い出せねぇ。施設内の記録も不完全で、俺自身がなんでか破壊した跡がある。だから、別の方法をもって、さらにより確実な方法を……」
百合さんは風の魔法を起こし、砂浜の砂粒を舞い上げる。
それらを無数のモニター画面として利用し、彼女は砂嵐のように舞う粒の動きを覗き見た。
「こいつは……あんたの手を借りて所長をぶっ殺すのはやめておいた方がいいな」
「その砂の画面には未来予測の手掛かりとなる、可能性の世界が映し出されているのか。どうやら私が積極的に介入すると高確率でバルドゥルが勝利してしまうようだな」
「よくわかるな。さすがの俺も驚くぞ」
「砂の動きが世界線を移動する際の公式と近しいものだった。そしてそれらの末には終局を指し示すサインが出ていたからな」
「ホントに驚きだぜ。これほどの切れ者がスカルペルにいやがるとは」
「フンッ、そんな世辞はいらん。貴様らから見れば私など赤子同然であろう」
「別にまるっきり世辞ってわけじゃねぇんだが……世界線の様子を見る限り、あんたは知を貪欲に求めすぎて身を滅ぼすみてぇだな」
「ま、そうであろうな。そこは私の愚かな部分だ。危険と承知しても知を手に入れようとする。テーブルに乗るコインが世界だったとしてもな」
「ある意味、所長と同じタイプだな。そこは何とかしてほしいところだが……はっきり言っとくぞ。あんたはヴァンナスと組んで手立てを講じているが、全然届かねぇ」
「そうか、我々の下準備は無意味だったか。情けなくも、下地となる技術に貴様らの技術を拝借してまで行ったというのに」
「スカルペルだけの知識じゃ俺たちの知識に対抗できねぇよ。なにせこちらは、兆を超える星々の知識を持っているんだからな。だから恥じる必要はねぇ」
「敵は強大か。なればこそ、恥を忍び、貴様から知識を得る必要があるか」
父の空気が変わり、辺りから春の暖かさは消え、肌に痛みを覚える冷気が二人を包む。
しかし百合さんは、心に刃を差し向ける気配に対して何ら応じることなく声を生む。
「まるで、バルドゥル所長だな」
「なに?」
「所長もあんたも、人として不完全だ。そう、一等足りねぇもんがある」
「うん?」
「でもな……フフ、力を貸そうじゃねぇか。とびっきりのな」
画像が揺らぎ、百合さんと父の会話が曖昧になる。
画像が安定した頃には、百合さんが渡そうとしていた力の話は終わりを迎えていた。
「そいつにスカルペル人の体細胞を注入するといい。それで大気中のナノマシンから肉体を守るんだ」
「言われなくても理解している。それにホムンクルス体の基本組成はスカルペルの物質でできているからな。安定にはどうしてもスカルペルのものが必要。真っ白な用紙とはいかぬか」
ここで私が言葉を挟み、フィナが答えを返す
「体細胞? ホムンクルス? ということは私のことか?」
「たぶんね。だけど、話の内容から見て、今のは媒体の話じゃないみたい」
「ん?」
「おそらく、揺らいだ画面の中で何かの媒体をアーガメイトに渡した。だけどそれだけでは大気中のナノマシンに感染してしまう。さらに、ホムンクルス体の基本構成はスカルペルの物質が望ましい。だから、スカルペル人の体細胞を注入するように言った」
「では、フィナの推測通り、私には何らかの媒体があったというわけか。それに……」
ここでようやく、父の約定の相手がわかった。
そして、銀眼を産み出した相手もわかった。
それは百合さん。
「おそらく媒体は私の瞳。銀眼のナノマシンなのだろうな」
「ええ。で、銀眼のナノマシンを媒体にホムンクルスを創った。でも、銀眼のみだから、そのままだとキノコを媒体したベェックみたいに媒体そのものの姿になっちゃう。この場合、目玉の生命体ね。だから、スカルペル人の体細胞で肉体を構成……う~ん?」
フィナは途中で言葉を止めて首を捻り始める。
「どうした、フィナ?」
「いま言ったのだと、なんか違う気がする」
「なんかとは?」
「わかんない。なん~か引っかかるのよねぇ。私、生命科学は専門外だから何か見落としがあるっぽいんだよなぁ」
彼女は一人うんうんと悩み始めた。
その間にも映像は先に進む。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
重ねて、新年から評価をいただきとても嬉しく感じております。
年明け疾くやる気に満ち溢れ、ペン先が白紙の未来に向いて走りだしたいと震えています。今年も多くの言葉を文章に変えて皆さんを楽しませることのできる物語を産み出したいです。