ギウと百合の記憶
前章のあらすじ
アコスア「一発逆転で私たちは返り咲き、を狙ってたけど失敗。人んちに迷惑をかけちゃうし、自滅するし踏んだり蹴ったり。まぁ、あれだよね。人間万事塞翁が馬ってやつ? 昔の人はうまいこと言ってるね」
「つぅっ」
私はズキリと痛む頭に不快なおはようを届けられ、半身を起こす。
そして、頭へ手を置こうとしたが、途中で引っ掛かりを感じて手首を見た。
「鎖? そうか、私は我を失って……」
「ケントさん、大丈夫ですか?」
「その声は、カインか?」
私はすぐ隣に顔を向けた。
そこにはカイン。
彼は立方体の形をした灰色の医療用ナルフを隣に浮かべつつ、半透明のモニターに映る波形にちらりと視線を振ってから私に顔を向けた。
「バイタルは安定。脳波に異常なし。どうやら、落ち着いているようですね」
「ああ、迷惑をかけた。ここはどこだ? 見た目はトーワの診療室だが、少し雰囲気が……」
「古代人の施設の一室です。アーガメイトさんの書斎から近い部屋をトーワの診療室に変形させています」
「どの程度時間が経った?」
「小一時間ほど」
「思ったより時間が経っていないな」
「こちらの施設の医療器具を使えるようになったので、昏睡後、脳や身体機能の調節が可能になりましたから。それとフィナ君が、セアさんたちの世界からの感情流入を抑える方法を見つけたおかげで回復を早めることができました」
「そうか……では、もう大丈夫ということだな。悪いが、この鎖を外してもらえないか? もう、暴れるようなことはないだろうから」
「はい、わかりました」
彼はモニターの右端を指先で二・三度叩く。
すると、私の手首足首に絡みついていた鎖が消えた。
私は横になっていた診療台から下りる。
それを見届け、カインが声を掛けてくる。
「それでは、皆さんをお呼びしますね」
三分後、ギウ、エクア、フィナ、親父、マスティフ、マフィンが集まった。
私は仲間たちに取り乱したことを謝罪し、フィナに詳しい状態を尋ねた。
「一体、私の身に何が起こったんだ?」
「どうやったかは謎だけど、この施設が稼働した影響でセアの世界とのリンクが修復されたみたい。それで、あんたの銀眼を通して真実を知った彼らの中の誰かが取り乱してしまったようね。で、その感情があんたの心に逆流したってわけ」
「取り乱すか……それは当然だろうな。召喚と言っているがその実は地球から無理やり連れ去り、勇者に祀り上げて、魔族退治を行わせていた。だが、その魔族は古代人であり彼らの子孫。同胞同士の殺し合い。さらには、延々と殺し合いを行わせるために村を作り囲ったわけだからな」
「たしかにヴァンナスはクズ……でも、こう言ったら角が立つかもしれないけど、その原因って結局、自分の世界を崩壊させた地球人のせいなんだよね」
「俯瞰してみればそうなのだが……過去の地球から訪れた地球人はただの被害者だからな」
「そうね……」
「そういえば、セアたちからの感情流入を止めたとカインから聞いたが、どうやって?」
フィナは指輪のついた指をパチリと跳ねてモニターたちを呼び出す。
「翻訳機能が直ったから施設のシステムの大部分が把握できるようになったのよ。そのおかげで、信号が異空間からあんたの銀眼に届いていることがわかった。私はそれを一時遮断しただけ」
「異空間?」
「おそらく、セアたちがいる世界。その場所はわからないけど、今のこの施設の状態なら時間さえかければ座標を特定できると思う」
「なるほど……いつか、また、彼女と話すことができるかもしれないというわけか。だが、それらの前に……」
私はギウへ顔を向けて、彼の本当の名前を呼んだ。
「ギウ。いや、百合さん……はは、さて、何から尋ねればいいのやら」
彼女の名を呼び、私は問いかける言葉が見つからぬ照れ臭さに微笑みを見せた。
だが、彼……彼女はきょとんとした様子で、私に声も反応も返さない。
「百合さん? ギウ?」
両方の名を呼んでも反応を見せない。
するとエクアとマフィンと親父が、私が気を失っていた間の出来事を説明してきた。
「ケント様が気を失った前後からギウさんの様子が少しおかしいんです」
「ケントが眠っている間に、少しでも情報を尋ねておこうかと思ったんだがにゃ、こっちの問いかけに鈍い反応しかしにぇ~のニャ」
「それどころか、まるで最初にあった頃のギウのように、ギウが何を考えているのかさえわかりませんでして」
「どういうことだ? ギウ? 私の声は理解できているか?」
「ギウ」
ギウはこくりと頷く。
理解はできているようだ。
再度、彼の名を呼び、話しかける。
「ギウ、皆は様子が変だと言うが、体調でも悪いのか?」
「ギウウ、ギウ」
「っ?」
ギウは声を返した。
そうだというのに、彼が何を伝えたのか朧気で捕らえることができない。
「本当に、どうなっているんだ? ギウの気持ちがわからない……」
「ギウ……」
ギウは小さく言葉を漏らし、ボーっとする。
その様子が心配になり、再々度、彼の名を呼ぼうとしたところで、彼は尾っぽをぱたりと振り、一つのモニターを呼び出した。
「何をしようとしているんだ、ギウ?」
問いには答えず、彼は呼び出したモニターを見つめ動かしていく。
彼は瞳の動きも指先も使わずに、意識のみでモニターを動かしているようだ
僅かの間を置いて、彼はまたもやボーっとし始めた。
虚無に包まれる彼のそばに浮かぶモニターをフィナが覗き見る。
「何か、メッセージみたいなものがあるみたい」
「メッセージ?」
「たぶん、映像。再生してみるけど?」
「ああ、やってくれ」
フィナはモニターを指先で押す。
その途端、診療室は全く別の姿へと変わった。
そこは、トーワの海岸。
足元にはさらさらとした真っ白な砂浜。耳をくすぐる潮騒。瞳を攫う真っ青な海。頭上には暖かな日差しを届ける二つの太陽――テラスとヨミ。
肌を撫でる風は柔らかく、季節は春を感じさせる。
その春のトーワの海岸に、ギウは一人佇んでいる。
私たちが映像のギウに視線を集めていると、どこからともなく百合さんの声が響いてきた。
『なんとか所長の研究を基に作り出した血清のおかげで、スカルペル人が魔族と呼ぶ化け物にならずに済んだが、俺の意識はほとんどなくなっちまった。だが、それでもたまに意識が戻るようで、やり残した仕事をするためにトーワに残ったんだ』
ギウは南へ歩く。
その先にあるのは、トーワの城の真下に存在する洞窟。
かつて、そこに彼が住んでいた。
その洞窟に入ろうとしたところで、場面が変わる。
場面は同じく砂浜。
しかし、空から太陽は消えて、代わりに月明かりが白い砂浜を蒼く浮かび上がらせている。
そこにギウの姿はなく、百合さんの姿があった。
その姿はこの施設で見た、緑のぴっちりしたスーツに白衣を申し訳程度に羽織っている姿ではない。
短かった黒髪はとても長く艶やかで、その上に麦藁帽子が乗り、真っ白なワンピースを纏っている。
彼女は東の海を見つめ……思いっきりの悪態をついた。
「ジュベルの野郎め! イメージを固定しやがって! やっと、意識をプロジェクタに乗せて何とか姿だけでも現わせるようになったってのに。こんなひらひらした姿にしかなれねぇとは…………今度会ったら、ボコボコにしてやる!」
と、ここでいったん私は、エクアとフィナと親父とマスティフと声を掛け合う。
「以前、海岸でカエルがギウによってボコボコにされていたが……」
「これが理由だったんですね……」
「あの時はお互い、ジュベルと百合の意識が二人に宿っていたか、記憶の片隅に恨みが残っていたかなんだろうね……」
「なんか、妙なもん見せられてんな」
「がはは、おそらくだが、この映像はギウ殿と百合殿の様々な足跡なのだろう」