理性なき道標とヴァンナスの咎
――研究施設(遺跡)
百合の予測通り、施設に残っていた変異者たちはただの知性なき怪物となっていた。
彼らを全て転送で施設外に追い出して、百合は舌打ちをする。
「くそっ、違うだろ!」
「どうしたの、百合?」
「変異者たちを封じるつもりが転送で外に出しちまった。やろうとしてることと行動がちぐはぐだ。しかも、その中の一人が兵器を持ち出してやがる。そいつが施設から出た瞬間にこっちのセンサーを妨害してっ。本能か知性が残っているのか……もう、兵器の回収はできねぇ。最悪だぜ」
「それは仕方ないよ。こうして理性を保ってるのもやっとなんだし」
「……ああ、そうだな。とにかく、思いつく手段は全て出し尽くそう。まずは俺たちの複製を作っておく」
「どうして?」
「俺たちは変異しても体内に取り込んだ飴玉のおかげでスカルペル人の敵にはならねぇ。複製の際にいくつか性格のパロメーターとステータスを弄って、穏やかな存在として外へ出す。上手くいけば俺たちの複製が変異者からスカルペル人を守ってくれるかもしれねぇ」
「なるほど。期待は薄いけど、少なくとも毒にはならない存在になれる。もし、薬になれる可能性があるならその方法もありだね」
「薬になれればいいが……くそ、なんてこったっ」
「何か問題でも?」
「ヤツを閉じ込めていた檻が壊れてやがる」
「そんな……」
「だが、あいつは穏やかなタイプだ。おそらく無茶はし……あ、複製なんかよりも…………もっと別な方法があったはず。たしか……」
百合は薄れゆく理性の中、必死に己を保ち、何らかの解決策を見出そうとし、そして思い出す。
「ナノマシン……」
「百合?」
「俺たちのナノマシンがレスターを吸収して変異を遂げてしまう。その前に別のナノマシンに吸収させればいい。それを考えていたはずなのに、どうして今まで忘れていやがったっ! くそったれ、今になって思い出すなんて!」
百合はたどたどしくモニターを指先で操る。
「もう、変異が進み手遅れだ。だったらせめて、スカルペルの迷惑に掛からねぇように。こうなったら先にレスターを吸収して、変異を阻害しつつその力を利用して抹殺の指令を与えれば」
「百合、それは!? それは僕たちが! 仲間たちが!」
「悪い、ジュベル。今の俺にはこれ以外思いつかねぇんだ。これで俺たちが死んでしまえば、スカルペルは救われる。余所者が、迷惑を掛けちゃあいけねぇだろ」
「百合……うん、そうだね。ウグッ!」
「ジュベル?」
「あれ、体の中から熱いものが……どうやら、ここまでみたいだ」
「そうか……あとは、俺が何とかする」
「うん、ごめんね。任せたよ。どうか、変異した僕がスカルペル人の助けになれるように祈ってて。あれ? 抹殺のナノマシンがあるからもうその役目もいらないし、死んじゃうんだっけ?」
「さて、どうだったか……とにかく、フフ、さよならだ。ジュベル。てめぇはなかなか楽しい男だったぜ」
百合の漏らした優し気な言葉。
この言葉に触発された僕は、口から秘めたる思いを零してしまった。
「百合……僕は……君のことが好きだ」
「ここで告白かよ! なんて間が悪い。ぶっさいカエルがぶっさい魚に告白とは、笑い話にもならねぇよ」
「そんなことはない。君はどんな姿でもうつく……もうダメだ。百合、返事は聞かないでおくよ。泣きながらカエルになるのはごめんだからね」
僕はそう言って、施設から出ていった。
残るのは百合だけ……。
ここから先は施設が残した映像が彼女だけを映す。
百合は僅かに残った理性にありったけの知性を乗せて作業を行っていた。
「えっと、半島の汚染を除去しねぇと……くそ、正確な計算がっ。しかもシステムに不具合まで。えええ~い、とにかく半島中の汚染物質を回収して浄化してしまえばいい! 浄化が進んだら、そこを順に開放していくと」
こめかみを押さえ、更なる汚染に意識を向ける。
「施設内も汚染されている。動力室から汚染物質が漏れているのか。俺たちは平気だがスカルペル人にはたまったもんじゃねぇだろうな。除去して……いや、そのままでいいか。半端な知識で入られても困る。せめて重要区画に来れるくらいの知恵と勇気を持ったやつに……この区画に浄化システムを……いや、だめだ。やっぱり封印を、クッ」
頭がずきりと痛む。
考えていることがちぐはぐとなり、さっきまで自分が何を考えていたのか、いま何をしようとしているのかわからなくなってきている。
「なんだ? そうだ、施設を自己修復させて……」
変異した仲間たちによって荒れ果てた施設内がクリーニングされていく。
だが途中でそれをやっている暇はない気づく。
「馬鹿野郎、何を悠長に! 何をすればいいんだっけか? ああ、そうだった。現地人に施設を扱えないように……どうするんだ? まずはスカルペルの言語情報を消して、翻訳機能が再び動かないように停止、停止、くそ、やり方が纏まられねぇ。もうっ、壊しちまえばいいか……これで良し。でだ……」
薄れゆく知識。
曖昧になる己。
それと戦いながらも、彼女は必要なことを行っていく。
「あ、忘れていた。抹殺指令のついたナノマシンを散布と……よし、これで所長がばら撒いたナノマシンと共に大気中に漂う。だけど、こっちのナノマシンの方が優先……このっ! 最悪じゃねぇか!」
彼女の前に浮かぶモニターは、今しがた生み出したナノマシンが機能していないことを映し出していた。
「なんでだ……? ああ~、そうかっ。新型を所持するあいつらには効果が! これじゃ抹殺は無理だ。幸い、ナノマシンはスカルペル人の因子に反応をしないから悪影響を与えるわけじゃないが……仲間は殺せない。そうだ、そうだ、所長のナノマシンは旧型を基としている。だから時空振を当てて時間を巻き戻し旧型に戻せばっ」
素早く指を動かし、彼女はスカルペルに散布された強化のナノマシンの時間を操る。
しかし……。
「大気中のナノマシンは旧型に戻った。だが、仲間の体内に宿る奴は戻らず時空振を無効化した? どうしてだ? 所長が手を読んでた? 自己防衛本能? ともかく、体内に宿った時点で外部の刺激を遮断してしまうのか。大気中のは念のためのもの。戻しても意味がねぇ。新型は子々孫々と受け継がれる。どうすりゃっ!? ああ、もう、自分を……」
彼女は自分の体の奥底から、自分とは違う熱が浮かび上がってくるのを感じた。
その熱に飲み込まれようとする瞬間、彼女はバルドゥルの計画に気づいた!
「こ、こいつはぁ! あの糞ジジイ、こっそり複製を! しかも強化してやがる! 千年後に目覚めて、変異者の王にでもなるつもりかよ! そんなことさせてたまるかってんだ。今すぐ、複製消して……どうやって? わからないっ! 俺にわかるのは……そうだ、スイッチパネルにアクセスして、偽装を……なんでこんな回りくどい真似を? もう、俺は何をやってんだ!」
もはや、論理はなく、思い描いたことをバラバラに描き続ける。
それさえも、もう、これまで。
熱が百合の肉体を覆い、銀の鱗が彼女を包み込んだ。
「ああぁあぁあぁぁぁああぁっぁあぁぁぁぁあ!」
美しい黒髪のショートヘアは失われ、魅惑的な銀眼も艶めかしい肉体も失った。
誰もが羨む生身の美貌を持つ百合は……巨大な魚と生まれ変わり、施設から外を目指す。
ふらふらと当てもなく歩く巨大な魚は、ふとトーワを思い出す。
あそこにはやりかけの何かがあった。
だから、向かわないと……。
巨大な魚は彼女だけではない。
複製のよって百近い魚と同じく百のカエルたちが彼女の後に続く。
地上へ出た彼女たちを、巨大なカエルが出迎えた。
彼は小袖に羽織と袴の姿で、腰には大小の刀を差している。
そして、百合だった巨大な魚に、槍を渡した。
それはジュベルが最後に残った理性で持ち出した、彼女愛用の超振動スピア。
彼女はそれを受け取り、一言声を返した。
「ギウ」
そうして、彼らは別れた。
ジュベルだったカエルは東を向いて、海へ向かう。
なぜか彼には東というワードがとても魅力的に感じていた。
彼に従い、他のカエルたちもまた東に向かい、海に入り、遥か先にある大陸を目指す。
百合だった巨大な魚は、同じく巨大な魚の一団を率いて、トーワへ向かう。
「ギウギウ、ギウウ」
彼女は巨大な魚たちに、人を守るように言った。
だけど、彼女も魚たちもその意味がわからない。
わからないが、巨大な魚たちは彼女と別れ、誰かを求めて去っていった。
ここで映像は終わり、幻想のアーガメイトの書斎へ戻ってきた。
ジュベルは部屋の中央に残り、視線を左右に振りながら、声を生む。
「これらはこの施設が自動的に記録していた映像を僕が何とか編集したもの。なにせ、この時点で僕はカエルだった。トーワの海岸に立ち、微かに残っていた僕の意識を施設に飛ばして何とか組み上げたんだ。もし、支離滅裂だったらごめん。そうであっても、少しでも真実を伝えられたことを祈っている」
ジュベルの姿は消える――。
フィナはカインに視線を送りポツリと言葉を零す。
「カインの予想は当たってたんだ。魔族は古代人のなれの果てだった……」
「ええ、残念ながら。そして、これにより魔族たちの強再生が説明できます。その弱点も」
「たとえ、細胞と溶け込み見えなくなっても機械。だから、強力な雷撃や冷撃を当てると一時的にナノマシンの効果が薄くなり再生しなくなるんだ」
「そのようで。さらにサレートとの戦いの後、ギウさんの傷口があっさり治ってしまった理由もわかりましたね」
カインの声に促されるかのように、皆は視線をゆっくりギウへと向けていった。
ギウの正体――彼はナノマシンを宿す存在であり、かつてこの施設の副所長であった、百合……。
誰かが彼に声を掛けようとした。
しかし、それを呻き声が邪魔をした。
その声の主は、ケント。
「は、うう、ああああ~」
「ケント様、どうされたんですかっ?」
胸を押さえて苦し気な声を上げるケントに、エクアが近づこうとした。
だが彼は、大きく手を振って、彼女を追い払う。
「やめろっ、近づくな!」
「キャッ、ケント様?」
「なんてことだ! 彼らが魔族だった? 古代人は地球人だった? ならば、ならば、ならば、ヴァンナスは――――地球人同士で殺し合いをさせていたということではないか!!」
ケントは胸を掻き毟る。
そこに宿っているのは、彼と繋がっている地球人の心。嘆き。叫び。
「ヴァンナスは真実を知っていたはずだ! そうだ、知っていたに決まっている! それなのに彼らはっ――私たちを道具のように!!」
ケントの心はセアたちの世界と深く繋がり、真実を知った彼らの嘆きに潰され、心を同化していく。
「あいつらは私たちを閉じ込めて、子を作ることを強要するだけではなく、同胞同士の殺し合いを! あああああああああ――! ヴァンナスめっ! ヴァンナスめっ!!」
「落ち着きなさい、ケントっ? 一体どうしたの!?」
「フィナ、フィナ、わからない。わからないんだ。銀眼から頭に、心に、セアたち、いや、地球人の末裔たち全ての嘆きが流れ込んでくる。リンクは切れているはずなのにっ。許せない! どこまで私たちを利用して! うわぁぁぁあぁぁぁ!」
ケントはがむしゃらに両手を振るい、癇癪に塗れて、踊り狂う。
カインがフィナヘ問いかける。
「一体、何が?」
「おそらく、施設が稼働して自動修復システムが復帰したんだ。それがケントとセアの世界を繋げた。それも以前より強固にね。それで、彼らの心がケントの中に。いま、ケントの心には何百という人間の感情が流れ込んでいるのよ」
「そんな……このままだと、ケントさんの心が!」
「わかってる。カイン、鎮静剤を! 親父、マスティフさん、ケントを押さえて!」
「わかりました。仕方ありません」
「ああ、わかったぜ」
「うむ、そうするしかあるまい」
「うわぁぁぁあああああ! ヴァンナスゥゥゥゥウゥウ! 俺たちを利用しやがって! 僕たちを殺し合いを興じさせて! 私たちをどこまで貶めるのぉぉぉ!」
叫び、暴れまわるケントを親父とマスティフが取り押さえる。
そして、カインが注射器を使い、彼の首筋へ鎮静剤を打ち込んだ……。
評価を入れていただき、ありがとうございます。
指先に確かな意思を宿して、より一層楽しんで貰えるように頑張って物語を書き綴ってまいります