仲間たちの一日
ケントとカインが会話を行っている頃、仲間たちは……。
――フィナとキサ
遺跡のアーガメイトの書斎にキサとフィナがいる。
彼女たちは食べ物をレプリケートできる装置の前で話し込んでいた。
「ねぇ、フィナお姉ちゃん。これって食べ物以外も複製できるの~?」
「うん、できるよ。欲しいものの名前が日本語でわかればね。キサは何が欲しいの?」
キサは鳶色の瞳に金の色を映す。
「金の延べ棒とか……」
「やめときなさいよ、相場が崩れるでしょう。ってか、それはあんたの方が私よりも詳しいでしょうに」
「うん、まぁそうだけど……ちょっとくらいならいいかなって」
「だからやめときなさいって。そのちょっとが悪魔の誘惑なんだから」
「う~ん、おしいなぁ。あ、そういえば、フィナお姉ちゃんは作れないの? 『錬金』術師なんでしょ?」
「作れるよ。でも、元となる賢者の石の材料費が高いからあんまり意味ないし。作るならオリハルコンやミスリルの方が儲けが大きいかな」
「いくらくらい?」
「材料費がこんくらいだから、儲けはこんくらいかな」
フィナは指先で数字を表す。
それにキサは眉を顰めた。
「あんまりだね……」
「まぁね。金より儲かるけど微妙なのは変わんないや。あ、でも、金なら……」
「なになにっ?」
キサは前のめりになる勢いでフィナに頭を伸ばした。
それはフィナの言葉から儲けの匂いがしたからだ。
「目ざといな~、キサは。ちょっとこれ見てみて」
フィナは指輪を付けた指を跳ねる。
すると、トーワの北の大地の立体的な映像が生まれた。
彼女は汚染が残る赤のマップを指差す。
「この汚染地域だけど、微量ながら金も混じってんだよね。それ以外の希土や希少金属も」
「ホントにっ?」
「ホントにホント。たぶん、汚染物質に溶け込んでるんだろうけど、これをうまく抽出できれば、トーワの財源になるかも」
「で、抽出は?」
「それはちょっと……でも、うまく抽出できても恒久的なものじゃないから一時的な財源にしかならないかな」
「な~んだ」
――マフィンとグーフィス
二人は遺跡内の一室にいた。
そこでは常夏の海と砂浜が映像として生み出され、マフィンがパラソルの下でうつぶせになっている。
そのうつ伏せになっているマフィンをなぜかグーフィスがマッサージをしていた。
「あの~、マフィン様。なんで俺がマッサージを?」
「グダグダ言わず揉むニャよ。歳を取ると肩や腰がしんどくにゃるニャよ。ほらほら、揉まないと水着美女に目を奪われたのをフィナに密告るニャよ」
「ぐ、それはっ!」
彼らの周りには虚像の水着姿の人々がいる。
その中でグーフィスはよく日に焼けたお胸のおっきな女性に目を奪わてしまい、それをマフィンに気づかれてしまったのだ。
「ちきしょう~、あんな凄いの見たら目が着いて行っちゃうってのっ」
「まったく、幻なんかに現を抜かすからニャ」
「幻ったって、凄くないですか?」
彼は近くを通りかかったバスケットボールな美女を見た。
サングラスをした彼女はグーフィスへ手を振って去っていく。
「うわ~、でっか……触っても感触とかあんのかな?」
「グーフィス、マッサージを二十分追加ニャ」
「どうしてっ!?」
「幻にエッチな目線を見せた罰にゃ」
「そんな~、マフィン様だって男だから俺の気持ちわかるでしょうに!」
「俺の趣味はもっと毛深い子だからニャ。だから、ここに居る幻には全然興味にゃいニャ」
「はぁ、そうですか。周りにいるのは人間族っぽい奴ばっかりですからね。ここってどこなんです?」
「この映像をたまたま見つけたフィナの話では、古代人が保養していた世界か惑星じゃないか言ってたニャ」
「保養ですか。古代人ってのは良い身分だったんですねぇ……おや?」
「どうしたニャ?」
「マフィン様マフィン様! マフィン様好みっぽい子が歩いてきましたよ」
「ニャに!?」
マフィンはうつぶせのまま顔だけをグーフィスが指差す方向へ向けた、
指の先には、見た目が人間族でありながら、全身をさらりとした灰色の毛に覆われた猫耳の水着女性がいた。
その子を目にした途端、無言となったマフィンへグーフィスが話しかける。
「あ~、獣人族っぽいけど見た目は人間族寄りですね。あれじゃあ、マフィン様の興味は……マフィン様?」
「う、美しいニャ。あれほどの美女がいるニャンて……こうしてはいられにゃいニャ。さっそく!」
「早速って、マフィン様。彼女は映像ですよ。しかも俺たちの言葉が通じないから話しかけると妙な顔されますし……」
「クッ、そうだったニャ。にゃが、この宇宙にはあのような美しい種族がいるニャね。もし、会える者なら会ってみたいニャ!」
そう言って、魅惑的な微笑みを送ってくれる猫耳の水着美女にマフィンは鼻の下を長く伸ばして尻尾をくねくねさせている。
それを見たグーフィスは……。
「マッサージはもういいっすよね」
「んにゃ? いやいや、まだ続けるニャよ」
「今のご様子をスコティ様に言っちゃってもいいんですか?」
「ニャニャ!? キャビット族の長に向かって脅しとは。いい度胸してるニャね!」
――ゴリンとギウと親父
彼らはトーワ城の中庭に設置してあるニワトリ小屋の前に立っていた。
「こいつの場所を動かすようにケント様から言われたんでやすよ」
「ギウ?」
「またなんで? エクアの嬢ちゃんやギウが料理をするときは、こっから卵を回収してんだろ? だったら中庭の方が都合がいいだろ」
「そいつがでやすがねぇ……ケント様がこの中庭を通るたびにニワトリから襲われるそうで……」
「ぎう……」
「そういうことか……」
「そういうわけで、オゼックスさんとギウさんにニワトリ小屋を移動するための手を貸していただけるとありがたいんでやすが」
「ぎ~う~」
「まぁ、いいけどな。どうせ、暇をしてたところだしよ。で、どこに?」
「第一の防壁の内側まで……」
第一の防壁――それは城から最も離れた場所。
どうやらケントはニワトリたちから距離を置きたいようだ。
これにギウと親父は……。
「ギウウ、ギウ」
「そうだな、エクアの嬢ちゃんとギウのことを考えるとあんまり遠くに離すものなぁ」
「ギウ、ギウギウ」
「あはは、そうするか。風呂のボイラー近くに運ぼう。あそこならボイラーが風避けになるし…………真上に旦那の執務室があるけどな」
――マスティフとエクア
二人は仲良く揃ってトーワの海岸で釣りをしていた。
エクアは冷たい海風から身を守るためにコートを纏っているが、マスティフは相も変わらず艶やかな黒の短毛の上に作務衣を着ているだけ。
彼は体を冷やす海風を心地良い冷風のように感じながら、頬肉の垂れ下がる口を動かしてエクアに話しかける。
「エクア、海の絵を描きに来たのではないのか?」
「その海の絵を描くための釣りです。せっかく海が近くにあるのですから、ただ見ているだけではなく触れることも大事だと思いまして。季節が季節ですし中に入るのは無理ですけど」
「なるほど。絵描きという者はただそれを見て描くわけではないということか」
「経験は何物にも勝るインスピレーションを与えてくれますから」
「がははは、そうか。エクアは将来絵描きになるのか? それとも医者に?」
「う~ん、どっちも魅力的なんで困ってます。ギウさんは若いんだから欲張れとアドバイスをしてくれますが……二足の草鞋を履いても良いものかと」
どちらの選択肢もエクアの父と母が歩んだ道。
彼女にとって双方ともに魅力的な道だが、どっちつかずのままで良いのかどうか悩んでいるようだ。
マスティフは悩める若者へ微笑み、アドバイスを行う。
「まぁ、一つのことに集中した方がよかろうが……欲張るのも悪くない」
「どうしてですか?」
「欲張るということは、多くに触れるということだ。すると思わぬ出会いがあるもの」
「私が医者や画家以外の道を見つけることも?」
「ああ、そうだ。自分はこの道だと思い進むのも悪くないが、寄り道をしてみると思わぬ発見があったりするものだ。欲張る余裕をもって道を歩んだ方が結果的に多くの糧を手に入れられる」
「ですが、何もかもが中途半端になるかも……」
「ギウ殿はそうは思っていないのだろう」
「え?」
「エクアの才能を信じ、ふらりと寄り道をしても必ずやそれを糧にして、自分の歩む道の力に変えることができると思っている。だからこそ出たアドバイスなのだろうな」
「そんな、そこまで私は……あっ!」
エクアは釣り竿を持つ手に重量感を感じる。
彼女はリールを回して魚を釣り上げた。
「よっと。今日の晩御飯が釣れました」
「ほほ~、やるなエクア」
「あははは、ギウさんに教わってますから。ただ……」
「なんじゃ?」
「ギウさんは釣りに集中し始めると、マスティフ様みたいに会話をしてくれないんですよ。魂の抜け殻みたいにぼーっとして、それでいて淡々と魚を釣り上げていくんです。私としては会話も楽しみたいので、ちょっとそれが寂しいんです」
「ふむ、ギウ殿は釣りを通して武の道を見ているのかもしれんな」
「武ですか?」
「釣りは奥深く、心を穏やかにすると同時に精神を研ぎ澄ませ、己という者に問いかけることのできる遊興だからな」
「はぁ……すみません、ちょっとわからないです」
「がはは、そうだろうな。それを知るにはエクアでは若すぎる。年寄りとは違い、若者は楽しむことこそが心を穏やかにして研ぎ澄ますことであろうからな」
この言葉にエクアは首を傾げる。
「年寄り? ギウさんって年寄りなんでしょうか?」
「ん? はて、どうなのだろうな。少なくともギウ殿から発せられる気配からは、ワシなんぞ子ども扱いとなるくらい重厚なものを感じるが……」
「ですが、お肌はツルツルでピチピチ。とても若々しく感じますが?」
「あれはピチピチのお肌というのか……? まぁ、ギウ殿の年齢が幾つであろうと、深謀な方だと感じ取れる。いつかワシも、あれほどの頂に立ちたいものだ」