未来の取り扱い
心温まる空気に包まれる執務室。
だが、フィナはその空気を現実の温度へと戻していく。
「さて、全てを聞いて、あんたや勇者の謎を知ることができたし、新たにレイやアイリのナノマシンの問題を何とかしないとという話も出てきた。それらの他に、カイン……最後に何かを話すと言ったね。何を話すの? 何に気づいたの?」
「それは……」
全員の目がカインに注がれる。
彼は僅かなためらい見せて、口を開いた。
「古代遺跡に眠っている男のことです。彼にもナノマシンが宿っている。だけど、ケントさんやレイ様のものとは違い、細胞に同化して溶けていくもの。あれを見て、その後ケントさんが左目に傷を負い、治癒後にナノマシンの説明を受けた時にあることが頭をかすめたんですよ」<第十六章・何っ!? 同章・ぜ~んぶ、忘れてねぇ~>
「なんだ?」
「……魔族です」
「魔族?」
「魔族の強再生。過去に何度か彼らを解剖して調べていますが、その理由が特定されていません」
「そうだな」
「ここでお二人の強化のナノマシンについてですが、それには傷を癒す力。傷を再生する力が宿っている」
「君は……魔族の再生がナノマシンによるものだと判断したのか? しかしそれでは」
「ええ、解剖時にナノマシンの痕跡が見つかる。これらは機密扱いとなり表に出ないでしょうが、ケントさんならその資料に触れることができる。その資料がないということは、ナノマシンが見つからなかった」
「そうなるな」
「ですが魔族の肉体に、遺跡に眠る男と同じナノマシンが宿っているとしたら……どうなります?」
「それはっ!?」
遺跡に眠る男のナノマシンは細胞に溶け込み、一体化していた。
もし、これが魔族に宿っているならば、細胞とナノマシンの見分けがつかず、強再生は謎ということになる。
カインはさらに、独自の見解を述べる。
「古代人は命を産み出す力を持っている。その古代人は目に見えぬ強再生という力で魔族と繋がりがあるのではないか。そこで僕が考える可能性は二つ。魔族とは古代人が生み出した生物。もしくは、古代人そのものではないのか」
彼の出した見解――衝撃的な出来事なのだが、それらは決して激しく広がることなく、粘り気を帯びた宵闇のように私たちをゆっくり包み、ぞわりとした恐怖にも似た感情を抱かせた。
フィナは赤色チロルハットのつばをピンと上げる。
「面白い。やるじゃん、カイン。でも、できればもっと早くその仮説を聞きたかった」
「申し訳ない。話そうとは思っていたんですけど、遺跡から確証が得られるまで待とうと思ったんです……でも、残念ながら僕の力では。やはり、フィナ君の手がないとね」
カインが申し訳なさそうに、しかし、フィナへ期待を向ける笑みを見せる。
フィナは大きな息を吐いて、カインへ、そして私たちへ言葉を返した。
「悔しいけど、私でもその確証は見つけられない。なんとなく遺跡の機構を理解できても、文字がわからないから限界がある。日本語に訳していても、断片的にしかわからない。だから、わからない……ケント」
フィナの紫の溶け込む蒼玉の瞳が強い輝きを見せる。
私は輝きの意味を知る。
「遺跡に眠る男を目覚めさせたいんだな?」
「ええ、そう。あんたはドハでポットに眠っていた自分とレイたちを知ってる。だから彼を安全に目覚めさせる方法を知っているんでしょ」
「まぁな」
「やっぱり。今まで黙っていたのは自分の秘密に繋がることを恐れたのね」
「そんなところだ」
「それじゃっ」
「八年後の君は私に警告したぞ。彼を殺せと……それでも目覚めさせるのか?」
「目覚めさせないと、秘密は永遠にわからない。もちろん、万全は期す」
「そうか……現状考えられる安全策は?」
「遺跡のセキュリティシステムをもっと深く探る。それを使い覚醒した彼を隔離する。隔離した部屋からはどこにもアクセスできないようにシステムは遮断する。それ以外にも錬金魔術による保険を掛けておく」
「保険とは?」
「魔術による呪いと、錬金術による毒物・爆発物を体内に仕込む。何かあればすぐに発動して男を殺す」
「待ってくださいっ!」
声を上げたのはカイン。
彼は強い口調でこう述べる。
「たしかに、危険という忠告は受けています。ですが、体内に毒物に爆弾とはっ。さすがにそれは人道に反します! 僕は認めることはできない!」
「でも、カイン。他に安全策ってある? ケントは滅びかけた世界を見てきたのよ。その原因があの水球の男。万全に万全を期さなきゃ」
「しかしっ……危険だとしても……皆さんも、フィナ君の意見に賛成なんですか?」
エクアとキサとレイは……。
「少し可哀想な気がします」
「うん、危険でもちょっとかわいそうかな~」
「必要な処置とわかりますが、もう少し代案を探るべきでは?」
ゴリンとマスティフとマフィンとグーフィスは……。
「話を聞く限り、相当ヤバそうな奴でやしょうし、フィナさんの言うとおりにすべきだと思いやす」
「うむ、天秤に乗るのは世界。大事があってはならぬな」
「たしかにニャ。警戒に警戒を重ねニャいと。呪いの方は俺が最高のをかけてやるニャ」
「俺はフィナさんが正しいと思います……でも、ちょっと、ひでぇなぁと思ったりもしたり」
「あんっ? グーフィス、私が間違っているって言うの?」
「いえ、フィナさんは正しい! 絶対です!」
「よしっ。で、ギウと親父は?」
問われたギウはボーっと北の方角を望んでいる。北にある遺跡を見ているのだろうか?
親父は眉間に皺を刻み、悩む仕草を見せていた。
フィナはもう一度、ギウと親父に尋ねる。
「ねぇ、ギウと親父。二人の意見は?」
ギウは顔を北からフィナへ戻し、不思議な言葉を伝える
「ギウ、ギウウ、ギウギウ、ギウウ、ギウ」
「ふむふむ、歩みは交差する。これは世界の分水嶺。みんなが選ぶ道に世界があることを祈りましょう……随分、情緒的な返しね」
「ギウ」
「世界の命運を決めかねない恐ろしい出来事に感じてるけど、目覚めさせることには賛成なのね?」
「ギウ」
「そ、わかった。で、親父は?」
最後に残った親父の言葉に仲間たちは耳を向ける。
すると彼は、思いもよらぬ発言を行った。
「今すぐにでも……殺すべきだと思います」
「親父っ」
「フィナの嬢ちゃん、考えてもみてくれよ。相手は世界を滅ぼしかねない相手。そんな奴相手に、カイン先生の言う人道も糞もねぇ。もちろん、目覚めさせるなんてのもありえねぇ。殺すべきだ。世界を守るためにはそうするべきっ。俺は間違ってますか、旦那?」
親父は私が賛同してくれることを祈るような瞳を向けてきた。
たしかに、彼の答えこそが一番まともな答えだろう。
世界を滅ぼす可能性のある選択。
確実に滅ぼすことのない選択があるうちに、それを選ぶべき。
だが、私には救いたい人たちがいる――。
「親父、君の言葉こそが最も正しい。しかし、すまない。私は家族を救いたいんだ。遺跡に眠る男ならば、レイたちを救う方法を知っているかもしれない」
「旦那……それはフィナの嬢ちゃんの力を借りてっ」
「フィナ、四年以内にレイたちを絶対に救えるか?」
「絶対にと言われると……最大限努力はするけど」
「私はフィナのことを信じていないわけではない。それでも、可能性は増やしておきたんだっ。レイたちを救える可能性を!」
私の嘆きにも似た懇願。これには親父も言葉が返せずに黙りこくってしまった。
代わりにレイが声を出す。
「兄さん、僕たちのために世界を危険に晒す選択肢を選ぶつもりなら」
「悪いがレイ。これに関しては君たちの気持ちは無視する。私が君たちを救いたいんだ!」
「兄さん……」
「これは我儘だ。私のな。同時にスカルペルにとって大きな秘密を握る男をみすみす殺すことはできない。一度は会話を行い、その者の何たるかを知りたい……フ、これもまた我儘だな」
この我儘な思いに応える人がいる――フィナだ!
「ケントの言うとおりよっ。あれは知識の塊。財宝。叡智をゴミに捨てるなんて私が許さない。仮にここに居る全員があの男を目覚めさせることに反対しても、私が起こす。親父!」
「な、なんだ?」
「私が尋ねたのは男の扱いで、殺すかどうかを尋ねたんじゃない。私もケントも彼を目覚めさせるという方向で一致している。それでも止めたいというなら、力尽くでも構わないよっ」
「いやいやいや、お二人を敵に回してまでどうこうしたいとは思わねぇよ。だがよ、やはり、危険だと思う」
「うん、わかってる。だからこそ最大限の警戒をもって起こそうと思うの。カイン、認めてくれる? たとえ非人道的なことであっても」
「はは、そこから僕へ持ってきますか。さすがはフィナ君…………わかりました。彼を目覚めさせることによってレイ様たちを救える可能性もあります。彼から話を聞きましょう。最大限の警戒をもってね」
「エクアとキサは?」
「たしかに、レイ様やアイリ様をお救いする可能性が広がるなら目覚めさせる必要がありますし、危険である以上……わかりました」
「う~ん……」
キサは首を傾げている。フィナはそれに疑問をぶつける。
「まだ、納得できないことあるの?」
「んとね~、こんな物騒な話を私のような子どもに話しちゃうくらい余裕がないのに大丈夫かなぁって思ったの」
「あ……」
このフィナの小さな声に私の声が続く。
「そうだった。さすがにこれはキサに尋ねるような内容ではなかったっ。フィナ、どうやら私たちは少々気負い過ぎているようだ。もう少し、冷静さを取り戻して再度話し合おう」
「はぁ、そうね。とんでもないことをキサに尋ねてた。とりあえず目覚めさせるのは決定で、あとはどう安全対策を講じるかはまた今度じっくり考えましょう」
評価を入れていただき、ありがとうございます。
長い物語でありますが、ここまで辿り着けたのはひとえに読者様がお読みになって下さるおかげです。これから先も楽しんで頂けるように頑張ります。