失ったものへ恋焦がれ
前章のあらすじ
老翁「ケント様は仲間に支えられ、自分の姿を強く心に描いたようじゃ。それを伝えようとした矢先にエクアを攫われ、サレートと戦い、一時的に勇者の力を降ろすが暴走する……それをトーワの亡霊に救われたのじゃ。こんなもんかの? あ、そうそう、個人的に一つ不満があるのじゃが……なんで、ケント様はうちの店で釣具を買わんのじゃ! 大元は金物屋じゃが、一応取り扱っとるのにっ!」
――トーワ城
サレートの一件から時が経ち、しつこく居座っていた残暑も消えて秋の気配がトーワを満たす。
私は城に戻り次第、仲間へ全てを話すつもりでいた。
だが、戦いを終えたばかりの私たちの疲労はひどく、また、エクアの心への負担も大きかったので、しばらく落ち着けてから、ということになった。
これらの他に、アグリスへ盗賊とサレートの件を伝え、こちらの事情も伝えておいた。
すると彼らは、人体実験を行うような人物にアグリスの建築デザインを依頼していたという醜聞を嫌い、事は内々に収められ、結果、トーワの住人が攫われたためトーワの領主である私が盗賊討伐をした。といった感じで、話は落ち着いた。
これにより、詳しい事情を知らぬカルポンティから礼状が届く。
彼らは同じ半島内に住む者としてアグリスの意思とは別に、今後は友好的な関係を築きたいという言葉を礼状に記していた。このことから、相当盗賊には頭を悩ませていたようだ。
おかげさまで半島内でのトーワの立ち位置はより良いものとなった。私としてはそんな算段などなかったのだが……。
とりあえず、無断で領地を侵し勝手な活動をしたことのお咎めはなく、アグリスやカルポンティに対して穏便に事なきを得た。
話を仲間たちのことへ戻すが……不思議なことに、結界内に閉じ込められ最も傷の深かったギウが仲間の中で最も早く傷が癒えた。
具体的に言えば、一日足らずで……。
あまりの早さに私は彼に問いかけるが、彼曰く、『ギウギウ(この程度、海に入ったらすぐ治る)』だそうだ。
とは言うが、海に入るまでもなく戦いの後すぐに傷が癒え始めていたのだが……それを知っているフィナとカインはギウの謎を追うために彼を追いかけてトーワ中を走り回っていた。
フィナもギウほどではないが傷だらけのはずなのに……。
彼らが鬼ごっこに興じ、エクアが心を休めている間、私は傷が癒えたばかりの親父に無理を言ってサレート=ケイキのことを調べてもらった。
彼が何を為そうとして、エクアを欲し、どうしてあのような暴挙に出たのかを。
それらを調べ終えて、親父がトーワに戻ってきた。
現在、執務室には私と親父と、鬼ごっこを終えたカインとギウがいる。因みに、ギウが見事逃げ切り、傷が癒えた謎はお預けになったそうだ。
そのことはさておき、私たちは親父が持ち帰った、とある一枚の絵を囲むように見ていた。
それはサレート=ケイキの絵画。彼が駆け出しだった頃の絵だ。
とても小さなカンバスに描かれているものは何の変哲もない町の風景。
商売に花を咲かせる者がいて、子を連れた母親が談笑し、若い恋人たちがお土産選びを楽しんでいる。
ごくごく普通の絵。
だけど、そこには温かさがあった。
アグリスの調べ車の塔で見た彼の絵は厳しさと痛みと苦しみを訴えるものであったが、この絵は真逆。
世界の美しさと心の広さを表している。
それはまるで、エクアの絵を見ているかのようだ。
ギウとカインは絵を見つめながら私に話しかけてくる。
「ギウギウ」
「ええ、ギウさんの言うとおり、とても素晴らしい絵ですね。到底、あのような狂気を行う人物が描いた絵には見えない」
「ああ、そうだな。調べ車の塔で見た彼の後期の絵とは真逆のもの。あっちの方は心を冷やすものだった。一体何があったんだ、彼に?」
この問いの答えの一端を、親父が口にする。
「理論派時代のサレートはかなり有望な錬金術士だったそうです。その傍らに、絵を描いていたみたいですね。この絵がその頃の絵です。ですが、あることがきっかけであの男の性格ががらりと変わったそうです」
「きっかけとは?」
「ドハ研究所の試験に落ちたことです」
「彼は、ドハに入ろうとしていたのか? そういえば、私に対してドハのことを話していたな」
――「もっとも、あなたのようにっ、ドハ研究所への出入りは許されていませんでしたけどね!」――
「どうりで私を毛嫌いするわけだ。試験も受けず、錬金の才能もなく、ただアーガメイトの養子というだけで出入りしていた私を……きっかけはそれだけなのか?」
「そうですね。しばらくして、サレートはアステ=ゼ=アーガメイトの生命科学論に傾倒するようになったそうです。その後は絵画の作風が様変わりして、実践派の錬金術を学び始めた……調べられたのはここまでです」
「そうか、才ある彼はドハの試験に落ちて……」
「異常であってもあれほどの才ある人物が、なぜドハの試験を落ちたんでしょう?」
「おそらくは父の判断。父から見れば価値のある才とみなされなかったようだ」
「お、恐ろしいエリート集団なんですね、ドハ研究所とは」
「だからこそ凡庸な私が出入りできていることに彼は嫉妬したのだろうな……ともかく彼はドハを落ちて、失意の中、父の研究を知る。そこから、どうしてあのような暴走につながるかはさっぱりだが、彼の中で何かが壊れたのだろう」
「狂人の思いは常人にはわかりませんよ、旦那」
「それで終わらせていい問題ではない。とはいえ、結局なぜ暴走し、エクアに何を求めていたかはわからずじまいか」
彼はエクアこそが新しい世界へ導く存在だと言っていた。
あの肉塊たちを世界に伝播する存在だと言っていた。
これらは全て、わからずじまいで終わるのだろうか。
すると、カインが声を漏らす。
サレートの心に沿って……。
「彼は、誰かに認めてもらいたかったのではないでしょうか?」
「カイン?」
「おそらく、最も認めてもらいたかったのはアステ=ゼ=アーガメイト。だからこそ彼の研究をなぞろうとした。だけど、アステさんはお亡くなりに……」
父の手による、ドハ研究所の意図的な事故。
カインは少し眉を折るがすぐに戻し、言葉を続ける。
「目標を失った彼はさらに心を痛めていく。徐々に歪み壊れていく。そこでエクア君の絵に出会った。出会ってしまった。彼はエクア君の絵を通して、輝かしかった昔の自分を見つける。だから、欲しいと思った。手に入れたいと思った」
「なるほど。父の研究を超えることを目指し、また、認めれたいがため努力を重ね、理論派だけではなく実践派の知識を取り込み異形を産み出した。彼はそれを成果だと思い込むが満たされない。そこで、過去の自分の才を見せるエクアに縋った……」
私の言葉に、親父が怒りの混じる言葉を返す。
「なら、エクアの嬢ちゃんは何の関係もないじゃないですか! あの化け物を世界に広げることなんてできねぇし、芸術とは無関係だし。あいつはただ、エクアの嬢ちゃんに昔の自分を重ねて追い求めて縋っただけで! なんだったんですか、これは!」
「さぁな。どこで彼が彼でなくなってしまったのかはわからない。たしかに言えることは、あんな出来事はもうごめんだということ……そして、エクアに二度とこのような思いを味わわせたくない。私が彼女の前でやってしまったことも含めてな」
私は自我を失い、力の赴くままに暴れ狂い、元盗賊たちの惨たらしい死をエクアに見せつけた。
力から自分を取り戻しても、心の抑えが利かずに感情の赴くままにサレートを殺害した。
全て、十二歳という少女のエクアに見せてはいけないもの……。