慢心
エクアの声が響くや否や、テロールの焼け焦げた肉体から激しい緑光が飛び出してきた。
動きを止めたはずのテロールの鼓動が聞こえる。ボロボロに炭化した肉が地面へ崩れ落ち腐臭を放つ肉が露わとなる。
テロールはゆっくりと女性の頭の部分を振るい、胴に張り付いた五つの頭も動作を合わせて横に振るった。
「あ、ううう。ええええええ、、、、、こここお」
彼女は七つの腕を持ち、五つの足が肉体を支え、女性の胴体に張り付く五つの頭を持った姿を取り戻した。
フィナは驚愕に声を漏らし、サレートは腐れた笑い声で応える。
「う、嘘でしょ……」
「くふふふふふふ! テロールたちは魔族を超える存在として生み出したんだよ。そう、スカルペルに存在する全種族の頂点に立つ存在。そんな素晴らしき芸術である生命体が、強再生の一つや二つ持っていないと思ったのかい? 甘いね、テイロー」
「こっのっ。なら、再生できないくらいにぐちゃぐちゃにしてやる!」
「ああ、君ならできるだろう。正直、驚いたよ。テイローがこれほどとは。だから、そろそろ切り札を切らせてもらう!」
サレートは魔法の絵筆の先端を光らせて、様々な獣たちがないまぜになった異形たちを描いた。
異形は次々に現実化し、フィナへ殺意を向ける。
これにフィナは冷や汗を一つ浮かばせるが、口端は余裕に満ちた笑みを見せていた。
だが、その笑みが、次のサレートの一言で消えるっ――。
「さぁ、森のみんな、共に踊ろう!」
「のののの、ささああぁかぁああ、とろおろおお」
「くるううるるう、ええええおえおお、みももも」
「ままままここえこけ。。。。どらおおそ」
彼の声に合わせて、森から二十を超える元盗賊たちが現れた。
エクアは小さく言葉を落とす。
「そんな、砦の外にもいたなんて」
「あははは、エクアさん、目で見たものだけで物事を判断するのは駄目だよ。常に想像と創造に頭を働かせないと。芸術家としてね」
「これは……クソッ!」
反吐を漏らしたのは私。
銃を握り締める腕は惑う。的は無数にあり、どの方向を見ても、敵に囲まれている。
サレートは私の反吐を嘲り笑う。
「クク、ギウにテイロー。頼れる素晴らしい仲間に囲まれて、油断してしまいましたね。二度目になるけど、ここは僕の庭。ケント様から見れば、敵陣の真っただ中。ぷふ、さぁ、どうしますっ?」
含み笑いを籠めた降伏の呼びかけ……ギウは閉じ込められ、親父は手傷を負い、唯一戦えるフィナだけでは手が足りない。
そして、私は戦力にならぬと来ている。
だがっ、降伏はありえない!
降伏すれば、エクアを狂人のもとへ送り出すことになる!
(おのれ、なんと愚かな! エクア救出に意識が飛び過ぎてまわりが見えず、サレートの指摘通り、仲間の逞しさに慢心していた。これは私の過ち! どう状況を打破する!)
交渉? 戦闘? 降伏? 逃走?
どの選択にも正解はない!
私は奥歯を噛み締める。
その姿を見たフィナは、サレートに聞こえぬよう小さくも激しい声を飛ばす。
「諦めんな、私が切り抜ける。あんたは隙をついてギウを助けて」
そう言って、地面の土模様に溶け込んでいたナイフ型の攻撃具を私に蹴り渡した。
「ごめん、ケント。ギウを助けるチャンスはあったのに、私の思い上がりのせいで、それを後回しにしちゃった」
「悪いのは私だ。サレートの力量を過小評価しすぎた。ともかく、反省会は後だ。何とか切り抜けようっ」
「おっけっ!」
フィナは錬金の攻撃具を地面より浮かべ上げて、サレートへ突っ込んでいく。
それを肉の化け物と化した盗賊たちと創造によって生み出された異形たちが阻む。
「親父、エクアとカインを頼んだ」
私は親父に二人を預け、がむしゃらに暴れるフィナが生み出す隙を見計らい、サレートの気取られぬよう、ギウが閉じ込められた結界へ足を向けていく。
サレートは化け物たちと激しい戦闘を繰り広げるフィナを満足そうに眺め、彼を守るように立っているテロールへとびっきりの笑顔を向けた。
「テロール、ご覧。フェスティバルだ! さぁ、歌を!!」
「ぎぎぐ、ががが、あ~♪ あああ~♪ ラララ、ラララアア~♪」
ひどく切ない、心を悲しみで包む歌が響き渡る。
歌を奏でるテロールは瞳から黄色く濁った涙を流す。
涙の意味は何だろうか?
もしや、まだ人としての意識が残っているのだろうか?
そうだとすれば、目を覆いたくなる非道……。
しかし今は感情を鎮め、目立たぬようにギウへ近づく。
幸いという言葉は間違っているが、サレートは私を脅威とは見ておらず、フィナを……嬲ることに注視している。
フィナは全身に傷を負い、赤色のチロルハットは脱げ落ちて露わとなった美しい蒼の髪は血と土に塗れている。
彼女は痛みに顔を歪めながらもひたすらに鞭を振るい、攻撃具を放ち続けている。
私は彼女の思いに応え、足音を消し、呼吸音も無くして、ギウの結界を壊すべく、近づく……。
(よし、この距離なら!)
ギウの結界に向けて攻撃具を投げつけた。
だがそれは突然大爆発を起こし、爆風が私を飲み込んだ!
「がぁぁ!」
「ギウ!」
「ケント!」
「ケント様!」
「ケントさん!」
「旦那!」
次々と仲間たちの声が耳へ飛び込んでくる。
「っ? 一体何が、ぐがぁあ!」
右手に痛みが走り、すぐに左手で支えようとした。
しかし、支えるべき右手は手首から失われていた。
「あああ、ぐぐぐうぐ!」
私は失った右手の代わりに、腕の部分をそっと支える。
痛みに塗れ、ぼとぼとと零れ落ちる涎も拭えぬ惨めな私の姿を目にしたサレートは馬鹿笑いを弾けた。
「きゃはははは、ケント様~、お忘れですかぁ? ここは僕の庭だって言ってるでしょう。あっちこっちに仕掛けがあって万全なんですよ。攻撃具を誘爆させるなってお手の物。こんな風にね」
彼はちらりとフィナの攻撃具へ視線を振った。
すると、攻撃具が光を纏う。
「やばっ!」
フィナは咄嗟に後ろへ飛び跳ね、攻撃具の誘爆から難を逃れた。
それでも衝撃は彼女を傷つけたようで、左足を引きずっている。
彼女はサレートを睨みつけながら、地の底から震え立つような怒りの声を漏らす。
「てめぇ、今まで私相手に遊んでたのねっ!!」
「ふふふふ、君が本当にテイローの名に値する者か実力を測っていたんだよ。人間族が僕の芸術とここまでやり合えるなんて、さすがはテイロー。僕の判定から見て、君は合格だ!」
「この、――っ!」
フィナは左足の痛みに片膝をつく。
私は彼女へ体を動かすがっ。
「フィナッ、ぐっ!」
「ケント様、動いては駄目です。カイン先生!」
「わかってます!」
カインが私の腕の止血を始め、エクアが治癒魔法を唱える。
親父は素早くフィナに近づき彼女の肩を支えるが、親父もまた支える足に震えを残す。
サレートは実に愉快そうに私たちを笑いものとし、こちらへにこやかな笑みを見せた。
「くふふふ、さぁ、もう、どうしようもないね。どうしますかぁ、ケント様?」
「クッ」
――打つ手なし
退くことも戦うこともかなわない。
失った右腕から走る痛みが思考を奪い、後悔と恐怖だけが全身を包む。
(なんでもいい、なんでもいいから考えろ!)
しかし、この状況を切り抜けられるアイデアなどそうそう生まれるものではない。
後悔に心が飲まれようとしたその瞬間、彼が雄叫びを上げた。
「ぎうぅぅぅうううぅうううぅううぅぅうううう!」