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魂の残滓

 父の書斎を模した部屋。

 そこにある執務机に、(あるじ)たる男が腰を掛けている。

 


 男性は貴族服にシルクハットと白衣を纏うという奇妙な出で姿。

 白衣にはアーガメイトを司る『スカシユリ』の意匠。


 緑風を纏う少し短めの髪に金と紫のオッドアイ。

 背は高く、痩せ型。

 感情を完全に制するかのように、沈静な面立ちを見せる男性。

 それはまさしく、父の姿。


 私はもう一度、男性の姿を言葉で表す。

「父さん?」

「二度も言うな。そうだと言っているだろう」

「なぜ……?」


 この疑問――これは私だけではない。この場にいる全員が抱いた疑問。

 フィナは正十二面体の深紅のナルフを浮かべ、父を調べる。



「……これは、光子? あんたは映像ね」

「いかにも。それが六十年後のナルフだな。良い出来だ」

「それは当然でしょ。未来の私が作ったんだから」

「今のお前はお粗末だけどな」

「な、なんですってぇ~!」


「フィナ、待て! えっと、父さん、ですよね?」

「三度目だぞ、ケント。無用な問いを繰り返すな」



 父は鋭く光る金と紫の目で私を貫いた。

 この瞳――鼓動を凍てつかせ止めてしまうような迫力。

 間違いなく父さんだ。


「す、すみません。しかし、どうして? フィナは光子と言いましたが」

「それは間違っていない。私の姿は光によって映し出された虚像だ。ただし、私本人であることも間違いではない」

「というと?」


「お前から話を聞いて、私がこの施設の結界に悪さをしたと知った。そこであの後すぐさまビュール大陸へ向かった」

「ええ、覚えています。私が少年だった頃、父さんがビュール大陸に出張したときのことですね」《第十三章 結界解除に記載》


「その通りだ。私はお前の話した歴史の流れに沿うように、結界に細工を施した。そこで立ち去っても良かったのだが、そこの未熟な錬金術士に転送装置を預けるにはかなりの不安があってな。このままでは大事な息子の命を奪われかねん。そこで私が手助けしようと考えたのだ」



 この父の言葉に、フィナは怒気を交えながら唾を飛ばした。

「誰が未熟ですって!? こう見えても私は実力でおばあちゃんから席を奪い取ったのよ! あんたが世界で唯一対等と言わしめた、あのおばあちゃんに私は勝ったのよ!!」

「まったく、勝ちを譲られたことも理解できぬとは……」

「はっ?」


「ファロムは常々自由を求めていた。理論派の(おさ)ほどではないが、実践派の長もまた、長として束縛される部分がある。そこであいつはお前に椅子を押しつけた。そんなところだろう」

「そんなわけっ」

「さらに、未熟ながらもそこそこの才はあると見たファロムは、お前を谷に突き落とすことにした」

「は、どういうことよ?」


「長という重責はお前のような小娘には務まらん。それをファロムは知っている。だから、お前に席を譲り、潰すつもりだ。そこでそのまま潰れてしまえばその程度の存在。だが、才が上回り、乗り越えることができれば、長として一皮むけたことになる。ファロムからしてみれば、どちらに転ぼうと構わないといったところだろう」


「ば、馬鹿馬鹿しい! 私はね、本気のおばあちゃん相手に勝ったんだから!!」


「あいつが本気なら今頃お前は地の中で眠っている。ファロムはあらゆる面で私に匹敵し、錬金術師として深謀であり、戦士としては魔族の十や二十如き一飲みにできる実力を持っているのだぞ」

「う、嘘よ」


「真実だ。現に、私が何故このような状態で存在できているのか、お前の()ではわからぬだろう?」

「そ、それは……」


 ここまで何とか食らいついていたフィナは、父の問いに答えられず言葉を降ろしてしまった。

 代わりに、私が言葉を繋げる。



「父さんがどのようにここに現れたのか、またいる理由を教えていただけますか?」

「良いだろう」




――アーガメイトの回想



 私はお前と別れたあと、すぐさまビュール大陸に渡り、結界に細工を施した。

 その後、施設の中に入り、システムを操作して私の人格をコピーした。

 それが今の私だ。

 

 私はプログラムのようなものだが、性格や知力は何ら変わらん。



「ここにある映像は私の残影だ。私自身は死んでいるからな。だが、残影であっても、このように適切な会話が行える。古代人の技術は一つの人格そのものを記録できるのだ」



 と、ここでフィナが再び食らいついた。


「ありえない! 技術であんたの人格をコピーできても、あんたがここへ訪れることなんかできないはず。ここは放射線に汚染されて、誰も入れなかった。実際にここ数十年、私たち以外に誰も訪れた形跡なんてなかったんだから!!」


「うむ、それには少しばかり骨を折った。なにせ、六十年後の技術に古代人のセンサー。まぁ、相手にとって不足なしといった程度だったが」

「え?」

「ケントから話を聞いた。ここには誰も足を踏み入れた形跡はなかったと。だが、私は踏み入った。その辻褄を合わせるために私はお前のナルフの目を晦ませたのだ」


「で、できるわけがない。このナルフはっ」

「遥か先の技術。だが、使い手が未熟であれば、せっかくの技術も宝の持ち腐れということだ」

「クッ! だったらどうやって私の目を晦ませたの? 放射線はどうやって防いだの? それに何より、施設の目をどうやって掻い潜ったの? ここに訪れたということは遺跡内の浄化機構が働いたはずよ!」



 フィナは身体を前のめりにして牙を立てるように父へ咆哮をぶつける。

 だが父は、激しい嵐の如き言葉を微風のように受け取り、さっと手を振って、机の上にコーヒーの入ったカップを産み出し、それを優雅に口へ運ぶ。


「ふむ、偽物でもなかなかだ。ふふ、私も偽物なのだがな」

「ちょっと、私の話を聞いてんの!?」

「ピヨピヨとやかましいヒヨコめ。質問ばかりで己の頭を使おうとしない。恥ずかしいと思わないのか?」


「こ、この~」

「まぁいい。今の質問の内、一つだけ答えてやろう。放射線についてだが、光の魔法で退けただけだ」

「光の魔法で……? あ、わかった! ケントから話を聞いて、私のアイデアをパクったのね!」

「ふ、ふ、ふふふふふ、あははははは」


 

 父は突然、笑いを吹き出した。

 それはあまりにも愚かな回答を馬鹿にするような笑い方。

 手に取っていたカップを机に戻し、フィナをじろりと睨む。

 それにフィナは一瞬、背をのけぞらせようとしたが踏みとどまり、じっと睨み返す。

 父は表情に僅かばかりの綻びを見せるが、すぐさまそれを消し去り、フィナへ言葉を返した。




評価を入れていただき、ありがとうございます。

お読みになって頂いている方々の心を一飲みにできる。そんな迫力と魅力を備えた文章を描けるように頑張ります。

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現在連載中の作品。 コミカルでありながらダークさを交える物語

牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

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