私の知らないフィナ
城の玄関前で、私はこれまでの経緯を簡単に説明した。
それを受けたフィナは、まず亡くなった仲間たちを埋葬したいと言って、話を一度打ち切った。
私は見張り役のキサとともに少し離れた場所で、いましがたの戦いで亡くなったトーワの兵士たちと、大人のエクアと私自身の葬儀を見守ることになった。
葬儀を行う間、皆は静かに涙し、淡々と葬儀が執り行われていく。
これは幾度も埋葬を行った証。
それを証明するように、墓地となる場所には数百を超える墓標が立っていた。
埋葬を終え、フィナは未来の私とエクアが眠る墓標に手を当てて、多くの兵士たちを鼓舞するように声を上げた。
「ケントを失ったのはとても残念だけど、でもっ、私たちは諦めないっ! 世界を守るために戦った彼らに報いるためにも、生き残った私たちが戦いを続けなければならない!!」
兵士たちは無言で言葉を受け取り、拳をぐっと握り締める。
そこには疲弊の色が濃くあった。
それでも歯を食い縛るように、戦いへの気炎を静かに上げている。
全てが終え、フィナは私を執務室へ通し、そこで詳しい事情を話すことになった。
ここでわかったのは、この世界は八年後のトーワということ。
執務室には私と、八年後のフィナと親父のみがいる……。
「といった事情で、私は世界を経由して、元の世界へ戻らなければならないんだ」
「なるほど、奇妙なことをやってるのね。私の知る歴史ではそんなことは起こらなかったけど……時間軸もそうだけど、世界線もずれてるんだ」
「そのようだな。ここでは何が起こっているんだ?」
「それは……」
フィナは急に口を噤み、体を震わせる。
「どうした?」
「ごめんなさい。教えることはできない」
「それは未来へ影響を与えるからか?」
「ううん、自信がないから……」
「え?」
「私たちは誤った選択ばかりを選んできた。結果がこれ。世界を破滅に追いやった。今ではどことも連絡が取れず、もう私たち以外、スカルペルに人類が存在しているかどうかもわからない」
「なっ!?」
「だから、怖いの……私があなたに何かを伝えることで、大きな過ちを犯してしまいそうで……」
フィナは全身を怯えに包み、瞳に涙を薄っすら浮かばせる。
それを親父が残った右腕でそっと支えた。
その姿は私の知るフィナではない。
私の知るフィナは傲慢で自信家で、彼女のように過ちを恐れる女性ではない。
だが、目の前のいる女性は自身の与える影響に恐れを抱き、幼子のように震えている。
それでも私は、このような事態を避けるために質問をやめない。
「敵は何万という魔族のようだったが、何をどうすればそうなる?」
「魔族は何万じゃない、無限よ」
「無限?」
「そう、無限。世界中に魔族が溢れだし、世界を蹂躙していった。それを引き起こしたのは私たち……」
「私たちは何を引き起こすんだ?」
フィナは答えない。
それは答えることで、もっと恐ろし気な未来を作り出してしまう可能性を恐れているからだ。
私は質問を変える。
「ゴリンやギウの姿が見えないが? マスティフ殿やマフィンはどうなった?」
「ゴリンはアルリナへ救援要請に行って、それっきり。マスティフとマフィンは自分の領地を守るために戻ったけど、音沙汰はない。彼らが生き残っている可能性は限りなくゼロに近い」
「そうか……では、ギウは?」
「ギウ……。ギウは……ギウは……ギウは……」
フィナは拳を強く握り締めて、ギシギシと涙の音を立てる。
そして、机を強く打ち、後悔の宿る声を弾けた。
「ギウは世界を守るために戦い、死んでしまった! 私たちのせいで、あの人は!」
「あの人?」
「ごめんなさい、ケント。私のせいで」
「そこで、どうして私への謝罪なんだ、フィナ?」
「あっ……なんでもない」
償いの言葉を漏らしていた彼女は拳を解き、誤魔化すように私へ軽く手を振る。
いま、私の前にいるフィナは、自信というものを完全になくし、全ての情報に対して臆病になっているようだ。
フィナは首を何度も横に振り、親指を噛む動作を見せた。
そこから、ふ~っと大きく息を吐き、落ち着いた様子で私へ声を掛ける。
「あなたが使用した転送装置だけど、このトーワの地下に存在する」
「そうなのか?」
「ええ、遺跡から持ち出して研究してたから。それを使えば、あなたを元の世界へ帰してあげられるはず。だけど、座標が」
「それなら持っている」
私は六十年後のフィナから貰った紙を八年後のフィナに手渡す。
彼女は用紙を見ながら唸るような声を上げた。
「凄い。転送装置の扱い方を完璧に把握している。なるほど、これなら何とかなりそう。六十年後の私……なんて自信に溢れて、そして、強い意志を宿した女性なの」
文字からフィナは、もう一人のフィナの想いを知ったようだ。
そして、小さく呟く。
「もう、これは、私にはないものね……」
「フィナ?」
「親父、転送装置の準備をする前に、城内にいる兵士に過去のケントをあまり見られないようにしたいの」
「わかった。地下室までの通路の人払いをしておくぜ。ケント様を失った今、こっちのケント様にウロチョロされちゃああんまりな」
「うん、よろしく。それじゃあ、ケント。準備ができ次第、あなたを送る」
「ああ、ありがとう。だが、まだ質問が残っている。ここでは何がどうなって、このようなことになったのかを聞いていないっ」
「それは話せない!」
「話してくれ! たとえ話して、こちらでより最悪な事態が起ころうと、それは我々の責任で君にはない! だからっ」
「ごめんなさい。ケント。私は過ちを犯すのが怖いの……」
消え入るようなか細い声。
その声に私は声を止めてしまった
目の前にいるのはフィナではない。
行動を起こすことを恐れた、か弱き女性。
自信を失った、私の知らないフィナ……。
評価をつけていただき、ありがとうございます。
いただいた評価を自信に変えて、より一層楽しんでもらえる物語を描き、そのお話を皆様にご覧いただきたいです。