余程のことがない限り
――古代人の転送装置
かつて、ヴァンナスはクライエン大陸で発掘された転送装置と王家の召喚術を融合し、古代人を召喚しようとした。
だが、それは失敗に終わり、召喚されたのは地球からやってきた五人の少年少女。
彼らはスカルペルで魔法と剣の才に目覚め、やがては勇者と呼ばれるようになった。
「その、転送装置が目の前に……フィナ、まさかと思うが勇者を呼び出せたりするのか?」
「いや、それはさすがに。あれはヴァンナス王家の召喚の力がないと。それに、呼び出せても可哀想でしょ。故郷から引き離すことになるし」
「あ、ああ、そうだな。いかんな。浄化機構に引き続き、歴史的な転送装置ときて、少し感情が高ぶりまともに思考できていないようだ」
「わかるよ~、私も見つけた時は飛び上がるくらい心の中はワクワク感満載だったからっ」
「なるほど、君の意識が浄化機構よりもこちらへ向くわけだ。なにせこれは、勇者を呼び出した転送装置だからな!」
「でしょでしょっ。とまぁ、私も伝説に触れてる感じで浮かれてたんだけど……」
急にフィナの声が肩とともに落ちていく。
様子からして、何か問題があるようだ。
「壊れているのか?」
「んにゃ、無傷そのもの。ただ、ヴァンナスが発見したやつとは仕様が違うの」
「というと?」
「クライエン大陸にあった転送装置は魔導と科学の融合だけど、こっちのは完全に科学で造られた転送装置。ナルフで解析してもわからないことが多いの」
「そうなのか……」
「でも……ぬふふふふ」
またもや、ねばつく癖のある笑いを見せるフィナ。
この様子、すでに起動の糸口を見つけていると見える。
「フィナ、動かせるんだな?」
「今のところは、たぶん、とだけ。最初はナルフで調べても意味不明で諦めかけてたんだけど。運よくインターフェースから転送の項目欄を見つけて、なんとなく扱い方だけはわかった。ただし、完全に科学の代物で、私たちの知識・技術を遥かに上回っているから原理は全くの不明」
「原理は不明か……それによる転送となると少々、いや、かなり怖いな」
「そうなんだけど、とりあえずこれを見て」
フィナは指を跳ねる。
すると、モニターが浮かび上がり、そこには転送装置と繋がるシステムらしきものが映っていた。
文字は全て、古代人の丸文字。
「フィナ、日本語に訳したのではないのか?」
「このシステムを説明しようとすると日本語じゃ追いつかないみたい。おかげで直感で扱っているところ」
「それほどの代物というわけか。それで、転送実験はもう行ったのか?」
「いいえ、全然。したかったけど、エクアと親父に反対された。それで、あんたを呼んだのよ」
「私を?」
私はエクアと親父に視線を投げた。
二人は無言でこくりとうなずく。
(そうか、危険と判断し、私と連絡を取って許可を得るようにとフィナに勧めたのか)
監視役の二人は役目を全うしてくれたようだ。
それを知らぬフィナは不満たらたらに言葉を吐いている。
「まったく、心配性すぎてさ。二人そろってケント様の許可を~って。んで、そのケント様は許可をくれんの?」
「安全が確保されているならな」
「それは大丈夫。さっきも言ったけど、古代人のシステムはよほど妙なことをしない限り、危険なことは起きない仕組みになっているからね」
「ならいいが。まぁ、私も大変興味がある。地球人の呼び出しはともかく、これが上手く扱えれば、もう馬を使い往復四日も掛けてトーワと遺跡を行ったり来たりする必要がなくなるからな。フィナ、実験を始めてくれ」
「ほいきた! それじゃ、まずは、私の持ってるペンを適当な部屋に転送してみよう!」
フィナは懐からペンを取り出して、漆黒の大理石のような円盤の台の上にペンを置いた。
私たちはそれを見守り、フィナは転送装置のシステムを映し出しているモニターを指先で忙しなく弄り倒している。
「と、これを、こうして、ここをこうしちゃえばっと。どうかな?」
彼女が映像に向かい指をピンと跳ねると、円盤の周囲に青白い光のカーテンが下りた。
光のカーテンは外部の刺激から転送対象を守るためのものだろう。
さらに操作を続く。
「んで、転送座標はっと、これね。設定をして、なんだかよくわかんないエネルギーを充填と」
「待てっ。なんだかよくわからないエネルギーとはなんだ? この実験、大丈夫なんだろうな? 急に不安になってきたぞ!」
「話しかけないでよ、集中してんだから! さっきも言ったけど、余程のことがない限りあんぜ……あれ?」
「あれ、だと?」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫っ。え、なんで、エネルギーが増幅してるの? ちょっと待って!?」
フィナの指がさらに忙しなく動き始める。
それに合わせるかのように、彼女の言葉には焦りの色が見え始めた。
「エネルギーの上昇が止まらない! このままじゃっ! ちょっとやめてよ! こんなエネルギーを放出したらこの辺り一帯がっ!」
「フィナッ!?」
強く言葉をぶつける。
すると彼女は、モニターを見つめ、言葉を激しく飛ばした。
「嘘!? この転送、ただの転送装置じゃない!! みんな、離れて!!」
言葉が飛ぶや否や、転送装置はバチバチと音を立てる稲妻に包まれる。
私たちは急いで書斎から逃げ出そうとした。
だがその時、稲妻の一閃が私を貫いた。
「がぁ!」
「ケント!」
「ケント様!」
「旦那!」
私の瞳には大口を開けて私の名を呼ぶ三人の顔が映ったが、次の瞬間には瞳から三人の顔は消えていた。
――書斎
稲妻がケントを貫くと、すぐに転送装置は沈黙した。
三人は貫かれたケントの名を呼んだが、言葉は素通りしていく。
それは呼んだ相手が、この場から掻き消えてしまったからだ!
「フィナさん! ケント様が!?」
「フィナの嬢ちゃん、一体どうなってんだ!?」
二人の言葉を受けるよりも早く、フィナは転送装置のモニターを注視していた。
彼女は眼球を上下左右に振り、モニターに映るデータを解析していく。
その一部に日本の文字を見つけた。
「成功? 転送は成功したのね」
「フィナさん、ケント様は無事なんですか!?」
「旦那は消えちまったけど、どっかに行っただけで生きてるんだなっ?」
「うん。でも、場所が特定できない……」
「特定できないって、フィナさんっ!」
「嬢ちゃん!」
「待って、二人とも!! えっと、転送先は……………………え?」
「フィナさん?」
「フィナの嬢ちゃん?」
フィナはモニターから目を離し、彼女らしくもない真っ青な顔を二人に見せて、こう呟いた。
「ケントの、ケントの転送先は…………」
評価を入れていただき、ありがとうございます。
思い描いた世界を余すことなく伝え、皆さまの心の中にケントたちの世界が形作られる。そんなしっかりとした文章を描けるように頑張ります。