彼女の成長は仇となる
――海岸
私たちはぞろぞろと石階段を降りて、雁首を揃え砂浜に立ち並び、ギウに頭を下げた。
ギウは銛を砂浜に刺して両手を組み、大きくため息を吐くが怒ってはいないようだ。
「ギウ~、ギウギウ、ギウ」
「許してくれるのか? 本当に悪かった、ギウ」
「ギウ~ギウ」
ギウは再度、別に構わないと声を上げた。
すると、私の脇からするりとフィナが飛び出して、許してもらった矢先からカエルが何者かと尋ね始めた。
「ねぇ、ギウ。あのカエルって、誰? あんたの、何?」
「フィナッ」
「いいじゃん。みんな気になってるんだし。でも、まぁ……」
フィナはギウをちらりと見て一言。
「話しにくいことなら無理強いはしないけどさ」
「ほぅ~」
「なによ、その『ほぅ~』は?」
「いや、以前の君なら不作法に突っ込んだ話をするだけだったが、相手に配慮を見せるとは……成長しているんだな、君も」
「ケント、あんたの銃貸して。弾を五発だけ入れて、ぶっ放すから。運が良ければ助かるかもよ」
「ほぼ死じゃないかっ。そこまで怒るとは、悪かった」
「まったく、私だって仲間に気を遣うくらいするっての。それで、ギウ。あいつ、なんなの?」
「ぎう~……」
ギウは人差し指を真っ黒なお目目の少し横――こめかみのような場所に当てて唸り声を上げる。
そしてフィナに、こうカエルのことを話した。
「ぎう、ぎうぎう、ぎう」
「古い友人? それだけ」
「ギウ」
「どんな友人なの?」
「ぎう~、ギウ……ギウ」
「昔の仕事仲間? 何それ? 仕事って?」
「ギウギウ」
「色々? もしかして、話したくない?」
「ギウ」
「ふ~ん、まあ、いっか」
知りたがりのフィナがあっさり退いた。
私はまたもや驚きに息を漏らす。
「ほぅ~、本当に仲間を気遣うようになっているんだな」
「あんたさ、私をなんだと思ってんの? 銃貸して。六発入れて、ぶっ放す!」
「100%死じゃないか。悪かった」
「悪いと思うなら二度も言うなっ」
「すまない。なんというか、不遜だと思っていた君も成長しているんだなと思うと、感慨深くて、つい」
「あんたは私のパパかっ!」
フィナが唾を飛ばすように声を出した。
すると、この言葉にエクアがちょっと驚いたような顔を見せた。
「フィナさんって、お父さんのことパパって呼ぶんですね。なんか意外です」
「え、なんて呼ぶイメージだったの?」
「親父……」
「そんな呼び方しないよっ。だいたい、親父ならもうそこにいるじゃん!」
「俺の親父呼びとパパの親父だと全然意味が違うだろ」
と、私たちが談笑を広げる隣では、話に加わらなかったマスティフがすでに小さくなったカエルの乗る小舟を見つめてギウに話しかけている。
「ギウ殿。友人は東大陸へ帰るのか?」
「ギウ」
「しかし、あのような小舟では大海原は渡れまい?」
「ギウギウギウ、ギウ」
「問題ない、と。それに、途中でサメの餌になったとしても誰も困らない……」
「ギウッ」
ギウには珍しく、唾棄するような言葉遣いを見せる。
それは心底、カエルを嫌がっているような態度……。
私はこそりとマスティフに声を掛ける。
「彼とカエルは本当に友人なのだろうか?」
「さて? 友人でありながらも、鬱陶しい人物、といったところではないか?」
東から訪れた、よくわからない人物に私たちは眉を顰める。
とはいえ、無理に人間関係を深く探っては失礼だろう。
私たちは覗き見をしていたことをもう一度謝って、そろって城に戻ることにした。
だが、フィナは海岸沿いの海流の流れを調べておきたいと。
彼女は防壁の下に流れる奇妙な力の流れを調べるつもりようだ。
フィナを残し、ギウを含め私たちは城に戻る。
――海岸・フィナ
ケントたちは石段を昇っていく。
彼らの姿が崖上に消え、見えなくなったところでフィナは指をパチリと跳ねて、未来から贈られた人頭ほどの大きさの正十二面体の深紅のナルフを浮かばせる。
「さてと、ここまで来たからついでに先延ばしにしてた防壁の下を流れるエネルギーの中心点を見つけておきたいんだよねぇ」
ナルフの鏡面にはトーワを真上から見た図が浮かぶ。
トーワ城を中心に三重の壁が広がり、その下に走るエネルギーは海にまで及んでいる。
フィナはトーワ城より少し海側を見つめる。
「やっぱり中心点がずれてる。トーワよりちょっと背後。え~っと……」
ナルフを頼りに海岸を歩き、少し南に行ったところで足を止めた。
「洞窟……ケントから聞いた話だと、昔はここにギウが住んでいたんだっけ?」
彼女は崖下にぽっかり空いた洞窟を見つめる。
端の方に人一人分くらいなら通れそうな道が見えるが、荒々しい波が打ち寄せ、気を許せばあっという間に波に呑まれそうな道である。
「この洞窟の最奥が中心点っぽいんだけど、どうしよっかな? でも、ギウの家に勝手に入るのはなぁ。かといって、ギウって自分を語らないし」
遺跡を恐れるギウ。
――彼は何かを知っている。
魔族を瞬時にして塵に帰す謎の銛。
――それを調べようとすると抵抗する。
奇妙なカエルの友人。
――彼は友人の存在を詳しく語らない。
「絶対、私たちの知らないことを知ってるんだと思うんだけど、おそらく見せてくれないだろうし。ケントもなぜかギウには甘いし……ふむ」
選択肢は二つ――入る・入らない。
当然、謎を知ろうとすれば入るの選択肢しかない。
以前のフィナであれば、迷わずそれを選択していた。
だけど、今の彼女は……。
「はぁ、友達の秘密を探るのってのは趣味悪いよね。今は遺跡の解析でかかりっきりだし、ギウが話してくれるまでのんびり待ちますか」
彼女はナルフを消して、石段へ戻っていった。
これは、誰かを思うというフィナの心の成長の表われであった。
だがっ、この選択により、フィナは……いや、世界は最良の選択を失ったことになる。
――かつてフィコンはケントへこう言葉を渡した。
『ただし、犠牲は……そうか、成長により、最も素晴らしい選択肢は消えるのか。成長が仇になるとは難儀だな』
『私の成長が何か問題でも?』
『いや、貴様のことではない。貴様が影響を与え成長した者のことだ』
その者こそ、フィナ。フィナ=ス=テイロー。
褒め称えるべき友人を思う心が仇となり、ケントたちは多くの犠牲を払うことが運命づけられた。
しかし、これを非難することはできない。
誰もが常に最良の選択を選べるわけではない。
そして、最良を選べなかったとしても、何も悲観することはない。
最良が必ずしも、最高とは限らないのだから。
評価を入れてくださり、ありがとうございます。
ひたすらに文字を綴ることで自分を磨き、その成長を物語として産み出し、皆さまの余暇の彩りの一部となれることを願っております。