役者は揃う
『美しい』――レイのこの一言に失礼ながらも、一同、でっかいビックリマークを自分の頭の上に跳ね飛ばした。
レイは私たちの態度に気づくことなく、ギウをオニキスの瞳に焼きつけていく。
「柔軟で力強く無駄のない筋肉。強さを内に秘める滑らかな皮膚。瞳に宿るたしかな自信。底知れぬ力。アイリから話は聞いていたけど、これほどの実力者がいるなんて……私はレイ=タイラー。改めて、あなたの名を伺いたい」
「ギウ」
「ギウさん。一つ手合わせを願いたいところですが、残念ながら役目があります。それに、一度手合わせをすれば、お互い無事では済みませんから」
「ギウッ」
ギウは握手を求め、レイに手を伸ばす。
レイはその手に応え、二人は力強い握手を交わした。
そして、互いに無言で見つめ合う……なにやら、強者を認め合う雰囲気が漂っているが、このまま放置するわけにもいくまい。
「二人とも、私たちを置いてけぼりにしないでくれ」
「あ、ああ、ごめん、兄さん」
「ぎうぎう」
「よくわからないが、二人とも実力が伯仲しているということか? アイリがギウのことをレイ並の強さを誇っていると言っていたが、誇張でもなんでもなく、そうであったか」
「ギウさんの実力は勇者としても遜色ない。私たちの中であっても一・二を争うものだよ」
レイは強さに関してお世辞を言う男ではない。
その彼がそう評するということは、ギウは魔族から町や村を守れるほどの実力者なのだろう。
だが、そのギウは小さく体を振った。
「ギウ……」
「そんな、ふふ」
この言葉にノイファン以外の私たちは驚きと同時にクスリと笑い声を漏らした。
ギウの言葉がわからぬノイファンが私に尋ねてくる。
「ケント様。いま、ギウ殿はなんと?」
「彼はこう言った。それは過大なる評価というもの。レイ殿の実力は私の遥か先の頂に立っております。ですが、十に一つは一本取る自信はあります、と……」
「え~っと、ギウ殿の短い言葉と長文が噛み合っていない気もしますが……」
「あくまでも翻訳ではなく、感覚ですから」
「そ、そうですか。ともかく、互いに冗談を交わせるくらいに実力を認め合った仲というわけですな。ですが、よくレイ様もギウ殿の意思がわかりましたな」
「なんとなくですよ。互いに一人の戦士として、繋がりを感じました」
「ギウッ!」
「そ、そうですか。至らぬ私にはさっぱりです」
一人だけギウを理解できていないノイファンは居心地悪そうに体をそわつかせる。
だけど、普通は理解できないもの。
この場に理解できる者が揃っていることが稀有なのだ。
フィナは初めてギウと出会った時のことを思い出したようで、ノイファンに軽く声を掛ける。
「私も最初はさっぱりだったから。いえ、みんなもそのはず。だから気にしないで」
「え、ええ、そうしましょう」
「んで、自己紹介は終わったっと……だ、け、ど」
フィナはノイファンから視線を外し、くるりと体を回転させて私とレイを見つめてきた。
「話の最初に兄さん呼びは止めろ、と言ってたよね。アイリの時もそうだったけど、血の繋がりはなくて、えっとレイの年齢は?」
「二十四だよ」
「つまり、二十五歳のアイリと同じように二十二歳のケントよりも年上。それなのに、ケントを兄さん呼び。一体、どういうことかなぁ~?」
またもやフィナの好奇心が働いたようだ。
私がそれをどう打ち払おうかと考えていると、レイがあっさり秘密を暴露しようとする。
「年齢的には兄さんが年下だけど、外を自由に動いていた期間が長いからね」
「外を自由?」
「レイっ! こっちへこい!」
私はレイをみんなから引き離す。
フィナは不満をありありと表したが、私の怒りの形相を見て、嫌そうに手を振って諦めた。
部屋の隅に寄り、レイとだけ会話を重ねる。
「兄さん? まさか、まだ話してないの?」
「当然だろうっ」
「どうして、仲間なのに?」
「気軽に話せる問題ではないからだ。それにここには……」
私はノイファンに視線を合わせることなく意識だけを向ける。
それに気づいたレイは誰にも聞こえないように、私のそばで小声を漏らした。
「全員が信用を置ける存在じゃないんだ」
「そうだ」
「でも、信用を置ける人たちもいる。どうして話さないの?」
「そのようなことすれば、君たちの正体を知られることになるんだぞ。君をよく知る人は受け入れられるだろうが、そうでない人たちが受け入れられるとは限らない。そうなれば、君たちは勇者としての立場が危うくなる」
小声でありながらも強い感情を込めてレイを諭した。
だが、レイは首を横に振る。
「構わないじゃないか。そうなったらその時だ」
「何を馬鹿げたことをっ。レイたちはようやく自分の居場所を見つけたんだ。その場所を簡単に手放してはいけない」
「それは、偽りの場所だよ。虚構に虚構を重ねて作られた場所。偽りの勇者象。それを受け入れてもらえないなら、それでも良し。でも、頼ってくれるなら、全力でみんなのために勇者を演じるさ」
「何故、そんな投げやりな物言いを」
「だって、どのみち……こほっ」
「どうした?」
「なんでもない。しゃべりすぎて喉が絡んだみたいだ」
「嘘をつけ。体が不調なのだろう。私は自分が作り上げた研究が不完全だったことを知った。だから、君たちに宿るナノマシンが着実に死を迎えようとしているのを知っている」
「そうなんだ。さすが兄さん、すごいや」
「ああ、私は凄い。だから、簡単に諦めようとするな。私が完全なナノマシンを作り上げて見せるからっ」
「諦めてるわけじゃないんだけどなぁ。でも、ありがとう。だけどさ」
「なんだ?」
「そのためにはテイローの長の力を借りた方がいいんじゃないかな? どうして全てを打ち明けて手を借りようとしないの?」
「そ、それは……まだ、フィナに全てを話せる状況じゃないからだっ」
思わず語尾を強くしてしまう。
それは気づいているからだ。私の心の奥には、っ?
「ふひひ、わたくしが遅れてしまったために、調停官殿と仲良くご歓談を行える間柄になったようですね」
突如、耳障りな笑い声と共に、四角顔の血色の悪いエメルが現れた。
私とレイは彼へ言葉を返す。
「ただの雑談だ。何ら含みなどない」
「その通りです。アグリスの代表は私をお疑いになりますか?」
レイは瞳に殺気を宿して、エメルの心を突き刺した。
有無を言わせぬ圧に、エメルは乾いた笑いを上げる。
「ふ、ひ、ひひ。ま、まさか、調停官殿は公平なお立場であられます。それもあなた様はヴァンナスが勇者レイ。このエメル如きが疑念を差し込む余地はありませんよ。ふひひ、ひひひひ」
「ならば、結構。ケント様、これより先は調停官とトーワの代表の立場。雑談は霧中へ」
「ええ、わかりました。では、話し合いと参りましょう」
私はレイを置いて、エメルへ向かう。
これから、トーワとアグリスの命運を決するためにっ……。
――レイ=タイラー
遠ざかるケントの背中……レイは彼の背中を瞳で追いながら心の中でこう呟く。
(兄さんは心の奥に臆病な自分を宿しているんだね。自分を知られることが怖いんだ。だから、全てを打ち明けられずにいる。でも、大丈夫だよ。少し会話をしただけでもわかる。彼らは兄さんを受け入れてくれる、っ!?)
レイは喉奥から込みあがってくる咳に耐えるため、喉をぐっと押さえる。
(グッ! はぁ……兄さんの様子からして、私たちにあまり時間が残されていないことを知らないみたいだ。そう、もう手遅れ。私もアイリたちも助からない)
揺らぐ瞳にケントの姿を丸々と映す。
(兄さん。魔族の変化に対応するために想定以上に体へ負荷をかけている。そのせいで滅びのナノマシンが私たちを蝕み始めたんだ。でも、余計な心配をさせたくないから、このことは黙っておこうってみんなで決めた。ごめんね、兄さん)