届かない……
「俺はどんな罰でも受け入れる。だけど今は、話を聞いてほしい。頼む!」
あれほど弱々しい声を出していた親父から迷いが消え、言葉に意志が宿る。
思わず一歩、足を後ろに下げる中年の男。
だが、彼の怒りはその程度で歩みを止めない。
だから、ありったけの罵倒を親父にぶつけようとした。
そこに、代表の男の声が割って入る。
「待て。彼の話を聞こう」
「なっ!? 本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ。あれだけのことをやって、彼は戻ってきた。それだけのことがあるということだ。それに、そちらのお嬢さんには私たちの子どもたちが世話になったようだしな。話くらいは聞いてやらないと」
「チッ、勝手にしろ! だがな、俺はこいつが何を言おうと認めない。たとえ、代表であるあんたが認めてもなっ!」
中年の男は腐り捲れた木の床を蹴り飛ばし壁にぶつけて後ろへと下がった。
怒りはなくなっていないが、この場で親父が発言する権利を得た。
代表は親父へ問いかける。
「それで、テプレノ。何しに戻ってきた? 何を話すつもりか知らないが、言葉選びは気をつけろ。あいつと同様、お前を八つ裂きにしたいという思いは皆同じだ」
「ああ、わかっている」
「それとだ、どんな話だろうと最後にはお前を警備隊に引き渡すつもりだ」
「好きにしてくれ」
「よし、いいだろう。では、話とはなんだ? 私たちを助けるなんて馬鹿げたことを言っていたが?」
親父は大きく息を吸い込む。そして、一旦呼吸を止めて、肺の中の全てを吐き出すように声を漏らした。
「今から、アグリスにいるこの五百のカリス全員をトーワへ連れていく」
「はっ?」
「お前たち全員を難民として受け入れる準備がある」
「……何を馬鹿げたことを? 本当に馬鹿げたことだ。私たちを難民として受け入れる? しかも今からだと!?」
「ああ、馬鹿げた話だ。だが、それを可能にできる方がいる。ケント=ハドリー。トーワの領主だ」
「い、い、いきなり、そんな話を切り出されても、鵜呑みにできると思っているのか?」
「できるとは思っていない。だが、呑んでもらわなければ、救えない。これはカリスが家畜ではなく人として生きられる、最初にして最後の機会なんだ。だから、信じてくれ!」
親父は力強く言葉を飛ばす。
しかし、当然のように受け入れられない。
カリスたちは互いに言葉を掛け合い騒めき始める。
その内容のほとんどが、親父に対する罵倒と不信……。
「カリスを裏切った男を信用しろって、できるかよ!」
「それも、今すぐトーワに連れていくって、狂ってるのか?」
「そんなことよりも、こんな奴と関わって、こんな大それた話を聞いているなんて知られたらどうなることかっ」
「そうだそうだ! フィコン様の名を騙ってサノア様に仇をなそうとしている。早くこいつらを警備隊に引き渡すべきだ!」
わかりきった反応。この反応以外、ありえなかった。
親父の心と体は罵詈讒謗に埋め尽くされた。それでも、言葉を産もうとした。
しかしそれは、溺れているかのような口の動き。
息を吸っているのか吐いているのかさえ、彼自身にもわからない。
瞳に涙は浮かんでいない。だが、救える可能性を示すことができずに、彼の心は涙に沈もうとしていた。
「親父さん、しっかりしてください」
そっと、暖かな手が背中に当たった。
その手はとても小さく頼りないはずなのに、親父にとっては誰よりも強く、痛みを消し去ることのできる手。
「エクアの嬢ちゃん……でも、届かねぇ」
「届かなくてもいいじゃないですか」
「え?」
「ここまで来たんです。伝えたいことは伝えましょう」
「それでもよぅ、俺の言葉なんかじゃ信用してくれねぇ。俺は裏切り者。大勢のカリスを犠牲にして、両親を殺して自由を得た、クズだ……」
親父はついに涙を流してしまった。流すのは卑怯だと耐えていた。
だが、エクアの暖かさに触れて、感情を抑制できなくなってしまった。
彼の涙を見たエクアは、指先でそっと彼の涙をぬぐう。
「もう、らしくないですよ……でも、お辛い気持ちはわかります」
「嬢ちゃん……」
「ふふ、だから、私もお手伝いしますよ。たぶん、親父さんだと伝えにくいことでしょうから」
「え、何を?」
親父は震える手をエクアへ伸ばし、彼女の腕を掴もうとした。
しかしエクアは、その手に軽く触れて温かな笑みを見せると、親父の前に立ち、顔を正面に向けてカリス全員に語りかけ始める。
だが、返ってくる言葉は――嘆きという名の暴力……。