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償うべき罪

 私が親父に与えた命令。

 それはカリスたちをトーワへ連れていくための説得。


 この命令に、親父はもちろん皆に動揺が走る。

 親父は声を荒げ、私へ疑問符に塗れた言葉をぶつけてくる。


「旦那っ、何を!? 五百のカリスをトーワへ連れていく? そのための説得?」

「そうだ。君は彼らに事情を話し、信頼を勝ち取れ。タイムリミットは今夜まで」

「待ってくだせい。色々おかしいでしょ! そんな短時間でっ。第一、そんなことをすればトーワとアグリスは!!」


「ああ、最悪戦争になるな。だから投じられる戦力を尋ねたんだ」

「尋ねたんだって……」

「そしてそうなれば、トーワは一飲みで占拠されてしまう。だが、その前にアグリスはムキとは違い、まずは話し合いを試みるためにヴァンナスへ上奏を行うはずだ」

「その話し合いの場が勝負所で?」

「ふふふ、ある意味な」



 私は軽く笑みを漏らす。

 この笑みにフィナとカインとグーフィスは、怒りと恐れと呆れを合わせた言葉を飛ばすが、ギウとエクアと親父だけは冷静な態度を取っていた。


「ギウ」

「ケント様のその余裕。やはり、アルリナの夜のケント様」

「旦那には何かお考えが?」

「もちろんある。だが、それは君が心配することではない。領主の私が心配することだ。君が心配することは、私の命令を遂行できるかどうか」

「しかし、俺が行っても……こいつは不可能な話。そうか、旦那は俺のことを……」

「ああ、その通りだ。だが私は、覚悟が奇跡を切り開くことを信じて動く」

「俺に奇跡なんか……」



 親父は両拳を握り締めて、全身を震えさせる。

 それは後悔か恐怖か。

 だが、彼の胸に渦巻くものがなんであろうと関係ない。説得できなければ、入り口にすら立てないのだから。

 私は無言で体を震わす彼に話しかける。



「親父。君はカリスを裏切り、両親を犠牲にした。当然、当時のカリスたちも罰を受けたはず」

「……はい」

「恨まれているだろうな」

「…………はい」

「それでも(おこな)ってもらう。これは君が背負った罪であり、償うべき罪だ。必ず、説得しろ。できなければ、彼らを救う手立ては今後一切訪れないと知れ!」

「今後、一切……」



 親父は震わせていた拳を開き、歯車の焼き印がある右胸に手を当て爪を立てる。

 そして、胸を引き裂かんと爪を立てたまま横へずらしていく。


「俺が説得できれば、カリスは?」

「ああ、全員の現状は大きく変わるだろう。もちろん、良い方向に」

「わかりました。ですが、旦那にはいくつの絵図が? どれが本命で?」

「それを君に話してやる気はない。盲目に私を信用できないなら、今すぐ失せろ。エクアを救うことに集中したいからな!」


 私の強い言葉に、親父はびくりと体を跳ね上げた。

 フィナたちも同じく、らしくない私の姿に驚いた態度をとっている。

 皆の態度に、私は嘆息を挟み、まだ覗かせるつもりのない感情の一端を漏らす。



「親父、こう見えても私はかなり怒っている。さっさと返答しろ!」

「は、はい、必ず説得して見せます、ぜ」

「フン、いつもの口調で返したか。上等だ。それで行ってこい」


 親父はぺこりと頭を下げて、会議室から出ていこうとした。

 そこに一人の声が上がる。



「私もついていきます!」



 声を上げたのはエクア。

 彼女はさらに言葉を続ける。

「私にも原因があります。だから、親父さんと一緒に説得に行かせてください!」

「駄目だ。君にそのような危険な役回りを与えられない」

「でもっ」



 エクアは僅かに瞳を潤ませている。

 親父に嵌められた結果としても、浅慮な自分の行動を許せないようだ。

 彼女は贖罪を欲している――同時に奇跡を起こせる可能性を最も秘めているのは……。



「……わかった。許可しよう」

「はい!」

「そうなると、親父の説得の時間が少し減ることになるな」

「え?」

「そろそろ警備隊が戻ってくる。二十二議会の議員を連れてな。そこでエクアには一芝居を打ってほしい。ギウとフィナもな」

「わ、わかりました」

「ギウギウ」

「うん、わかった。頑張ってみる」


「その後、エクアと親父はカリスたちの説得へ。そしてフィナは……」

「なに?」

「君は一芝居後に、急ぎ馬車を用意してくれ」

「馬車?」

「そうだ、馬車。数は……親父、カリスの年齢層は? 具体的な内訳を知りたい」

「若者が多いです。年寄りは処分されやすいので。子どもが100。若者が230。中年が140。年寄り30」


「そうか。自分で歩けそうな者を引いても、最低でも150人の足を確保しないとな。馬車に乗れるのは通常は8くらいだが、詰めれば15はいけるか。フィナ、馬車を最低でも十台用意しろ。水や食料もな」

「じゅ、十台? そんなにどこから?」

「これだけ広い街だ。馬車を貸してくれる店があるだろう。その店から借りてきてほしい。代金は」



 私は胸につけていたカスタネダ計画の徽章(きしょう)――ダイヤモンド仕上げの徽章を取り外し、宝石の部分を引き千切った。

「こいつを金にしろ」

「いいの? その徽章って」


「構わん。思い出深いものだが、新人議員だった頃の恥の象徴でもあるしな。今回はこいつに汚名返上の一役を買ってもらおう」

「……わかったっ。馬車は騒動が届いてない距離にある店で、店舗を複数に分けて、時間をずらしてだね」


「もちろんだ。まず聞かれないだろうが、台数の多さに疑問を抱かれたら、貧乏領主のケントが屋敷の金品を根こそぎ持っていこうとしてるとでも言っておけ」

「うわ~、情けない理由~」


「仕方ないだろう。馬車は一度、どこか適当な場所に止めて、本当の集結場所は」

「私たちが入ってきた門の近く。そのあとは、私とギウが門番を沈黙させて、私が門を開ける。ってところ?」

「ふふ、なかなか読みだ。門は開けられるか?」


「入るときに魔導機構を使った油圧ってわかってるからね。バッチリよ」

「そういえば、調べていたな。警戒が功を奏したか」

「門を出たあとは?」


「街道を4kmほど進んだ東側にはマッキンドーの森がある。事後承諾になろうが、難民保護という名目でマフィンにそれについても手紙を(したた)めておく。キャビットの領地まで逃げ切れば、アグリスも追っては来れない。とりあえず、これでよいか。あとは……」



 私は一息を入れて、最後の手紙のペン入れにかかる。

 そこにカインが作戦について尋ねてきた。

「ケントさんが何をお考えなのか、さっぱりなんですが?」

「説明はあとにする。もうすぐ手紙が書き終える。これを」

「僕がワントワーフで。その後は?」

「トロッカーで必要な物資をツケで購入して合流してくれ。それについても全て手紙に記してある。それとグーフィスは」


「キャビット経由でアルリナっすね」

「その通りだ、グーフィス。あと、君には追加でお願いしたいことがある」

「はい?」

「アルリナに着いてもすぐにノイファン殿に手紙を渡さず、まずはこの紙に書いてあるものを購入してほしい。その後はトーワに使いを出してゴリンを呼び寄せてトーワに運び込め。金はトーワに残る全資金を投じて構わない」

「全資金!? わ、わかりました」



 最後に、顔を親父に向ける。

「親父、全て君の説得に掛かっている。カリスを救いたいなら君の力で成し遂げろ」

「わかりました。不可能を可能にして見せます。旦那は俺が夢を託せると信頼した御方。旦那を信頼して、俺は……旦那?」


 親父は途中で言葉を止める。

 それは私の顔から感情が消えたからであろう。

 いや、消えたのでない。必死に隠したんだ。

 親父が口にした『信頼』という言葉が、私の心を怒りに染めたから……。

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牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

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