表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
197/359

大根・芋・猿・安・三文・下手・千両

――屋敷・夕刻前



 私は二十二議会メンバーのエメルが率いる警備隊と屋敷の玄関前で対峙していた。

 理由は、エクアの引き渡し要求。


 エクアが警備隊とカリスのいざこざに介入していたのを見ていた者がいるらしく、すぐに面が割れてしまったようだ。


 騒動がこじれることを恐れた私は仲間たちを屋敷の中に留め、一人、交渉にあたる。

 

 私は彼に今回の件を大目に見てもらえないかと頼んでみる。

 もちろん、手ぶらではない。

 差し出すのは化粧品の高品質レシピ。


 この場のいる者たちにはこれの了解をとった。

 しかし、マフィンやノイファンにとっては納得のいかないことだろう。

 それは後日、埋め合わせを考える。

 今は何とか、エクアを救うことだけに意識を集まることにする。



 だが、エメルは――。


「ふひ、申し訳ございません。このアグリスは賄賂などを受け取る慣習がございませんので、法は法。罰は罰として、受けていただかないとなりません」

「そこをなんとかっ。レシピで足らぬというならば、他の要望も受けよう!」


「んふふふふふ。ですから~、賄賂など意味がないのですよ。エクア様はルヒネの教義を穢した。この罪は決して許されることではありません」

「くっ、ならば、フィコン様と直接お話がしたい!」


「フィコン様の裁可はすでに下っております。エクア様を捕らえ、罰するようにと」

「そんな……本当にフィコン様が?」

「当然でございますよ。フィコン様はルヒネを導く者。我ら以上に、教義に厳格でございますからねぇ」

「なんてことだっ! それでも! フィコン様に直接お会いしたい! エメル殿!! この通り!!」


 

 私は彼の前で(ひたい)を地につけようとした。

 そこに屋敷からエクアが飛び出してきて、泣き叫ぶような声を張り上げる。


「お止めください!! ケント様!!」

「エクア、戻れ!」

「戻りません! 法を破ったのは私。頭を下げるとしたら、私自身! 私は、罪を受け入れます!!」

「エクア……だが……」



 (あらが)えない状況に拳に力が入る。

 悔しいが、私には拳を握ることだけしかできない!

 そんな情けない私の姿を、エメルは鼻から息を抜くような笑い声を漏らしつつ見つめていた。


「んふふふふ~、麗しい忠誠心でございますねぇ。ケント様」

「彼女は友人だ。忠誠心などと言うな」

「ふひひ、それは失礼。ならば、麗しき友情ということですねぇ」

「クッ!」

「それで、ケント様。どうされるんですかぁ?」

「どうするも……クソッ!」


 私はエクアに顔を向けて、皺くちゃになるくらいに目を瞑る。

 そして……。



「トーワはアグリスとの対立を、望んでいません」

「ケント!!」

 

 突然、玄関の扉が開き、フィナが飛び出してきた。


「あんた、なに考えてんの!? エクアを売る気!」

「売るわけじゃない! 法は厳守すべきもの。余所者の私たちが勝手な都合で破るべきではない」

「でも、エクアは私たちの仲間でしょっ!!」


「いいんです!!」


 エクアが大声を張り上げて、私たちの言葉を断ち切った。

 そして、フィナに近づき、彼女を抱きしめる。


「ありがとう、フィナさん。私なんかのために怒ってくれて。でも、罪は罪ですから。私に罪がある以上償わないと。罪があるのに、皆さんに迷惑はかけられません……」

「エクア……馬鹿なこと言わないでよ……絶対に、絶対に、みとめ」

「フィナさん、ありがとう」


 声に涙を乗せるフィナにエクアは飛び切りの笑顔を見せて、お礼を言った。

 フィナは何度か口を動かそうとしたが、ギュッと噛みしめて、後ろを振り向く。


 二人の悲しき姿を瞳に宿し、私は己の情けなさに、自分の頭を叩きつけるように手を置いた。

 そして、エメルへ懇願する!


「エメル殿。エクアの引き渡しに同意します……」

「んふふ、良いご判断です」

「ですが、一晩だけ、一晩だけ、一晩だけでいいのです。エクアと別れる場を頂きたい!」

「ふひひひひ、どうしましょうかねぇ?」



 縋るような声を上げる私へエメルは嘲笑を降り注いだ。

 その態度に、フィナがブチ切れた!


「てめぇ、いい加減にしろよっ! あんたも警備隊も、全員ぶっ殺してやる!!」


 フィナは真っ赤なコートを翻し、試験管型属性爆弾を見せつける。

 そして、腰につけていた鞭を手に取り大きく振り回すと、エメルの足元に黄金石のついた穂先を叩きつけた。



「ひぃっ!」


 エメルの情けない悲鳴が響く。

 さらに彼女が鞭を振るおうとしたところで、いつ出てきたのか、ギウが鞭を握り締めて止めに入った。

 

「ギウ!」

「放しなさいよ、ギウ!!」

「ギウギウ!」


 二人は鞭を引っ張り合い、譲らない。フィナは全身に魔力を纏う。

 そこで私が叫んだ!


「フィナ、やめろ!」

「だって、だってさっ! エクアとの別れも許さないって、こいつっ!!」


 フィナが赤黒い殺気を纏い、エメルを睨みつけた。

 エメルは声を上擦りながらも議員としての立場を誇張しようとするが……。


「ちょ、ちょっと、わたくし、だれだと」

「知るかっ! コロシテヤル!」

「ケ、ケントさま。こ、この子をなんとか」


「エメル殿。フィナのことは必ず説得してみせます。ですので、一晩だけエクアと過ごす許可をください。もちろん、屋敷の周りに警備隊を置いて構いませんので」

「え、ええ、そうですね。わかりました、一晩だけなら……」


 エメルはちらりとフィナに視線を振る。

 彼女は耳をつんざくような歯ぎしりを見せている。



「ケントもエクアも、我慢してるなら、私も我慢してやるっ。だけど、別れを邪魔しやがったら、ぜったいに……殺す……」

「わ、わかっていますよ。そ、それでは私は……」

「あ、エメル殿。最後に一つだけ」

「なんですか、ケント様?」

「警備ですが……屋敷の周りはともかく、中に入れられると、おそらくフィナが……」

「そ、そうですね。周りを囲んでいれば十分ですから。では、わたしくは失礼させていただきますっ」



 エメルは、フィナの光の消えた蒼の瞳に恐れおののき、警備隊の一部を屋敷の周りに残して逃げ出すように立ち去った。

 私とギウはフィナを説得しながら屋敷の中へと入り…………私は大きなため息を吐いた。



「はぁ、いつだったか、ベタが一番とアドバイスを受けたが……はは、本当にベタだった」



 私は一仕事終えたとばかりに肩を揉む。

 それに続くようにフィナはため息を漏らす。


「はぁ~、なんで私がこんな役回りなのよ~」

「メンバーで一番キレやすそうで、腕も立つからな」

「ほんと、腹立つ。ケントが逮捕されろ。逮捕されろ。逮捕されろ」


 フィナは両手をわなわなとさせて、私に呪いの言葉をぶつける。

 それをギウとエクアが笑っている。


「ぎうう~」

「ふふふ」


「おいおい、二人とも、外には警備隊がいるんだ。演技の気を抜くな」


 演技――そう、これらは芝居。

 警備隊からエクアを守るためのお芝居。



 私は屋敷に姿のないカインとグーフィスのことを口にして、奥にいる親父に視線を振った。


「カインとグーフィスはとっくにアグリスから出ただろう。あとは親父っ」

 私は怒気を籠めて、彼を呼ぶ。


「はい……」

「屋敷の女中たちは?」

「一か所にまとめています。みんな、カイン先生の眠り薬でぐっすりです」

「よろしい。フィナ、脱出路は?」

「天井に穴を開けたから、屋根伝いでいつでも出られるよ」

「雨漏りするな」

「別にいいじゃない。人の家だし」

「ふふ、まぁそうだな。それでは、各自、作戦開始!」



 エクア救出作戦とさらなる大きな作戦のために、エクアと親父は天井に開けた穴から屋根に出て屋敷から離れていった。

 私たちも屋根に立ち、小さくなる彼らの姿を見つめながら数時間前の出来事を思い返す……。




評価を入れていただき、ありがとうございます。

感謝の気持ちを活力に変えてより楽しんで頂ける物語を産み出し、皆さまにお届けしたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現在連載中の作品。 コミカルでありながらダークさを交える物語

牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ