エクアのはったり
「私は医者の下で医術を学んでいます。必要性に応じ、簡単な怪我であれば治癒魔法を行使する権限を得ています。なにか、問題がありましょうか?」
エクアは堂々と答えた。
その姿に、二人の警備兵は腰が引ける。
しかし、今のエクアの言葉――これははったりだ!
彼女はたしかにカインの下で医術を学んでいるが、医者ではない。また、正式な治療権限を持っているわけではない。
ここがトーワならケントの権限という理屈も通用しただろうが、ここはアグリス。
アグリスの許可か、ヴァンナス本国の許可がない限り行使などできない。
しかし、あまりにも威風堂々と振舞うエクアの姿に警備兵ははったりと気づかず、別の切り口からエクアを責め始めた。
「生意気なガキだなっ。お前がいくら権限を持っていようと、こいつらはカリス。生殺与奪権は俺たちアグリスにあるんだよ!」
「そうだぜ、嬢ちゃん。くだらねぇ偽善なんかに精を出さねぇで、大人しくパパとママと観光でもしてろよ」
「お断りします」
「「なにっ!?」」
「どんな事情があろうと、幼い兄妹が棒で打たれる様を目にしては黙っていられません!」
「っ! ったく、面倒だなぁ~。いいか、このアグリスではカリスなんて奴隷以下、家畜以下」
「それによ、こいつらが俺たちに石を投げてきたんだぜ。だから、立場ってやつをその身に刻んでやらねぇとな」
「石を?」
エクアは背後に預かる幼い兄妹へ視線を振る。
「そんなことしてない!」
「うん、わたしたちがあるいてたら、どっかからいしがとんできたの!」
二人は声を合わせて、無実であることを訴える。
しかし、二人の縋るような声を警備兵は全く信じない。
「クソ虫の分際で、嘘ばっかり言いやがって。石が勝手に飛んでくるわけないだろ!」
「これは徹底的にお仕置きが必要だな。腕の一本くらいへし折ってやらねぇと」
「なんてことを! 二人はやっていないと言っているじゃないですか! それを証拠もないのに、こんな幼い子の腕を折ろうなんて!!」
「はぁ……たまによ、お前みたいな馬鹿な観光客が首を突っ込むことがあるんだよ」
「そうそう。今回みたいにガキが突っ込んでくるのは珍しいけどな。いいか、嬢ちゃん。ここでくだらねぇ正義感を振り回すとパパとママに迷惑が掛かっぞ。パパとママの名前は? ん?」
「それは……」
ここで、ケントの名を出せば彼らを退かせることができるかもしれない。
でも、そんなことをすれば、迷惑をかけてしまう。
だからっ!
「私に両親はいません。連れもいません。旅の医者です。医者として腕を磨くために旅をしているんです」
これはかなり苦しい言い訳だが、警備兵はエクアの背後に何も存在しないことに意識が向いた。
「はんっ、旅の医者が何だか知らないが、これ以上口を挟むとただじゃ済まないぞ」
「そうだぜ。それとも、嬢ちゃんが代わりにこいつらの罰を受けるかい? へへ、できねぇだろ。わかったらさっさと――」
「お二人が、退いてください」
「はっ?」
「事情や身分がどうあれ、あなた方は大人。幼子をいじめて、傷つけてはいけない。それに、すでに十分すぎるほど彼を殴りつけた。だから、退いてください。お願いします」
「かぁ~、強情な嬢ちゃんだな。悪いけどな、カリスの悪さを見逃すわけにはいけないんだよ!」
「しかも、その見逃した理由がちっちゃな嬢ちゃんに頼まれたから、じゃ、笑い話もいいところ。だから……どけっ!」
警備兵の二人は木刀を強く握りしめた。
これ以上、エクアが言葉を発すれば、その棒で殴りつけるつもりだ。
エクアの心拍数が跳ね上がる。顔には出ていないが、緊張により身体から汗がどっと吹き出す。
いくら、恐怖を知っていても、実戦となれば経験はない。
それも相手は屈強な大人。
それでもっ、エクアはある尊敬する人物の背中を浮かべる!
(ケント様なら、どんな手を使ってでもこの場を乗り切るはず。だから、わたしっ、勇気を持って!)
エクアは肩掛けカバンから魔導爆弾を取り出す。
その爆弾を目にした警備兵は慌てた様子を見せ、さらにエクアが取った行動で、彼らは心を恐怖に染めた。
「はぁぁぁぁ!」
エクアは全身から魔力を噴出させる。
青白い純粋な魔力が、激しい焚火の炎のように揺らめき、空へと伸びていく。
これは彼女が宿す、癒しの魔力
そう――エクアは攻撃魔法を使えない!
癒しの力を純粋な魔力として放出しているだけ――二度目のはったり。
魔力に包まれたエクアは二人の警備兵に問いかける。
「爆弾はあなたたちを吹き飛ばすほどの威力がある。そして、私自身も魔法を使える」
「う、うう」
「私は旅の医者。常日頃から、野盗共や傭兵崩れを相手に旅をしている! さぁ、どうする!?」
エクアの喝破が開けた広場を痺れさせた。
痺れは警備兵に伝わり、彼らの木刀を持つ手を震えさせる。
震えを見たエクアは、一歩前へと進む。
警備兵は一歩後ろへと下がる。
エクアは爆弾を握り締めて、警備兵に見せつけた。
「さっさと失せなさい! それともっ、肉片に変わりたいのか!!」
「ひっ!」
「く、くそ!」
警備兵たちはまともな捨て台詞も吐けず、足を絡ませながら、路地裏の向こうへと逃げ去った。
彼らの姿が完全に消えたところで、エクアはぺたんとその場にへたり込んでしまった。
「はぁ~、よかったぁ」
目を、爆弾を持つ手に向ける。
自分でも信じられないくらいに手は震えている。
「や、やっぱり、怖い。でも、助けられた」
エクアは背に預かる、小さな命を見つめた。
幼い兄妹は涙を浮かべて、エクアに礼を述べる。
「あ、ありがとう。まさか、助けてくれる人がいるなんてっ」
「ありがとう、おねえちゃん。おにいちゃんをたすけてくれて!」
二人はエクアに飛びつこうとして、足を止めた。
二人の衣服は泥と汚れに塗れて、悪臭を放っている。
だから、エクアの衣服を汚さないように足を止めたのだ。
でも……。
「二人とも、助かってよかったね」
エクアは兄妹を優しく抱きしめて、耳元でそっと囁いた。
――大通り
路地裏から飛び出した警備兵は息を切らせながら愚痴をこぼす。
「な、なんなんだ、あのガキは!?」
「クソ、舐めやがって。どこのどいつか突き止めて、豚小屋にぶち込んで痛ぶってやらぁ」
二人は地面を蹴り上げて、ひたすらに怒りを表す。
そこにフードを被った中年の男性が近づく。
「もしもし、旦那方。俺はあの嬢ちゃんが何者か知ってますぜ」
「なんだ、てめえは?」
「あのクソガキを知ってるって?」
「ええ。あの嬢ちゃんはトーワの領主。ケント様のお連れの方ですぜ」
フードの中から中年の男がにやりと笑う。
その顔は、ケントを支え、友であり仲間であるはずの親父の姿だった……。
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