カリスの兄妹
――次の日
早朝から調べ車の塔より使いがやってきた。
私とカインは馬車に乗り込み、皆に一声かけておく。
その際、昨日の親父の様子が気になり、注意深く話しかけた。
だが、彼はいつもの調子で『へへ、任せてくだせいよ。しっかりと入口に張って、何かあればカバーしますから』と、言葉を返してきた。
何かを隠しているのは確かだが、胡散臭くも冷静な親父のことだ。無茶なことはするまい。
私は憂いなく、調べ車の塔へ向かった。
この時、もう少し、注意を払えばよかった。
そうでなければあのようなことに……信頼が裏目に出てしまった。
同時にこの出来事は、私に大きな転機を迎えさせることになる。
――屋敷
屋敷に残っているのはグーフィスとギウとエクア。
その中でエクアはアグリスの街の散策へと出ることに。
昨日のカインやグーフィス同様、彼女もまた情報収集を兼ねた外出ということになる。
衣服はドレス姿からエプロン姿へ戻り、髪型も水色の髪でさらりと背を覆い、僅かに混じる赤と白の髪が流れ交差するいつもの姿。
護身用にフィナから貰った魔導爆弾を茶色の肩掛けカバンに携帯して、手を振るギウと恨めしそうな表情を見せるグーフィスに手を振って返し、街へ。
大通りを適当に歩き、出店でキャンディなどを購入して、時折アグリスのことを街行く人に尋ねる。
人々は幼いエクア相手に油断があるのか、はたまた可愛らしい少女に優しく接したいのか、警戒感など皆無で色々なことを教えてくれる。
と、言っても、観光案内のようなことばかりで、アグリスの深い部分や政治の話などは口にしない。
それについては少女であるエクアが尋ねるのも妙な話であるし、彼らが話すのも妙な話。
だが、観光案内のような話からでも、この街が非常に清潔で整備され、治安が安定していることは伝わってくる。
表面上は素晴らしい街。
一昨日、少年が理不尽に棒で打たれていたのが幻だったようにさえ感じる。
幾人かと会話を重ね、彼らが発する観光案内に混じり、気になる情報を掴む。
それは老年に差し掛かろうとしている女性が、エクアに注意を促してきたときであった。
「この大通りから少し北に行ったところに細い路地があるけど入っちゃだめだよ」
「どうしてですか?」
「カリスっていう、卑しき者たちが住む地域だからね。不潔だし、観光客が行くようなところじゃないからね」
「はい、ありがとうございます。気をつけますね」
エクアは礼を述べて、その場から離れる。
そして、カリスという言葉を心の中で呟く。
(カリス。忌避されし存在と呼ばれる人々ですね。その人たちが暮らす場所が北の路地に……)
エクアは少し考えて、北へ足を向けた。
――大通り北側・路地前
エクアは女性から言われた路地の前に立っていた。
路地は狭く、薄暗く、地面は土がむき出しで、家畜小屋のような匂いが充満し、とても荒れている。
大通りはゴミ一つなく整えられ道もすべて舗装されているというのに、まるで別世界のごとく、道は分かたれている。
道の先に光が見え、そこには開けた場所があるようだが……。
(さすがに私一人で見学するのは危険かな? でも、気になるなぁ。そうだ、グーフィスさんと一緒だったら。一度戻ってギウさんと相談してから考えようっと)
エクアは路地に背を向けて、屋敷に戻ろうとした。
だが、少年と少女の叫び声が鉤爪を掛けるように彼女の背中を掴んだ。
「やめてください! 僕たちじゃありませんっ! 信じてください!!」
「おねがい、やめて! おにいちゃんをぶたないでっ!」
(え? 今の声、路地の先から……それも、私よりも幼い男の子と女の子の声。助けを呼ぶ声……)
エクアはカバンに収めた魔導爆弾を確認する。
(フィナさん特製の爆弾。殺傷能力はないけど、並みの戦士くらいなら一撃で気絶させることができるって言ってた……うんっ!)
彼女はいつでも爆弾を取り出せるように準備し、慎重に路地裏の中へと入っていった。
――路地裏の先
路地裏を抜けると、大きな広場に出た。
しかし、アグリスの大通りとは大違いで、道は全く整備されてなく、土の地面に雑草がのたうち回り、粗大ゴミや生ゴミがそこかしこに落ちて悪臭を放っていた。
その広場の端に、悲鳴を上げたと思われる二人の少年少女がいた。
少年少女は二人組の警備兵に棒でぶたれている。
エクアは少し年上の少年が少女をかばうように包み、無抵抗に殴られ続けられる姿にたまらず飛び出してしまった。
「何をやっているんですかっ!?」
この声に警備兵はびくりと体を跳ね上げる。
だが、エクアの姿を見て、小馬鹿にしたような笑いを上げた。
「ククク、なんだい嬢ちゃん? 迷っちまったのか?」
「ここは不浄の場所だぜ。観光なら大通りに戻りなよ」
エクアは彼らの言葉を無視して怪我を負った少年に近づき、血まみれの背中に治癒魔法を唱えた。
「大丈夫、すぐに痛みがなくなるからね」
「え?」
「そっちの女の子は怪我はない?」
「う、うん。おにいちゃんがまもってくれたから」
「そう。立派なお兄ちゃんだね」
緑光を両手に纏い、癒しの力を温かさと共に、服が破け皮膚がめくり上がり血が流れ落ちる少年の背中へ送り込む。
そのエクアの後ろから警備兵が声を荒げてきた。
「おい! 何やってんだ!? そいつらはカリスだぞ!」
「しかも、治癒魔法なんてよ。医者でもねぇ奴が使ったらどうなってるのかわかってんのか? 子どもでもただじゃすまねぇぞ!」
だが、エクアは動じない。
彼女はもっと恐ろしい経験をしたことがある。
悲しい経験をしたことがある。
彼らよりも強く、凶悪な存在と対峙した経験がある。
だから、全く動じず、少年の背中を癒し続ける。
(ん?)
その少年の衣服は破け、それは背中だけではなく胸の部分まで裂けている。
もともとボロボロであったと思われるが、エクアが気にしたのはそのことではない。
(右胸のところに、入れ墨? 違う、焼き印!?)
少年の右胸には歯車の形をした焼き印が押してあった。
形からして、ルヒネ派に関する宗教的な意味。
エクアはそこから、カリスという立場を象徴するものだと察する。
(こんな幼い子になんてことをっ)
怒りに打ち震える心。
だが、スッと息を吸い込み、心を落ち着かせ、少年の傷が癒えたことを確認し、警備兵に体を向けてこう言い放った。
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