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アルリナの内情

 キサが店奥から水に濡れた大根を片手に出てくる。何をやっていたんだろう?

 それはともかく、キサはギウを見つめ呆れるような声を出した。



「ギウはたまにみんなに迷惑かけてるよ」

「キサっ」


 父親が声を止めようとするが、キサは止まらない。


「この前、漁船の網に引っかかって網を駄目にしたし、一昨日なんか海で溺れてたところをみんなで引き揚げたんだから……」

「そんなことがあるのか、ギウ?」

「ギ、ギウ……」


 ギウは私から目を逸らす。どうやら、あるようだ。

「そうか……しかし、溺れるとは。見た目からは想像できないな」

「ギウギウギウ、ギウッ」

 ギウは両手をバタバタと振って言い訳を口にしている様子。


「何々? みんなが泳げないわけじゃない。泳げない者もいるだけ。網に引っかかったのは油断」

「あれ、領主のお兄さんはギウの言葉がわかるの?」

「完全にわかるわけじゃない。彼のジェスチャーと雰囲気からなんとなく察しているだけだ」

「それでもすごいよ~」

「ふふ、そうかな。さて、ギウの話はここまでにして、今日は追加で野菜を購入したくてね」

「そうなんだ。お兄さん、毎度あり~」



 キサははしゃぐように手に持つ大根を振っている。

「はは、そんなに大根を振り回すと危ないぞ……ところで、なんで大根を持っているんだ?」

「んとね~、お店の裏でお野菜を洗うお手伝いをしてたの。土のままお店に出すより、お野菜が綺麗に見えるようにね」

「なるほど、それで濡れた大根を手にしていたのか」

「そうなんだよ~。お父さんとお母さんがこき使うから、私の玉のようなお肌が傷ついちゃう」

「あはは、それは大変だな」


「キサ、馬鹿なことを言ってないで裏に戻りなさい!」

「うっ。は~い」

 母親の叱責が飛ぶ。

 キサははっきりと不満顔を露わにしながらも、大人しく店の奥へと消えていった。

 若夫婦が私に頭を下げてくる。



「すみません。いくらケント様がお優しくても、あのような失礼な態度を」

「あとでよく言っておきますので」

「いやいや、大丈夫だ。これからもキサにはあの調子で接してもらいたい。だから、怒らないでやってくれ」


 キサの自然な態度は実に心地良かった。

 私は一応貴族の肩書を持っているが、自分自身、そのような身分ではないことは流れる血が理解している。

 いや、血どころか存在そのものが――そうだというのに、周囲の者から貴族扱いされるのはどこか心苦しかった。だから……。


 若夫婦にはキサに対してきつく当たらないように頼み、話題は畑のことへ移った。

 その会話の最中に、アルリナの闇に触れる……。



「それで、城の片づけを優先してしまい、まだ畑の方は手付かずなのだ」

「あちらに出向くことはありませんが、城は相当ガタがきていると聞いてますからね」

「そうなんだ。ま、ギウのおかげで片づけは(はかど)っているが」

「ギウッ」

「とりあえず、一度畑づくりを体験してみてから、改めてアドバイスを貰おうと思っている。その時はよろしく頼む」

「ヘイ、もちろんです」



――邪魔だ! どけ!



 突然、会話を引き裂くような怒声が響いた。

 声に顔を向けると、人相風体の悪い三人の男が横柄な態度で道のド真ん中を歩き、町の住民に声を荒げ、喧騒の中へと消えていった。



 私はキサの父に尋ねる。

「彼らは?」

「あいつらはシアンファミリーの傭兵です」

「シアンファミリーというと、アルリナを牛耳っているという?」

「へい。見ての通り、シアンファミリーの連中の態度はいつもああでして。特に傭兵の連中は」

「シアンファミリーの傭兵……数はどれほど?」


「五百人ほどですね」

「アルリナの警吏(けいり)や兵士は何をしている?」

「相手はシアンファミリー。何もできません。それにシアンファミリーは商人ギルドの一翼ですし」

「警吏も兵士も、シアンファミリーの息がかかっている、というわけか?」


「いえ、警吏や兵士は商人ギルドの(おさ)・ノイファン様の下についていますが……ギルドの最大勢力を真っ向から敵に回すのを躊躇してますね」

「そうか……」

「それに元々、警吏の数は二百程度で兵の数は千程度。シアンファミリーが雇っている傭兵より数こそは勝っていますが、彼らは強者揃い。警吏や兵の方が分が悪いと思います」

「なるほど。以前聞いた話とまとめると、こうなるわけだな」



・商人ギルドの長ではないが、ギルドの最大勢力。

・アルリナの町では我が物顔で振舞い、詐欺まがいの商売や不当な取り立てを行っている。

・傭兵は強く、町の警吏や兵士では正面からの取り締まりは難しい。

・他の商人ギルドの者はシアンファミリーに困っている。



「と、いうことか? ふふ、面白い」

「え?」


 私はキサの父の疑問の声に答えず、心に宿る闇の囁きに耳を傾ける。

(この町は大きな歪みを抱えているようだ。そこをつつけば……いや、何を考えている? 駄目だな。議員だった頃の私がひょっこり出てきてしまった)


 自分で言うのもなんだが、議員になる前の私は清廉な男だった。

 しかし、議員になって以降は権謀術数の嵐に揉まれ、すっかり変わってしまった。

 私は闇を振り払い、キサの父に調子を合わせるように話を続けた。



「つまり、シアンファミリーは町の鼻つまみ者なのだな?」

「え、まぁ……大きな声では言えませんが、商人ギルドに所属する真っ当な方々は辟易してますから」

「だが、それでも傲慢に振舞うだけあって、アルリナに富をもたらしているのだろう?」


「ヘイ、まぁ、それは……恥ずかしながら、私らもシアンファミリーの屋敷に野菜を卸してますから。いつも屋敷の裏口から搬入をしてまして」

「それは別に構わないと思うぞ。商売だからな。真っ当な取引なんだろう?」

「……たまに売掛金(うりかけきん)の減額を迫られますが、まぁ、利益が出ないわけじゃありませんし」



 キサの父は沈んだ声を漏らす。

 その声から、対等な商売相手ではなさそうだ。


「そう、真っ当でもないのか……なんとかしてやりたいが、私に権限はない。すまないな」

「いえいえいえ、お止めください! これは私たちアルリナの問題です。他の領主であるケント様が気に病むような話では。ましてや、謝罪など」


 私とキサの父は据わりの悪い顔を見せ合う。

 彼の隣に立つキサの母も同じ顔を見せる。私の隣に立つギウも……。



「……つまらない話はやめるとしよう。それでは、私はまだ買う物があるので失礼する」

 楽し気なキサとの時間が不快な時間へとすり替わってしまった。

 非常に残念な思いを引き摺り、次の買い出しへ移っていく。

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現在連載中の作品。 コミカルでありながらダークさを交える物語

牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

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