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画家

――長廊下



 廊下を歩いている途中、フィコンが私に話しかけてきた。

「ケントよ、議員共は何を話しておった?」

「アグリスの素晴らしさと偉大さを。おかげさまで良き観光案内となりました」

「クスッ」


 感情の希薄な少女フィコンは私の皮肉に小さく声を立てた。

 後姿からではわからないが、いま彼女は微笑みを見せているのだろうか?

 彼女は言葉を軽く漏らす。


「あやつらめ、どうせ詰問のような真似をしておったのだろうな。百万都市の(かじ)を担う議員でありながら、矮小なことよ」

「フィコン様」


 エムトはそっと名を呼び、フィコンの声を止めた。

 今のフィコンの言葉――それはフィコンと二十二議会の間に距離があることを()(しめ)している。それをエムトは止めたのだが、フィコンは明け透けに口にした。

 いくらルヒネ派のトップとはいえ、中身は十四歳の少女。

 言葉の取捨選択ができていないと見える。



 暗に注意を促されたフィコンは話題を変える。

「化粧品の話だが、そこは詰めたのか?」

「いえ、まったく」

「そうか、フィコンとの会合の(のち)に議員たちがそれについて話すだろう。詳しい話は後日になるだろうが……あの者たちは時間の有用性を理解できておらんな」

「フィコン様」


 再び、エムトが言葉を差し入れた。

 フィコンは軽く息を抜く動作を見せて、次にエクアへ話しかける。



「エクアよ、この先にまだ世に出ておらぬサレート=ケイキの新作がある。それを批評してもらいたい」

「え、ええっ! 先生の新作が! それも、私なんかが先生の新作の批評を!?」

「何を言う。何か発表すれば何者かに批評されるものだ。批評を恐れるならば、己の家の額縁に飾るだけで満足しておればいい」


「それは……ですが、批評は時に創作者に対する刃となります。もちろん、私ごときの批評に刃のような切り口はありませんが」


「批評もまた発表と同じ。創作者や横の者から、鋭き返し刃で傷つけられることもある。心を表すということは、常に賞賛と痛みが表裏として存在しておるものだ。そうであろう?」

「はい、わかります……」


 エクアは顔を僅かに伏せた。

 いま彼女は、自分の絵をムキから否定されたことを思い出しているのだろうか?

 フィコンはエクアへちらりと視線を送り、言葉を続けた。


「中には批評を口汚く罵ることと勘違いしておる者もいるが、そのような者の言葉は無価値だ。エクアはそのような勘違いをする娘ではあるまい。つまりは、遠慮なく批評するがいい。もちろん、その批評が批評されることを恐れずにな」

「……はい」

「よろしい。そろそろ見えてくるな」



 長廊下を歩いた先には殺風景な真四角の広間があった。

 その広間の壁に一枚だけ、巨大な絵画が飾られてある。

 エクアは絵画を目にして、言葉を一切発さずに、目だけに意識を始める。


「…………」


 代わりに隣に立つ私が言葉を漏らした。

「な、なんという迫力。心を鷲掴みにされるような……」


 暗雲の下で、大勢の人々が無秩序に絡み合い、空へ手を差し伸べる姿。

 人々は暗雲の下にある小さな光を追い求め、我先にと手を伸ばす。

 絶望に染まった人々は一縷の望みに縋り、(たか)り、他者を押しのけ、少しでも高く天にある光へ指先を引っ掛けようとしている。


 そこにあるのは傲慢・暴力・痛み・叫び・我慾(がよく)

 そうであるのに、絵画に描かれている人々は笑顔を浮かべている。

 彼らは自分の瞳に映る希望のみを映して、喜びに身を包む。

 その下には押しつぶされた人々が身体の原型をなくすほどに、崩れ、溶けあっているいうのに……。


 心の闇を一つに押し固めたような絵画に、私の背筋は凍りついた。

 呼吸は乱れ、恐怖に体は震えるが、瞳は絵から逃れようとしない。

 それは、絵から人間の根源を惹きつける力が溢れ出しているからだ。

 

 根源の名は――欲望。


 人にとって必要不可欠な感情であり、成長を促すもの。

 だが、過ぎれば毒にもなる。

 毒にもなるが、甘美な感情でもある。

 だから、魅了され、瞳は固定される……。



 私の隣ではエクアもまた、絵に釘付けであった……しかし。


「言い訳……」


 エクアがポツリと零した言葉に、私の瞳は絵からエクアへと動いた。

 この言葉の意味を、フィコンが問う。


「言い訳とは?」

「盲目に希望を追いかけているから、見えずに他者を踏みつぶして笑顔であるのは言い訳。本当は見えている。だけど、希望を言い訳に使って、屍の山を築いている」



「いや~、素晴らしいねぇ~」

 パチパチパチと、乾いた拍手を奏でながら広間の奥から一人の男が現れた。

 男は薄汚れた灰色の薄着の上に緑のジュストコール。先端がカールを巻いた長めの茶髪を深緑のベレー帽で押さえるといった、変わった出で立ちをした、細長の四角眼鏡をかけた優男。


 眼鏡の奥には紫の瞳。背は私よりも少し低い。

 彼は私に一瞥もくれることなく、エクアにだけ視線を注ぐ。



「会いたかったよ、エクア=ノバルティ。君こそが僕を新たな世界に導く少女だ!」

「えっと、あなたは……え? ベレー帽にジュストコールに眼鏡。そして、紫の瞳……………………まさかっ!!」

「ふふん、初めまして。僕の名はサレート=ケイキ。会えてうれしいよ、贋作の少女さん」

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現在連載中の作品。 コミカルでありながらダークさを交える物語

牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

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