嫌味な男
歯車たちが重なり積み上げった門の近くに来ると、警備兵が私たちの存在に気づいて声を掛けていた。
私が身分を明かす。警備兵は歯車の意匠が付いた旗を振る。
旗に応え、門を表す巨大な歯車たちが回り、門の右端にある通用扉が開き始めた。
フィナは歯車の機構をじっと睨めつけて、ぼそりとつぶやく。
「油圧? でも、それ自体を動かしてるのは魔導の力。うん、いざというときは……内部……機構……権限……強奪……」
彼女は親父の警戒をしっかり受け取り、アグリスを危険な存在と想定した上で様々な考えを張り巡らせているようだ。
扉が開ききり、案内役と思われる男が、銀の鎧を纏った幾人かの兵士を従え近づいてきた。
「ふひっ、初めまして、トーワの領主ケント様。わたくしは『二十二議会』のメンバーの一人。エナメル=アメロブ=トーマ。と、申します。どうか、エメルとお呼びください」
男の背は低く、青く巨大な歯車の模様が入った白装束を身にまとい、金髪の短髪で青白い四角顔をしている。
口元は常ににやにやとした笑いを浮かべ、口調はねっとり。それはどこか、こちらを小馬鹿にしているような印象を受ける。
彼の姿を見た親父は、一瞬だけ、瞳に怒りと憎しみを宿したように見えた。
だが、すぐさまそれらの感情を消し去り、左手で右胸を軽くさすり、彼から視線を外して無表情のまま立っている。
エメルの方は親父と面識がないようで、何の反応も示していない。
二人の関係は一体……?
今、それを問うわけにもいかないので、ひとまず私はエメルが口にした、『二十二議会』のワードに反応を示した。
「二十二議会というと、アグリスの最高議会の方でしょうか?」
「ええ、ええ、そうですとも。わたくしは名誉ある二十二の名を冠する議会の一人でございます」
名誉ある二十二……この数字は、ルヒネ派の開祖のメンバー数に基づいている。
目の前の非常に癖のある男はルヒネ派において頂を意味するメンバーの一人。
私は急ぎ下馬をし、それを皆にも促す。
「これはまさか、最高議会の一翼を担われるエメル殿自らの歓待を受けるとは、恐悦至極」
「いえいえ、ケント様をお出向かえするのは敬愛するフィコン様たってのお気持ち。そうであるならば、これしきの事当然のこと……たとえ相手が」
彼はちらりと、私の背後に立つフィナとギウに視線をぶつけ、僅かに眉を顰めてから戻す。
「どのような方々であっても、にひっ」
エメルはねちゃりと笑い、すぐに背を向けた。
「それではまず、ケント様がお休みになられる屋敷までご案内いたしましょう。トーワの美しい城と比べれば粗末な屋敷になりましょうが、気に入って頂けると嬉しゅうございますよ、ふひひっ」
彼は世辞で包み込んだ嫌味を言葉に表して歩き始めた。
兵士に馬を預け、私たちも彼の後ろをついていく。
その際、兵士やエメルに気づかれないように、私はお尻の近くで指を交差してバッテンマークを皆に伝えていた。皆というか、フィナにだが。
彼女はエメルの不快な態度に、こめかみに青筋を立てっぱなしだったので……。
――――
私たちは歯車を組み合わせて作られた門をくぐり、アグリスの街を望む。
建物の多くは王都オバディアとあまり変わりなく、民家は石造りや木造。遠くには高層階の建物もちらほらとある。
だが、一つ大きく違うものがあった。
――それは歯車。
門と同じような歯車が街のあちこちに配置されている。
よく整備された地面にも歯車が横に寝かされて埋め込まれ、上には強化ガラスのようなものをはめ込み、そのまま地面として機能していた。
私がその歯車たちに視線を向けると、エメルが説明を始める。
「ふひひ、歯車は運命の象徴。一定の間隔で時を刻み、変化のない世界を表す。歯車の歯が欠け、機能を失われたとしても、また新しく歯車を取り換えればいいだけ。我々には決まった道があり、決まった役割がある。それに従うのみ」
「歯車たちはルヒネ派の教えに起因している。いや、象徴か」
「ええ、その通りでございます」
「そして、街の動力でもある、と」
「ふひ、サノア様から賜った魔導の力で歯車を動かし、都市中に張り巡らされた水道管や魔道管などを起動させているのです」
「見事な機構ですね。王都では魔導を用い発電を行い、電気エネルギーの普及に力を入れているが、こちらでは魔導そのものが都市を機能させるエネルギーというわけなのですね」
「ええ、この神聖なるアグリスは王都のように古代人の知恵に頼ることなく、我らサノアの、スカルペルの力のみで支えられている都市ですので。そもそも、王都はサノア様を軽視しすぎる。さらには…………」
チクチクと王都の批判と嘲笑を交えつつ、エメルは説明を続ける。
私は表情を変えずにそれらを黙って聞いていたが、彼はさらに私の内心へ無遠慮に触れてこう述べた。
「これはこれは申し訳ございません。王都を悪く言うつもりはなかったのですが、ふひひひ」
謝罪をしながらも挑発のような言葉。
一言くらい言い返しても良かったのだが、今は挑発に乗るよりも彼からアグリスの色を肌に感じる方が大事だろう……特徴的すぎる色に肌荒れが心配だ。
彼の色が張り付いた肌を静かに拭いつつ少し歩いたところで、各自、用意された馬車に乗り込む。
この馬車で、私たちが滞在する屋敷に案内してくれるそうだ。
馬車は三台。
『ギウ・エクア・グーフィス』と『フィナ・親父・カイン』の組み合わせ。
グーフィスはフィナと同乗できないことを嫌がったが、フィナが拳で黙らせた。
私はというと、エメルと二人で一番豪華な馬車に乗ることに。
これから屋敷まで彼と同じ空気を吸わなければならないと思うと、正直気が滅入る。
皆が馬車に乗り込む最中、親父は街を睨みつけるように見つめ、またもや右胸をさすっている。
私はエメルに一言断りを入れて、親父のそばに近づく。
「親父、どうした?」
「いえ、別に……」
「そんなわけないだろう。君はエメルを見た瞬間、感情を露わとした。本当に一瞬だったため、誰も気づかなかったようだが」
「は、はは、さすが旦那。目ざとい」
「目ざといとはご挨拶だな。それで、彼とはどんな関係なのだ?」
「特に、何でもありませんよ」
そう言って、親父は口を閉ざして平静を装う。
だが、平静を装っても、体全体の筋肉は緊張に硬直していた。
問い詰めたい思いはある。とはいえ、エメルを待たせるわけにはいかない。
私は親父の肩をポンと叩き、何かあれば気兼ねなく相談してほしい、と言葉を渡してエメルと一緒に馬車へ乗り込んだ。
評価を入れていただき、ありがとうございます。
一定のリズムを刻む歯車とは違い、様々なリズムを肌に感じられる物語を生み出せるように頑張ります。