潤い始めるトーワ
前章のあらすじ
カイン「ケントさんたちはついに古代人の姿を見た。ですが、彼らは私たちの想像と違い、知は深くとも心は私たちと同じく薄い存在だった。また、僅かですが、北の荒れ地の浄化機構に触れることができました。ゆくゆくは緑の大地となるといいですね」
――古城トーワ
現在、トーワにはエクア・フィナ・親父の姿はない。
彼らは遺跡の探索に従事している。
その間にこちらでは、化粧品の商品化について大詰めを迎えていた。
すでに試作品は出来上がり、あとは生産を待つばかり。
マフィンとノイファンの伝手で富豪や貴族に試供品を渡し、その反応は上々。
彼らの話によれば、クライエン大陸から届く化粧品よりも質が高いそうだ。
商品化の暁には是非とも優先的に販売してほしいという言葉も貰った。
仲介してくれたマフィンとノイファンの感触も悪くない。
マフィンは流通を一手に引き受け、ノイファンは今後の大衆向け商品についての話を喜んで受けてくれた。
ムキの件で関税を撤廃していたので、こちらとしては化粧品に無用な税がかからずアルリナ内で安価で流通させられることが非常に大きい恩恵だ。
あの時に、関税を一方的に撤廃させたのが生きてきた。
――これではノイファン率いるアルリナが不満を覚えるのではないのか?
いや、そうでもない。
大衆用の製造工場はアルリナに建つことになるが、製品開発に必要な材料の一部はフィナやカインではないと扱えないものがある。
だが、余計な関税がないため、アルリナの工場側も材料費の経費削減につながる。
スカルペルにおいて関税はごく一般的な税収入の一つだが、双方に不都合がなければ、むしろ無い方が得をするのかもしれない……今のところ関税撤廃は一方的で、トーワはアルリナに関税を掛けられる権限を持っているが、一つ一つ見直していく必要があるようだ。
しかし、とても面倒そうな作業なので親父とキサに丸投げ……もとい、力を借りようと思う。
ま、なんにせよ、化粧品開発と販売は幸先の良いスタートだ。
半島、いやビュール大陸において、ほぼ独占状態で化粧品が販売できれば、どれほどの利益がもたらされるか想像もつかない。
まだまだ、捕らぬ狸のなんとやらだが、最低でも皆に気持ち良く給与を払えて、ゴリンたちを雇うくらいはできそうだ。
――それからしばらく時が経ち、一部の商品化が済み、アルリナやアグリスの貴族や富豪たちの間で流行の兆しが見え始めた。
私は執務室の椅子に深く腰を掛けて、トーワ特産の化粧品を手に取り眺めていた。
化粧品のパッケージはエクアのデザイン。
化粧水を納めたガラス瓶は上から下へ先が狭まる円柱状で、上にはガラスのキャップがある。瓶の表面には金で描かれた花の模様。
この瓶はトロッカーのワントワーフによって作られたもの。
瓶を包装するのは自然を身近に感じさせる新緑の布。
布のあけ口もまた、瓶と同様に花の模様を描いている。布自体にも花の香りがあり、化粧水の香りも花。
ここまで花にこだわるのは、海藻という文字から連想される生臭さを消すためらしい。
私は布を手に取り、その端にあるワンポイントマークを目にして一言。
「花にこだわったというのに、どうして端にギウのマークを入れたんだろうな……」
ギウ発案のためエクアはマークを入れたのだろうが、これは受けるんだろうか?
そう案じていたが、なぜかご婦人方の間でこのアンバランスなお魚マークが受けているらしい。
世の中、何が受けるか全くわからない……。
私はガラス瓶を手に取り、ガラスの表面に描かれた金の花模様を引き立てるラベルを目にする。
ラベルには海衣を纏った古城トーワの姿が描かれている。
トーワの先に広がる海は、世界の大きさと豊かさを感じさせてくれる。
それは実にエクアの絵らしい、世界の広さを感じさせてくれる絵だ。
「ふふ、仲間たちとの協力によって出来上がった商品か。多くの人々に愛される商品になるといいな」
この思いは幻で終わることなく、ビュール大陸に広がっていく。
だが、これにより、ある者たちの注目を浴びることになった。
その者たちの名は……ビュール大陸最大勢力・宗教都市アグリス――。