神の如き力
フィナは青い点滅を繰り返す、もう一つの光に指を置いて、ピンと弾き飛ばす。
その途端、部屋は暗黒に閉ざされた。
身体には浮遊感を覚え、足に力が入らない。
私は慌てて周囲に手を振った。
手は小さな手にぶつかる。
それはエクアの手だ。
彼女の手を握り締め、抱き寄せる。
エクアはエクアで、もう一つの手にマフィンの手を握り締めていた。マフィンは親父。親父はマスティフの……。
そばに仲間がいることに安心を覚えた私たちは、ゆっくりと周囲を見回す。
暗黒に閉ざされた場所……そう思っていたのだが、暗黒には小さな光の点が無数にある。
「ちょっと待ってて、光度を合わせるから。重力の方もね」
どこからともなくフィナの声が響く。
しばらくすると、足元に床らしい感触が現れる。
だが、床は闇そのもの。
次に、周囲に広がる無数の小さな光とは別の光が部屋に広がっていく。
その光が、目に新たな光を覚えさせたところで、私はこの場所の名を口にした。
「まさか……宇宙?」
「そう、宇宙空間」
フィナは私たちの正面に立っていた。
すぐそばには半透明のモニターが浮かんでいる。
エクアと親父が宇宙という言葉を尋ねてくる。
「宇宙、というと、お空のことですよね?」
「俺らはいま、空の向こうにいるってことですか、旦那?」
「そのようだ。もちろんこれは映像だが。それで、フィナ。この映像の意味は?」
「向こうを見て」
フィナが遥か先を指差す。
そこにはいくつもの丸い光体存在し、その光から先の鋭い金属の牙のようなものが次々と飛び出している。
牙たちは一定の間隔で円運動をはじめ、先端から光の線を生む。
線は光の球体を生み、どんどんどんどんと巨大化していく。
ここからでは大きさを測りかねるが……私はフィナに答えを問う。
「まさかと思うが……あれは星か?」
「そう、星。惑星」
私は彼女の言葉を目で受けとめて、符号が一致するかを目に星を取り入れ確認する。
巨大な球体の内部は白い靄に包まれ、それらは激しい気流を見せている。
だが、やがてはその気流も収まり、青々とした惑星が誕生した。
エクアは理解の追いつかぬ事象に混乱気味の言葉を弾けた。
「な、なんです。一体、あれはっ!?」
「あれは惑星。古代人は星を生んだようだ」
「星? 星って、あの空にあるお星さまのことですか?」
「いや、それとは違う。この星は、スカルペルと同じもの。どうやら古代人は命溢れる世界を産み出したようだ……」
私がそう言葉を出すと、映像は消えて、宇宙空間は父の書斎へと姿を戻した。
マスティフとマフィンは互いに言葉を掛け合い、親父は言葉を揺らめかせる。
「世界を産む、か。神の如き御業だな……」
「とんでもにぇ~力ニャ。古代人――見た目は同じ人でも、知識は全くの別ニャ」
「お、俺は神なんてものを信じちゃいませんが……ありゃ、なんですか? 人がやれるようなことなんですか……?」
一つの星を、一つの世界をたやすく生み出してしまった力に、私たちは言葉どころか感情さえも消し飛ばされたような思いだ。
フィナは私たちの感情を驚かせぬよう、ゆっくりと言葉を綴る。
「創造主サノアはスカルペルを創った。古代人も同じく、世界を産み出せる。だから、聞いたの。サノアに対する思いをね……」
神の御業を行える存在。
サノアを深く信仰していたとしたら、これらの事象はとてもじゃないが受け入れられる事実ではない。
いや、信仰などしていなくとも、受け入れがたい事実だ。
私は先ほどの惑星に関して、聞きにくいことを尋ねる。
「一応、尋ねるが……先ほどの惑星はスカルペルではないよな?」
「うん、それは違うと思う。あの惑星を基本座標とした星図を見るかぎり、スカルペルとは一致しない。たぶんさっきのは、どこか別の太陽系か銀河」
「別の……何とも遠大な」
我々では想像もできない、途方もなく馬鹿げた話。
フィナは話しの終わりにこう残す。
「神に匹敵する力を持つ古代人。だけど、口論で相手の命を奪う存在でもある。もし、こんな奴らがスカルペルのどこかにいたら、ヤバいどころの話じゃない」
精神レベルは人程度。だが、持つ力は神そのもの。
私は父の書斎に化けた部屋をざっと見まわす。
(もしや、私は触れてはいけないモノに触れようとしているのでは……?)
恐怖が全身を包み込む。
すると、私の思いに気づいたフィナが声を強くぶつけてきた。
「なにビビってんのよっ!」
「恐怖して当然だ。これは人の手に負える――」
「だからこそ正しく理解する必要があるんでしょ! ケント、あんたはここで見なかった振りをするつもり? もしかしたら、スカルペルのどこかに古代人が存在してて、私たちの敵になるかもしれない。その時に、これらの知識が必要なると思わない?」
「それは……」
「それにさ、いつかは必ず、ここへ誰かが訪れる。そして、力を手に入れようとする。解放しようとする。あんたはその誰かに未来を委ねたい? 私はごめんよっ!」
「フィナ……」
フィナは腰に片手を置いて、私を強く睨みつける。
彼女はどこまでも知識を追っていく覚悟があるようだ。
その知識は非常に危険なものだ……だが、彼女の指摘通り、いつかは誰かが触れるもの。その誰かに全てを託すくらいなら。
私はマスティフとマフィンに視線を投げる。
二人は迷いを見せながらも、小さく頷いた。
「そうだな。赤の他人に未来を委ねるくらいなら私たちの手元に置いていた方がいい」
「でしょっ。もう、行きつく答えはわかりきってるのに、迷いすぎよっ」
「あはは、なにせこちらは凡人なんでね。力の加減を見極めきれないんだ。勘弁してくれ」
いつもの調子で声を出すフィナに、私もまたいつもの調子で返した。
だが、内心は……。