濡れるのはいやニャ
しばらくの間、私とカオマニーとイラの三人で雑談を続けていたが、途中でカオマニーは私たちを歓迎する宴の準備があると言ってこの場から離れた。
離れる間際、ニヤリと悪い顔を見せていたような気がするが、気のせいだろうか……?
私も別の場所を見学しようと思い、イラへ別れの挨拶を行おうしたところ、そこにフィナとカインが合流してきた。大勢のキャビットを連れて……。
「もう~、しつこいなぁ~。あれ、ケント?」
「ケントさん? とと、皆さん、足にしがみつかないでください」
全身のあちらこちらにガーゼや包帯を当てているキャビットたちが、二人の歩きを邪魔するように足にしがみついている。
ガーゼをつけているところから、猫カビに感染しているキャビットたちと思われる。
彼らは必死な思いで二人に泣き声を上げていた。
「いやニャ~、いやニャ~。お風呂はいやニャ~」
「体を濡らしたくないニャ~」
「もう、わがままばっかり言って! 治るまでの間だけでいいから薬湯に浸かりなさいよ!!」
「症状が軽くなれば飲み薬と塗り薬だけで構いませんから」
「い~や~ニャ~っ! お湯に入るなんてまっぴらごめんにゃのニャ~!!」
数十人のキャビットが合唱するように、二人へ抗議の声を上げている。
話の流れから、猫カビを治すためのお風呂に入ることを嫌っているようだ。
「フィナ、カイン。凄い騒ぎだな……」
「まったくよっ。真菌は清潔にすることが肝心だから、お風呂に入ることを勧めたらこの騒ぎ」
「彼らは風呂嫌いのようで、せめて病状の深い患者だけでも薬湯に入ってくれるよう言っているんですが、それも嫌だそうで」
二人の言葉を聞いて、イラがくすりと笑う。
「うふふ~、この子たちはお水に濡れるのが苦手だからねぇ」
と、彼女が声を上げた途端、フィナは足にしがみついていたキャビットたちをものともせずにイラに飛びつき、紫が溶け込むサファイヤ色の瞳を輝かす。
「うっそっ!? 流動生命体!? 珍しいっ! あんた、分裂タイプ? 異種族寄生タイプ? それとも異種族間受胎タイプ?」
「うふふ~、さぁどれでしょう~?」
「フィナ、失礼だぞ。悪いな、イラ」
「大丈夫よ~。それで、この人たちはお友達~?」
「ああ。錬金術師のフィナに、医者のカインだ。二人とも、こちらの方はイラだ」
「初めまして、イラ。早速だけど、ちょっとサンプルくれないっ? 体液をちょろっと!」
「初めまして、イラさん……流動生命体の体液か、僕も興味あるな」
二人は出会ったばかりのイラに対して、体液を求めている……失礼どころの話ではない。
私は二人の頭を軽く小突く。
「落ち着け、二人ともっ」
「あたっ」
「いつっ」
「まったく、本当に……イラ、本当にすまない。根は悪い者たちではないんだが」
「少し怖いけど、学者の人の相手は慣れっこよ~」
「そうか、君の広い心に感謝を」
「いいのよ~。それよりも、この惨状を何とかしないとね~」
私とイラはそろって顔を動かす。
視線の先ではフィナとカインとキャビットたちがどったんばったんと暴れ狂い言葉を弾き飛ばしていた。
「お風呂いやニャ~!」
「断固抗議するニャ~!」
「ちょっと離しなさいって。もう、目の前に貴重な存在がいるのにっ。あんたたち、お風呂に入る気がないなら、全身の毛を刈るからね!」
「ふにゃぁぁあ! 鬼なのニャ! 鬼畜の発言なのニャ!!」
「お医者の先生さん、お医者の先生さん。お薬だけで勘弁してほしいのニャ。他の連中はお薬で、僕たちだけがお風呂なんてずるいのニャ~」
「いや、ずるいとかではなく、かなりひどい病状なので薬湯を勧めているんだよ。お薬だけだと、長引くことになるから」
「お風呂に入るくらいなら長引いた方がマシなのニャ!!」
「うっさい、あんたたち。こんな姿でも長引いていいっていうのっ!!」
フィナはポシェットから手鏡を出して、キャビットたちを映した。
鏡には、毛が抜け落ちて、皮膚が露出したキャビットたちの姿が映る。
「うにゃぁぁぁ! ひどいニャ。キャビットたちの心を傷つける所業ニャ!」
「その心を癒すために風呂に入れって言ってんのよっ! さぁ、どうすんの!?」
フィナとカインとキャビットは再び言い合いを始めた、
このままでは埒が明かないと思い私は彼らの間に入り、何とか話をまとめることにした。
内容は以下の通り。
・薬を塗布したガーゼに、フィナがキャビットの毛を模倣した薬用ウィッグ制作する。これで毛の抜け落ちた皮膚を隠してあげる代わりに、病状がひどい者は五日間、一日10分程度薬湯に浸かること。
・軽い者は塗り薬と飲み薬を併用して病気を治す。
・お風呂は嫌いということなので、フィナとカインが用意した薬が塗布された布で体をしっかり拭くこと。
・毛だまりが真菌の温床になるので、ブラッシングも怠らずに行うこと。
と、言うことで落ち着き、キャビットのお風呂抗議騒動は終わりを遂げた。
キャビットたちが引き揚げ、私はフィナとカインから簡単な報告を受ける。
猫カビは二人の想像よりも感染力が強いものだったが対処可能な範囲。
だから、用意しておいた猫カビ用の飲み薬と塗り薬を十分に渡し、予防策の指導をした。
薬の効果は一日ほどでわかり、十日後には綺麗な皮膚と毛を取り戻せるそうだ。
この報告のあと、二人は流動生命体のイラに興味津々といった態度を見せたが、イラの方が一枚も二枚も上手らしく、二人の熱い視線を軽くいなして余裕の微笑みを見せていた。
そうこうしているうちに、カオマニーから歓迎の宴の準備ができたと言われ、早速会場に向かう。
その際、イラに奇妙な忠告を受けた。
「心をしっかり持ってね。そうじゃないと寒くなるわよ~」
「寒くなる? 何がだ?」
「うふふ~、さあ、なんでしょう~? それじゃ、私も宴に参加しようかしら~」
イラは静々と歩き、宴の会場へ向かっていく。
その彼女の後姿を、フィナとカインが熱い視線をもって見つめ、あとを追っている。
「あの二人は……はぁ、イラに粗相がないように私が見張っていないとな」
だが、この心配は無用だった。
なぜなら、宴ではイラのことを気にかけている余裕がなかったからだ……。
――イラ
イラは背後に立つケントへ意識を集める。
(あの瞳にあるのって……そう、彼が世界の分水嶺というわけねぇ。未来を、運命を分かつ存在)
次に、彼女の意識は胸のポケットに入っている弾丸と腰の銃に向かう。
(絶対の弾丸に、必然と偶然に揺蕩う銃。それは偶然のベールに包まれ見事、切り札へ手渡された。これなら気づかれないでしょうね~)
意識をケントへ戻す。
(瞳の力。銃。弾丸。この三つが揃ったら、神も、それ以上の存在も消せちゃう。数多の世界で唯一、私を傷つけることのできる兵器。怖いわねぇ~。でもぉ、だからこそ対抗できる。ケント様は何も知らないんでしょうけど……まぁ、気づいたら台無しなんだけどねぇ)
評価を入れてくださり、ありがとうございます。
指先に宿る熱を創造の力に昇華して、これからも物語づくりに励んでまいります。