周辺の情報
――トーワ城三階・執務室
私は執務机の椅子に座らず卓に腰を掛けて足を組み、親父に尋ねる。
「それで、なにを持ち帰ってきた?」
「まずは主な周辺地域の基本情報です」
<半島に点在する、主な都市や町や種族の情報>
――半島南西に位置する大陸の玄関口アルリナ
人口・二万五千人。
兵力
陸軍・一千二百(警吏も含む)。うち、魔導兵は百程度
海軍・三百(警備隊レベル)
軍船数・中型船一隻。小型船五隻。(稼働率は低い)
港町でありながら海軍戦力が乏しいのは、アルリナに広がる海の治安はヴァンナス本国が担っているため。
経済の要は貿易と港の使用料。
交易品は魚介類や真珠など。
また、アグリスやキャビットやワントワーフからの商品を海を通して各地域に届けている。
――半島北東に位置するトロッカー鉱山
ワントワーフの種族が支配する領土。容姿は犬を二足歩行にしたもの。また、彼らを犬呼ばわりするのは非礼に当たる。
人口・八千
兵力――陸軍のみ・二千~?(成人したワントワーフは男女問わず全て戦士としての力を持つので、場合によっては全員が戦士となる)
魔導士はなく、格闘術を主とする。
経済の要は鉱石とそれを加工した金属類。
また、上質なガラス工芸品を作り出すことでも有名。
余談になるが、数多の種族の中でも無類の風呂好き・酒好き。
――半島の中央を真っ二つに縦断するマッキンドーの森
森は、最南端から半島と大陸を区切るファーレ山脈まで届く。
その森の大部分を治めているのは、森に棲む種族キャビット。
身長は1m程度と小柄で愛らしいものが多いが、見た目に反して好戦的。そうでありながら商売上手と変わった種族。
容姿は二足歩行する猫。ワントワーフと同じく、彼らを猫呼ばわりするのは非礼に当たる。
人口は二千前後。
兵力――陸軍のみで数は一千二百。うち、魔導士は一千。
こちらもワントワーフと同様に成人=兵士として見られる。
人間族と比べ腕力は弱いが、素早さ遥かに優れている。彼らはさらに、魔導と弓を得意とし種族でも有数の強者。
商売人で好戦的で手強いといった、敵に回すと厄介な種族。
その反面、金には弱いので、何らかの儲けがあるのならば彼らは無用に争いごとを起こすことはない。
また、気まぐれな部分があり、好戦的な割には途中で面倒になって戦い自体をやめたりするので、戦争になってもこちらが退けば、すぐに終息する
各地域に商売の情報網があり、彼らは世界を相手に商売を行っている。
だが、この半島においてはアルリナと犬猿の仲であり、港を使用する以外の交流はない。
――半島の北西に位置するランゲンの旧都『カルポンティ』
二百年前に存在していたランゲン国の旧王都。現在はアグリスの統治下にある。
人口・五万八千
兵力・陸軍のみ――数は五千。うち、魔導兵は一千。
兵力と言っても街の防衛を主とした兵たち。
現在、旧都は災害に見舞われ、復興に追われている。
――そして、半島と大陸を結ぶ玄関口『宗教都市アグリス』(元・ランゲン国の王都)
領主は存在するが、それ以上にサノア教の『ルヒネ派』の教祖・『フィコン』と『二十二議会』と呼ばれる者たちが大きな影響力を持つ。
この教祖と二十二議会こそがアグリスの実質的な支配者。
教祖であるフィコンはまだ、十四の少女だという……。
十四歳の少女を頂きに据えて、宗教的序列によって厳しい階級制を取る街。
階級は大まかに五段階
上級市民・マルブルグ
中級市民・ストミセス
下級市民・エリキア
奴隷・フィルス
忌避される存在・カリス
忌避される存在・カリス――彼らは神に仇なした末裔とされる存在。もちろん、そんな証拠も根拠もない。ただ、カリスの身分で生まれたというだけで、罪を背負っている存在とされる者たちだ。
カリスは、他の階級からの苦痛や心の痛みのはけ口とされ、理不尽な暴力を振るわれる。
その数は少なく、五百前後。
彼らは上級市民であるマルブルグたちによって人口を管理されている。
五百に管理されているのは経典において、五百人のカリスたちが神に反旗を翻したと言われているからだ。
もし、この数よりもカリスが減れば、妊娠を強制され、増え過ぎれば処分される。
彼らはまるで、家畜のような存在。
※他宗派においては教会に襲い掛かった、一賊徒として記されているのみ。
都市全体の人口は二百万以上
兵力・陸軍のみ――数は三十万。うち、魔導兵は五万。さらに大陸内部の周辺地域に領地を持ち、各地に兵力を置いている。
それらを合わせると、兵力は百万以上。
大陸に広がる周辺種族と対立しており、常に戦時。
現在は小競り合い程度だが、兵力は常に保持され、周辺種族を睨み続けている。
また、大陸側に広大な領地を所有しているため、農業工業ともにその生産力はビュール大陸一。圧倒的な経済力と軍事力を持つ都市。
―――――――――
主だった都市や町の情報を得て、親父に話しかける。
「アグリスの強大さが目に付くな。そして、異常さも」
「はい」
親父は自身の右胸を擦るように撫でる。
その動作は以前、小柄な戦士と会話の際、アグリスの名を口にしたときに見せた動作だ。
「親父は、アグリスと何か関係が?」
「えっ? いや、その~、まぁ、それなりに……やばい連中なので少しは」
親父は頭をぼりぼりと掻いて、アグリス相手には誰でも何かしらありますよ、といった風な態度をとっている。
だが、彼の様子から少しどころか深く関係しているように見える。
これを口に出さないということは話したくないのだろう。
そして、こういう男は話したくないことを言及しても決して話さない。
私はトーワとはご近所でありながら、いまだ交流のないキャビットに話題を移す。
「キャビットだが、アルリナと交流がないのか?」
「港を使用して商品は各地に運ぶ以外ないですね。事務的な関係といったところでしょうか」
「たしかに、アルリナで彼らの姿をとんと見かけなかったが……理由は?」
「原因はシアンファミリーです」
「ここで彼らが出てくるのか。なるほど、商売でのトラブルの結果というところか」
「はい、対立は先代からでして、結構根の深い問題ですぜ」
「しかし、そのシアンファミリーもいなくなった。そろそろ距離を縮めても良い時期だと思うが?」
「よろしければ、その橋渡しを買って出てみてはいかかでしょうか? 旦那はシアンファミリーを排除したお方。公式にそうではなくとも、キャビットの耳には入ってるでしょうから」
「彼らと交流を深める理由としては申し分ないな……それを薦めるということは、これは親父の目的に関係しているのだな?」
「さぁ、何のことやら?」
親父は爪先で無精ひげを引っ掛けるように顎下をぼりぼりと掻いている。
彼はワントワーフと交流を結んだ私を喜んだ。
次に、キャビットと交流を持たせようとしてる。
そして、アグリスに対する含みのある態度。
私に何をさせたいのかは見えてきたが、何故それをさせたいのかは不明だ。
「まぁいい。しかし、突然訪ねて仲を取り持つといってもアルリナとキャビット双方が受け入れるとは思えないが……何かあるんだろうな、親父さん?」
私は口元を緩め、片眉を跳ねる。
親父は親父で揚々と言葉を返した。