フィナという女性
――トーワ城・二階・南東部分
南東にある二階の部屋は上階の三階部分が崩壊しているため、壁も天井もなく床だけが残る。
城自体もまた、半島の南東側に位置する。
そのため、この部屋からは東に広がる海と半島の下を支える南側の海が良く見える。
「ほ~、素晴らしい景色だな」
「でしょっ。最っ高のオーシャンビュー! ここさ、このまましておかない?」
「ん?」
「石床はウッドデッキに変えて、お洒落なテラスみたいにするってどう? 別荘みたいな感じで」
「なるほど、悪くない。しかし、城なんだけどな」
「別にいいじゃない。別荘みたいなお城があっても」
「別荘みたいな城、か。それも面白い」
「でしょでしょっ。ウッドデッキにして、柵を作って、テーブルを置く。東側の海が見えるから、海から昇ってくる朝日を見ることもできるしっ。最高のモーニングを味わうことができるよ!」
「そうだな。南側も吹き抜けだから、最高の洗濯台にもなる」
「なんでそこで洗濯台なのよっ」
「性分で、つい実利に目が向いてしまうだけだ。だが……」
視界に広がる海。
潮騒が身体を優しく包み込み、心が緩やかに揺れる。
暖かな春の風が頬を優しく撫でる。
ささくれだった心が癒されるような思いだ……。
無意識に顔が綻んでいく。
その様子を見たフィナが柔らかな声を掛けてきた。
「どう、落ちつけた?」
「え? ははは、そういうことか……ああ、十分にな」
「正直大変だったもんねぇ。トロッカー鉱山で事故に巻き込まれ、魔族に殺されかけて、城に帰ったら勝手なことされてるし」
「なに、緩慢な日々よりかは刺激があっていい。これは君がよく口にしていることだったな」
「そうだっけ? いや~、でも、さすがに魔族七匹は焦ったなぁ。あれはちょっと刺激的すぎた」
「魔族か」
フィナはなんてことはないといった感じで微笑んでいる。
しかし、あの場にフィナがいなかったら、ギウの登場を待たず私とエクアは殺されていた。
私はフィナに真っ直ぐと身体を向けて、深々と頭を下げた。
「フィナ、魔族から私とエクアを守ってくれてありがとう。君がいなかったら、私はこの素晴らしい景色を拝むことはできなかった」
「ちょ、ちょっと、いきなり何よ。調子狂うじゃないっ」
「ふふ、君がここに連れてきたおかげで、心から棘が落ち、素直になっているようだ」
「なによそれ。もう~、ほんと、調子くるっちゃうなぁ」
プイっと、フィナは顔を海に向けて隠す。
だけど、隠してもわかる。彼女は頬を染めて、海と睨めっこしているに違いない。
普段とはらしくない雰囲気が、私とフィナを包む。
「美しい景色とは心を打つ。だから、つい、らしくない自分を見せてしまう。お互いに」
「む~、ここに案内したのは間違ってたかも?」
「あははは」
「もうっ、笑うな」
フィナは普段とは違い、顔を真っ赤にして年相応の少女の姿を見せた。
赤い夕陽が溶け込む海に浮かぶ、蒼玉色の髪。
私は、命の恩人たる少女にもう一度礼言い、さらに謝罪を加えた。
「本当にありがとう。私は君という人物を見誤っていた」
「ん、それって?」
「魔族と対峙したあの時、君は命がけで私たちを救おうとしてくれた。フィナ、君は勇気と優しさを兼ね備えた女性であった」
「ちょ、ちょっと、だからそういうのやめてって……ん、待てよ。その前はどう思ってたの?」
「才に溺れた不遜で生意気で礼儀知らずの女」
「おいっ」
「だが今は、それらの欠点を補うことのできる心を持つ女性と思っている」
「ありがとう、って言いたいけど、欠点は残ってるのね……」
「その部分は治した方がいいと思ってるからな。だが、君に対する見方は大幅に変わった。君の性格は欠点ではなく、魅力なのかもしれない」
「ふふ~ん、好感度上昇ってわけ? 今回は何点くれる?」
「そうだな……二十ポイント」
「そこは百点よこしなさいよ」
「わかった、百点だ」
「やったねっ」
「一万点中な」
「このやろっ」
「あはは」
「もう、ふふ」
潮騒に混じり、霞立つような笑い声が合わさる。
だが、フィナは不意に笑いを消して、申し訳なさの混じる悲し気な雰囲気を醸す。
「一万点中の百点か……それでももったいないかも」
「え?」
「だって、魔族の件は私にも責任があるし」
「何故だ?」
「私がここに訪れなかったら、遺跡を見たいと言わなかったら、魔族に遭遇することもなかった……」
「それを言うなら街道を見たいと言い出した私の責任だろう。第一、未来が見えない以上、自分を責めるのはおかしい。それに、遭遇して良かったんだ」
「どうして?」
「あそこで私たちが遭遇しなければ大勢の誰かが犠牲になっていた。一匹は逃してしまったが、被害を大幅に抑えることができた」
「そう……そっか。そう考えることもできるか」
「ふふふ。どうやら、海の景色はらしくない君を引き出しているようだ。普段の君なら魔族と出会ったことを楽しみ、退けたことを誇っていたはず」
「ええ~、そこまで私傲慢かなぁ?」
「傲慢だぞ。そして、不遜で生意気だ」
「もう、またそれを言う……」
彼女は小さなはにかみを見せる……だが、そこから表情をスッと真面目なものに変え、視線を私の銀眼に合わせてきた。