4 俺の名前はユイナじゃないです
「ユイナさんですね、可憐な見た目に合った可愛い名前ですね。」
トウコと名乗った少女がその凛とした表情を崩し、笑顔になった。その笑顔は突然降って湧いた恐怖を溶かすほど慈愛に満ちた笑顔だった。
「あっーで、でも ユイナじゃないですけど・・・」
「違うのですか?」
いや、この姿は確かにゆいなちゃんだけどーでもでも俺は俺だし・・・
やばい、混乱してきた。もう、なにがどうなってこんなことになったんだ!?
「スライムに襲われて混乱してるのですね、お可哀そうに」
そういうと彼女は俺の頭をふわりふわりと撫でてきた。
ードキドキ。
「うぅ・・・あぅ・・・。」
「ふふっ・・・真っ赤になってとってもいじらしいのね。」
彼女はさらにやさしくなでる。
すいません、女性慣れしてないだけです。コミュニケーション能力が低いだけです、はい。
こんなことなら前世でもっと女の子と仲良くしておくべきだったかもしれない。・・・すいません無理です、なんど同じ人生を歩んでも無理ゲ―ってやつですごめんなさい!
「それで、ユイナさんはどうして武器も持たずにここにいたのですか? 先ほどのスライムよりもっと強い魔物もこのあたりにはいるんですよ? 危ないじゃないですか。」
トウコさんのその言葉にはっとする。そうだ、俺・・・結局、なんでこんなところにいるんだっけ。
あの女神なんにも説明してくれてないじゃないかー!?
「えっと・・・そもそもここは・・・どこでしょうか?」
俺はトウコさんに恥をしのんで聞いてみることにした。
「え・・・あなた、もしかして!?」
俺の言葉にトウコさんがなにかに気が付いたようだ。
どうしよう、もしかして俺が転生者っていうのがバレたのか!? そもそも助けてくれたけど、もしこの人が転生者を退治する敵側だったとしたら完璧ピンチじゃないかー!?
「記憶喪失なの!? 可哀そうに!!」
あーですよね、さすがにそうだとは思ってました。この人すごいお人好しそうだもんな、
でも、記憶喪失か・・・うん、案外使える手かもしれないぞ。
「そ、そうかもしれません・・・ココハドコ ワタシハダレー?」
自分のあからさまな演技の下手さにちょっとだけ凹んだ。
チラッと、彼女の顔色をうかがう。
「うぅ・・・可哀そうに・・・グズッ・・・」
号泣してらっしゃるー!? え、えぇ・・・このひと純粋すぎだろー!
「ごめんなさい、えっと、えっと泣かないでください!」
女性の扱いに慣れてない俺はどうしていいのかオロオロしてしまう。
そのとき、ふわりと甘い匂いがすると気が付いたときには彼女にハグをされていた。
彼女のちょっと柔らかい胸の感触に頭が真っ白になった。
「わ、わだじが、まぢまでおまもりじまずーー!!」
彼女の涙でぐしゃぐしゃになった顔 あらら鼻水まででてる・・・
凛とした顔が台無しだった。
「わ、わゎー!?」
俺の身長はトウコさんより低く自分が女性になっているのを嫌でも痛感したし、その身長差で俺は彼女の胸に顔をダイブしてしまっているし、もう収まりつかないぞー!?
「きゅぅ・・・」
意識が遠くなるのを感じた。あれ、もしかして俺死んじゃう?おっぱいに窒息させられて死んじゃうのか・・・それはそれで後悔はないかも、えへへ・・・
俺は真っ赤になって鼻血をだして意識を失った。
*
「本当にごめんね、ユイナちゃん。」
「い、いえ、気にしないでください・・・。」
それから気が付くと、トウコさんが木陰で膝枕をしてくれていたことにはびっくりしたけど(慌てて起きてトウコさんと頭ぶつけた)落ち着いて話ができるころにはすっかり打ち解けていた。
「でも、もう大丈夫よ、お姉ちゃんが守ってあげますからね!」
「お、お姉ちゃん?」
ちょっと甘美な響きにドキッとする。
「そう、なにもわからなくて不安でしょう?、思い出すまで私がユイナちゃんのお姉ちゃんだよ!」
腰に両手を当てえっへんとポーズを取るトウコさん。最初の凛とした印象がいまではもう見る影もなかった。デレデレとしたその顔はちょっと締まりがなくそれでいて花の咲くような笑顔で正直親近感を覚えた。
「だ、だめなのかなー?」
見とれていたため俺の返事がなかなか出てこなかったことに不安を覚えたのか
彼女はウルウルと瞳を震わせる。このひと、すごい喜怒哀楽の激しいというか表情豊かな人だな。
「だ、だめじゃないですー!」
俺もなにオーケーだしてるんだよ!まぁ、前世ではひとりっ子でお姉ちゃんとか憧れてたけど、でも見ず知らずの人をお姉ちゃんって!
「ほ、ほんと!? 良かった〜 えへへ」
まぁ、彼女がそれで満足ならそれもいいかな。
「よろしくねー!ユイナちゃん!!」
こうして、初対面の女剣士のトウコさんを仲間?お姉ちゃん?にして俺たちは城のある町まで街道を進むのだった。