新婚旅行2日目
水の妖精亭に宿泊して2日目。
「ん、んん……」
障子を透過した優しい陽光と畳の匂いで目を覚ました。
重い瞼を擦りながら周囲を見渡せば、そこには見慣れぬ和室の風景が広がっていた。
そういえば、新婚旅行に来ていたんだっけ?
久しぶりにベットではなく、床布団で寝たんだった。その為か、身体がとても固くなっている。
とりあえず、上半身を起しストレッチを……。
「重い」
起き上がろうとしたが身体にかかる重みを感じ、視線を下げた。
俺の左腕ではマリーが絡み付き、腹ではアイリスがうつ伏せで寝ていた。なら、起き上がれないよな。
「………」
仕方ない。2人が起きるまで待つか。そのまま、一眠りするのもいいな。俺は、再び微睡みに身を任せた。
「ん……」
マリーから動く気配を感じる。彼女が目を覚ましたのだろうか。
「ここは……そうでした。旅行に来たのでしたね」
うん、やはり起きた様だ。俺も起き……。
「ユーリさんとアイリスは、まだ寝ていますね」
「………」
イタズラ心が働いて、寝たふりをする事にした。
「……ちょっとくらいのイタズラなら許されますよね?」
ほう、マリーは俺に何かする様だ。
「ユーリさん。大好きですよ。……んっ」
頬に触れる柔らかな感触。今や慣れ久しんだマリーの唇だ。
何、この可愛い生き物。なら、お返しをしなければ。
「当然。仕返しも覚悟の上だよね」
「えっ?」
身体は、アイリスが覆い被さっていて動けないが、腕はマリーが起きた事で自由の身にある。俺は、マリーに手を回し、彼女を引き寄せた。
「起きていたんですか?」
「うん。2人が気持ち良さそうに寝ていたから起きれなくてね」
「確かに、アイリスが覆い被さっていますしね」
「それより、覚悟は良いかな?……んっ」
マリーの頬に両手を当て、唇に軽いキスをした。
「んっ……。朝から大胆です」
「先にしたのは、誰だったかな?」
「うう……ユーリさんは、意地悪です」
「どういたしまして」
「褒めてませんよ。……もう一回、して貰っていいですか?」
「良いよ」
「んっ……」
「………」
「………」
キスの余韻に浸り、自然と沈黙が訪れた。人を好きになるって凄いな。この沈黙すら心地良い。
「2人だけでイチャイチャしてる」
「おっ、アイリスも起きたのか?」
「うん。ユーリ。私にも目覚めのキスをして〜」
「良いよ。アイリス、おはよう……んっ」
「んっ……ユーリもおはよう」
アイリスにも軽くキスをした。朝から大人のキスをすると俺が暴走しかねない……。
ここ屋敷じゃないから欲望に身を任せて、爛れた生活を送っても問題ないのでは?
「おはようございます。お客様、起きてらっしゃいますでしょうか?」
家と同じで起こしに来る人がいるから無理そうだ。
「この後の予定、どうする?」
朝食の和食? を食べながら、アイリスが聞いてきた。
「あ〜っ、1つ提案があるんだが」
「何なに?」
「その前に、まず確認。俺たち、個別にデートした事あったっけ?」
「そういえば、無かったね」
「私も無いです。基本、留守番でしたし」
「「すみません」」
俺たちは、マリーに寂しい思いをさせていた事に、この前まで気付いていなかった。
「じゃあ、個別にデートするの?」
「うん。俺たちの観光出来るのは全部で3日。最終日は、転移で帰るから限界まで居れるしね」
「という事は、今日からですか?」
「今日は、皆で回って、個人で気になった場所にデートで行くのはどうだろう?」
「良いと思う。それなら被る事もないだろうし」
「好きな所に行けるのは、デートの醍醐味ですもんね」
「うん。それで順番なんだけどーー」
「それなら、マリーからでいいよ」
「「えっ?」」
「私は、ユーリとあっちこっち行ってるからね」
「マリーは、どうだい?」
「アイリスが、それで良いなら問題ないです」
「ok。それでいこう」
俺たちは、飯を食って街に出た。
サントリアンは、観光都市なだけあって露店や土産物屋が多い。
眺めて回るだけでも、なかなかに面白いが、入ると段違いだ。
色々な物が気になってしまうし、誰かの為にお土産を考えるのは面白いし、楽しい。
「これ、リリスとかにどうだ?」
「ああ、確かに。この前、折れたって言ってたしね」
「でも、お土産に木刀ってどうなんでしょ?」
「俺のいた所なら男子に人気だったな」
俺は、異世界でも土産物屋に木刀がある事に感動した。
俺も別にたいした用途がある訳でもないのに、修学旅行で買った組なのだ。
サントリアンの中心には、竜王国随一の大きさを誇る湖が存在していた。元々、この湖を囲む様に産まれたのが、この街なのだ。
湖は、遊泳禁止ではないので、海水浴ならぬ湖水浴が楽しめる。
俺たちは、湖側の店の1つにやって来た。そこでは、水着をレンタルする事が出来た。なら、する事は1つだろう。
「一、ニ、三、四ッ!五、六、七、八ッ!……っと、ふ〜う、こんなもので良いだろ」
ストレッチを終えて、俺は軽く息を吐いた。視線は、湖に向けられる。
湖の透明度は、素晴らしく水底が確認出来る程に澄んでいる。
また、背後の林が奏でる草木の音も心地良い。
「他の皆を今度連れて来ても良いな。転移門なら直ぐだし」
今後の事を考えながら、ひとり呟いていると。
「ユーリ! 着替えたよ!」
アイリスの軽快な声が聞こえてきた。
「お待たせ〜!」
「大丈夫、そんなに待って……」
振り返った先で、俺は目を奪われた。
アイリスは、活発的な印象に合わせた蒼のビキニを身に纏い、照れ臭そうな微笑みで佇んでいた。
夜、色々着て貰っているが、そういう目的以外で見る事に、俺は慣れていない様だ。
「ユーリ?」
「ハッ!……すまん、見惚れていた。凄く似合うな!」
「もう、ユーリったら!最高の褒め言葉だね!」
「うん? マリーは?」
「マリーは、あそこ」
アイリスの指す先には、木の背後に隠れたマリーの姿があった。
「どうしたの、あれ?」
「水着を見られるのが、恥ずかしいんだって」
「えっ、何、その可愛い理由」
露出趣味だから堂々と出てくると思ったのに違った。
「だよね。マリー、ほらおいで」
「あっ、ちょっと、アイリス!?」
アイリスに引っ張られて、マリーが出てきた。彼女の落ち着いた印象に合わせた白いワンピースの水着でフリルが沢山あしらわれている。
その水着は、お姫様のマリーによく似合っていた。
「グッジョブ!似合ってるよ!」
「うう……」
マリーは、恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
「さて、目一杯遊ばないと損だな!遊び尽くそう!」
「よーし、泳ぐぞ。ユーリ、勝負しよう!私、強いからね」
準備運動もせず湖な入って行くアイリス。
「お〜い、アイリス。準備運動を忘れると足をつるぞ」
「そうです。ケガしても知りませんよ。さぁ、一緒に準備運動しましょう?」
マリーは、素直に行う様だ。地面に座り、足のストレッチを始めた。
「一、二、三……ッ!?」
「どうした、マリー!?」
「つ……」
「つ?」
「つりました……」
「………」
「ねぇ、ユーリ。準備運動でつってるけど? マリーは何を忘れたの?」
「……準備運動の準備かな?」
「ううぅ〜〜っ」
足がつった痛みに耐えるマリー。それを見ていたらつい、悪戯心が湧いてきた。
「「………(つんつん!)」」
「〜〜〜〜っ!?」
足を突っつくとマリーは声にならない悲鳴を上げた。というか、アイリスもするとは思わなかった。
「あっ、つい。マリー、ごめんね」
「悪い。俺もだ。すまん」
「……次」
「次?」
「次、足がつった時は覚悟して下さい。絶対同じ事しますからね!」
「私は、こうならない様にちゃん準備運動しよう」
「……そうしてくれ。マリー、足がつった場合は、その部分をゆっくり伸ばすと良いらしいぞ。ほら、足を貸して」
マリーの足を取り、手でゆっくり伸ばしてあげると。
「〜〜〜〜〜っ!?」
マリーは、再び声にならない悲鳴を上げた。彼女は、痛みを堪える方なのだろう。
「どうだ? 少しは、よくなったか? それとも魔法使っとくか?」
「はい、大丈夫そうです。それに軽い事でも魔法で癒すと耐性が出来ますし」
「そうだな。……でも、今から遊ぶからやはり確実に治そう。癒。よし、これで大丈夫だ。気を付けてね」
「ユーリ!マリー!水気持ち良いよ!」
アイリスは、さっさと準備運動を済ませ、湖に入っていた。
「俺たちも行こう」
「はい!」
俺たちは、アイリスの元へ駆け出した。
その日、日が暮れるまで湖で遊び尽くした。