エリシオンへ向けて船の旅
商業都市ウェンに着いた翌日には、首都エリシオンへ向けて出発した。
道中は、馬車による陸路ではなく、船で河路を行く事になった。
ラグス王国は、水が豊富な事も有り、河川の整備に力を入れている。その為、各街に水路での移動が可能になっている。
また、商業メンバーと荷物は、首都エリシオンと商業都市ウェンに分けられた。両方で商売するらしい。
それに伴い、護衛も分けた。
首都エリシオン組は、『紅蓮』と『オラクル』。
商業都市ウェン組は、『ガドナー』と『カルダーゴ』が担当する。
「主様……お願いですから側を離れないで」
イナホがさっきからずっと服を掴み、少し涙目な上目遣いで訴えてくる。
何、この可愛い生き物!
「大丈夫、大丈夫。何処にも行かないよ」
イナホは、水に浮かぶ乗り物は初めてらしく怯えている。いつもの丁寧な口調が崩れているのにも気付かない程に。
「お願いです。ほんとに何処にも行かないで。地面が安定しなくて怖いの」
歳相応の喋り方でたまには良いな。気を許した感じもするし。
元々、この世界で地震が起こる事は滅多にない。地面が安定しないって経験はそうそうしないのだろう。
「リリアとギンカは、平気なのな」
「私は、船で漁もした事が有りますので」
「浮いておけば問題無いのでは?」
「「「はい?」」」
今、意味の分からない返しをされたのだが、どういう事かな?
「自分への重力を調整し、数cm浮いているのです」
飛行という飛行の魔法があるにはあるが、それが無くても飛べるのか。
「器用だな」
「ただ、魔力が少し心許ないですね。魔力供給をお願いします」
「えっ……ここでしろと?」
「はい」
「夜まで待てない?今じゃないと、ダメ?」
「今、お願いします」
そう言って、俺にしなだれかかるギンカ。今、ここでやらせる気だ。
ギンカの言う魔力供給は、経口摂取による体液交換のことで……。
「ここで魔物体になっても?」
「それは騒ぎになるから止めて下さい!?」
「なら、やるべきです。それに、嫌いではないのでしょ?」
「それは、そうだが……。せめて、人目のーー」
チュッ。ギンカに唇を奪われた。
あっ、この流れは不味い。周囲に人払いと認識阻害の魔法をかける。あぁ、何故か、こっち系の魔法ばかり覚えるな。
キスをし続ける事、約5分。魔力も気力もしっかり吸われてしまった。うう……、恥ずかしい。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
ギンカは、満足した様だ。ホクホク顔をしている。
「「………」」
ギンカとのやり取りを、一切喋らずにじぃ〜っと見ていたリリアとイナホ。
「……言いたい事があるなら聞こうか?」
「では、私たちにも同じ事を要求します」
「夜には、してるよね?」
「主様、昼から堂々とやってみたいです。ダメですか?」
イナホの上目遣いお強請り!? くっ、心が折れそうだ!!
「……たっ、ただのキスで勘弁してくれ。俺だって恥ずかしいんだ」
「「え〜〜っ」」
「それに、本気でやり出したらキスだけで終わらないだろ。特に、リリアとかは」
「まぁ、否定しませんよ」
昔、リリィに聞いたエルフに関する都市伝説。それは、エルフとサキュバスが近縁種であるというもの。実際の所、全く関係がない。
どちらかというと妖精や精霊の方が近い。というか、ハイエルフは精霊を祖先に持っている。だから、関係無いのは事実だ。だが、この都市伝説は根強く残っているそうだ。
まぁ、そう思うのも分からなくない。エルフってのは……まぁ……その……うん。ヤバい。
もう想像にお任せするよ。ただ貪欲なのだと言っておこう。
「とりあえず、座ってナイツでもしようよ」
船の移動は、暇なのだ。水路には、魔物が棲息しておらず、賊も出ない。一応、警備はするが今は『オラクル』が担当している。
椅子と机を置いて、ナイツを出す。
「あら、今からやるのですか?私も混ぜて貰っても?」
カリスさんが、タイミング良く通りかかった。
「状態チェックは、終わったのですか?」
船に乗ってから荷物の再確認と状態チェックをしていた。
「問題なく終わりました。移動が早かった分、痛みも少なくて済んでいます」
「それは、良かった。なら、ご一緒にどうぞ。ついでにルールを教えてくれたら助かります」
正直、ちょうど良かった。ルールとかをまだ良く知らない。詳しい人がいるのは、助かる。
「なるほど。分かりました。では、駒の動かし方から」
『ナイツ』の駒の動きは、チェスと変わらない。
違いがあるとすれば、キャスリングという方法がないのとプレイヤーが一度だけ使えるスキルがある事だ。
「『王権発動』というスキルが使えます。自軍全ての駒を同時に1マス前進または後退させる事が出来ます」
「それ強くない?」
「強いですよ。でも、お互いに一度だけ使える大技ですから使い所が肝心です。下手に使うと相手の中で孤立しますし。後半まで残し過ぎると兵が減り過ぎて効果が今一つになります」
「なるほど。理解出来ました」
実際にやってみる。
俺とカリスさん。リリアとイナホ。ギンカは、見学だ。
2つだけで良いので木のナイツを使用した。
やる事、10分。
「ふふっ、甘いですわ!レガリア!!」
「良いのか? 取るぞ?」
「どうぞ。しかし、良く見て下さい。割に合って?」
「なぁ!?確かに取れる!しかし、俺が取れるのは弱い駒だけだ!」
「私は、その逆に強い駒しか取れません。さぁ、覚悟はよろしくて?」
「くっ!?だが、このままやられてなるものか!!」
「良いでしょう。その抵抗を摘み取って差し上げましょう」
カリスさん、ナイツをやると性格が変わる。こっちが素か?
俺たちは、2人でめっちゃ楽しんだ!
少しカリスさんが強いが、ただのチェスはそこそこ出来るので良い勝負になった。
リリアとイナホはというと。
「負けました……」
「これで3勝目です」
リリアは、イナホに3度も負けていた。早くない?
「もう一度!もう一度だけ!」
泣きそうになりながら懇願している。
「……分かりました」
もう一度やるようだ。
「ギンカ。あれ、どういう状況?」
ギンカを近くに呼んで聞いてみた。
「リリアがムキになって挑んでくるので読みやすく、イナホはそれを確実に仕留めてます」
「それで直ぐに終わるのか」
そのままじゃ、イナホに勝てないな。とりあえず頑張れ!
そんな風に暇な時間は、ナイツを楽しんだ。
明日には、首都エリシオンに到着する。