ギンカ
砂クジラが、砂漠を優雅に泳ぐ。
砂クジラを倒さねば。
私は、砂クジラに牙を立てた。
砂クジラに支障はない。
山にとっての1本の木。微々たるものだ。
砂クジラが横に動く。私は、それで飛ばされた。
身体を衝撃が包み込む。
牙がダメなら爪でいこう。
再び、私は飛ばされる。
それでも砂クジラを倒さねば。
私の大切な友とも家族とも言える者たちを喰らった!
この地に住む狼型の魔物カースウルフ。
その集団に身を置かせて貰っていた。
というか、襲われたので返り討ちにしたら懐かれてボスになってしまった。
帰る場所の無かった私に出来た居場所だった。
なのに、その場所を奪った!このクジラは!!
砂クジラは、私の動向に一切目を向けない。
……奥の手を使おう。
私が使える最大最強の魔法。
重力衝撃波。
巨大な重力波で敵を押しつぶす技だ。
過重力圏が砂クジラを包み込む。
されど、砂クジラは健在だった。
魔法緩和の能力を持つ為か?
砂クジラの固有能力だ。
ほぼ、無傷に近い。腹が立つ。
……意識が飛びそうだ。
ありったけの魔力を込めたからだ。不味い。
さすがの砂クジラも私に気付いた。
だけど、私は動けない。身体が限界だ。
……何もしないよりはマシだろ。
残りカスの魔力で転移する。
200mほど離れたが、砂クジラには影響ない。
ダメか……。私は、死を覚悟する。
フワッと風が吹いた。
匂いが漂って来て懐かしいと感じた。
今は亡き、お母様に似た匂いだ。
「グオォーーン!」
砂クジラの雄叫びが聞こえる。その背には、人がいた。
砂クジラは、払い落とす為なのか、飛び跳ねた。
そして、飛んだ空中で3つに裂けた。
人の手には、剣がある。それで斬ったのか?
人は、砂クジラが地面に着く瞬間、共に姿を消した。
私の戦いは、終わった。
私は、癒やす為に近場のオアシスへ足を向ける。
身体が重い。砂漠の中を少しずつ歩き続けた。
渇く。喉が渇く。
2日歩いて、まだ遠い。
それでも歩む。懐かしい匂いが強いからだ。
途中から匂いに誘われる様にオアシスへ向かった。
見えた事で気が緩む。
オアシス目前で意識が落ちた。
パッシャ。
液体をかけられて目が覚めた。
目覚めたのは、テントの中だ。
私の世話をする男がいる。
彼は、懐かしい匂いを纏っていた。
「………」
呼びかけようとして、声が出ない。
魔力が一切残っていないのだ。
これでは、魔法で喋れない。
だから、どんな質問も反応出来ない。
名前を聞かれた。言えないのが辛い。
「俺なら、銀華」
『貴方の名前は、ギンカ』
お母様の言葉と被って聞こえた。
奇しくも同じ名前であった。
意味は全く違うけれど。
お母様は、当時の銀貨に描かれた犬の絵柄から取った。
彼は、私の毛並みから取った様だ。
されど同じ、ギンカになった。
聞かれた私は、ただ鳴いた。
今は、これしか出来そうにない。
名前が此度もギンカになった。
その夜、飲まされた液体で全てが癒えた。
……この恩をどう返そう。魔力も少しは戻ってきた。
とりあえず、従魔契約を行っておこう。
どちらかが拒絶すれば解消される、対等な従魔契約を。
彼は、無意識だが受け入れてくれた様だ。
その後、風呂に入れられた。
何十年振りの風呂だろう。
心が落ち着く。
私は、風呂好きなのかもしれない。
風呂は、そうそう無いので知らなかった。
彼の行動を見る。
配下の娘と交わったらしく色々な匂いがする。
私は、これだと思い、魔法を使った。
*******************
「ーーという流れです」
「そういう流れか……」
俺たちは、朝食を食いながら理由を聞いてみた。
周囲の視線が気になるが、仕方ない。
商隊にいきなり美女が現れれば、目が向くというもの。
「で、恩返しが性交ってどうなの?」
「? メスがオスの子を産むのは最高のお礼だと思いましたが?」
「どんだけ男に優しい世界なんだよ!」
この世界、女の方に余裕がある。
「それがダメでも大丈夫な様に、従魔契約もさせて頂きました」
「まぁ、本人に拒否権あるから良いけど」
「良いんですか!?」
カリスさんにツッコまれたよ。ってか、何でいるの?
「また、騒ぎになってたから来たんですよ」
笑顔だけど怒ってますよね?
「……ご苦労様です」
「誰のせいでこうなってるんでしょうね」
すみません、俺です。
「とりあえず、魔物としてではなく、人として同行する事になりました」
「……もう、好きにして下さい」
どうやら、諦めの境地に達した様だ。
朝食後、砂漠を再び移動開始。
ここから商業都市ウェンまで後2日。
今の所、敵影なし。時間に余裕が出来た。
「カリスさん。ちょっとーー」
「好きにして下さい」
話す前に許可くれたよ。
「……怒ってます?」
「怒ってません。ただ、諦めただけです。ユーリさんを普通の冒険者と一緒にしてはダメだと」
これは、何かしらでフォローしといた方がいいな。
ついでに連れてくか。
「分かりました。許可も出た様なので実行します。今からするのは、バレたらマズいので内密にお願いします」
「今回は、いったい何をなさるのですか?」
「ギンカを皆に紹介しようと思いまして。ついでに、カリスさんを私が家の温泉にご招待します」
「はい?」
「リリア、イナホ!一時、頼むね!呼べば戻って来るから何かあった呼んでね」
「「は〜い」」
長旅のおかげで少し砕けてきた。これは、良い事だ。
「では、開きます」
馬車の中に転移門を作成。
行き先は、私が家の玄関前。
「はぁ!?」
「では、行きましょうか。ギンカもおいで」
「はい、ご主人様」
2人を連れて家に入った。
*******************
温泉にいった人間。確か、カリスと言ったか?
私は、彼女が羨ましい。
ギンカは、そう思った。
今、私は強大な魔力を持った化け物の前にいる。
2人からは、私とは比較にならない魔力を感じる。
魔力量は、ご主人様と同じくらいだが、性質が全く違う。
ご主人様の魔力は、静の気質で優しく包まれる様な感覚と安心感がある。
共にいて落ち着くのは、これも影響している。
それに対して、この2人は動の気質で全てを呑み込む竜巻の様な荒々しさを感じる。
エンペラースライムのアイリス。
竜種のマリアナ・ヴァーミリオン。
彼女らが何かすれば私は直ぐに殺されるだろう。
「俺の奥さんたちだ」
ご主人様の番なのだと言う。
ある意味、尊敬に値する。
「ご主人様の従魔と成りました、ギンカです。以後、お見知り置き下さい」
2人に従魔で有ることに対して許しを乞う。
ご主人様に従順に従うので赦して欲しい。
もしもの時は、ご主人様に助けて頂こう。
少しの間だが、女や子供を見捨てない方だというのは分かる。
「私と同じ魔人だ!仲間だね!よろしく!」
「フェンリスヴォルフですか?これは、また、珍しい種族を。さすが、ユーリさんです」
反応は、あっさりしたものだった。
普通に受け入れられた。
「魔物体って、犬型でしょ。後で、モフらせて」
「私も触らせてくれませんか?」
「お望みとあらば喜んで」
ただし、尻尾の付け根は止めて頂きたい。
そこを触られると力が抜けるので。
その後、他の娘たちにも紹介された。
どの者も私を受け入れる。
「ギンカ。君は、今日からうちの家族だ。仲良くする様に」
涙が頬を伝う。
クジラに奪われ空いた心が満たされる。
私は、新しい家族を手に入れた。
ご主人様に忠誠を。
私に帰る場所を下さり感謝します。