ロゼットの長い1日
私の名前は、ロゼット・トリーアス。
商会ギルドの副会長を務めている。
商会ギルドの仕事は、主に仲介だ。
店と店を繋ぐ役割をしている。
また、街における営業権の管理を行っている。
商会ギルドに登録せず、店を出すのは違法になる。
その為、登録が絶対必要だ。
登録費、年会費、仲介料。それらが商会の利益になる。
他にも色々あるが本命はこっちだろう。
そして、これらに関する書類は、膨大で1日かけてギリギリ終わるか終わらないかというくらい積まれる。
なのにその日は、珍しく直ぐに全てが片付いた。
まるで空気を読んだように。
「副会長!大変です!」
「どうしたんだ、ミラ?」
彼女は、ミラ・キャンベル。
うちの人気ナンバーワン受付嬢だ。
彼女が居ると商談もよく進む。
「大変なお客様が現れました。この冒険者ギルドのカードを見て下さい」
彼女から渡されたのは、白銀のカード。
「Sランク冒険者か。して、名前は……!?」
思考が停止した。
ヴァーミリオン。
竜種の名前だ。
「相手は、竜か!?」
「いえ、それが紅いコートを羽織った普通の男性でした」
「しかし、ヴァーミリオンを名乗っているのだぞ!竜種でも無いのに名乗るとは、喧嘩を売る様なものではないか!」
「どうしましょう?」
「至急、冒険者ギルドに確認を取ろう。名前と特徴を伝え、竜種との関係を聞こう」
結果、本人には間違いないが、竜種との関係は誤魔化された。
「仕方ない。直接会おう」
ミラと共に彼に会いに行った。
印象は、何処にでも居そうな普通の青年に感じた。
だが、妻が竜種ということだった。
対応を誤ると竜種を怒らせかねない。
最上級の対応を心掛けよう。
貴族用の応接室に案内した。
彼の要件は、作物の買取り。
虚空から作物の一部を取り出し見せてくれた。
アイテムボックス持ちか。
商人としては、羨ましい。
籠の中には見知らぬ作物が多く見受けられる。
「どうぞ。手に取って下さい」
そう言われたので遠慮なく確認する。
既存の物は、どれも状態が良い。
味は食べて見ないと分からないが、経験から良質だろう。
知らない物は、どうしようもない。
「食べてみますか?この果物なんか手で皮を剥けるので直ぐに食せますよ」
ミカンという物をススメられた。
実は柔く、皮も薄い訳ではないが柔らかい。
皮を剥くとオレンジ色の実が出てきた。
一口食す。
強い甘さと仄かな酸味が弾けて広がる。
うっ、美味い!
「こっ、これは!?みっ、ミラ!!」
後ろに控えていたミラを呼ぶ。
「君も食べてみてくれ!」
「えっ、良いのですか?」
「あぁ、私の味覚がおかしくないか知りたい!構いませんね?」
私の味覚に問題ないか、彼女で見てみよう。
ユーリさんからの許可も出た。
ミラの実食開始。
口に含んだ瞬間、彼女の蕩けた表情が見て取れた。
これは、確実に売れる!
交渉の結果、1個金貨2枚の買取りになった。
もう少し高くても良かったが遠慮された。
他の作物に関しても、同様の可能性がある。
「他のどうします?コンロとか有れば、簡単な調理をお見せ出来ますけど?」
願ってもない、チャンスだ。
「お願いします。知らない物が殆どですので」
この商会で出来る環境と言ったら……。
「では、食堂に行きましょう。そこなら器具も揃っていますし」
「試食に何人か、呼びますか?」
ミラがそう提案してきた。確かに、他の意見も聞きたいな。
「そうだな。役職を数名捕まえて来てくれ」
ギルド買取りになるかもしれないから、知らせねばならない。
食堂へと移動する途中、ついて来る人が増えた。
商人は、情報が命。
ユーリさんの事を知ってる者がいた様だ。
食堂にて、実食開始。
どれもこれも美味しいものだった。
特に、フライドポテト。これは売れると確信出来た。
グランドベアの肉。
彼の昼飯を分けて頂いた。
Sランク冒険者でも苦戦する為、まず出回らない品だ。
その料理の一部を分けて貰う為に金を払うことにした。
私の軍資金は、金貨80枚。
皆が参加するだろうと思い、最低価格を勝手に決めて提示した。
予想通り進んで、オークションになる。
「馬鹿!グランドベアだぞ!40枚だ!」
その声で、他の面子は降りた。
「金貨50枚」
私は、一気に値段を上げ提示する。
ここからが勝負だ!
「ごっ、52!」
おや? 相手は、ここいらが限界の様だ。
私は、まだまだ余裕。
「53」
「54」
「55」
「くっ!?降りる」
私がグランドベアを金貨55枚で競り落とした。
味は、意識を持っていかれる程、美味かった。
実食も終わり、取引が始まる。
殆どの商品が金貨での対応になったが、問題ないだろう。誰も彼も、その味に満足していたから。
買取り金額の合計は、金貨123枚。彼の都合も有り、大金貨1枚と金貨23枚になった。
良き取引だったと思う。
お互いに満足したので家を聞いてみた。どんな畑なのか気になる。
会話の結果、転移で連れて行ってくれる様だ。助かる。
帰りに買い出しして帰るそうだ。選ぶのを手伝ったら夕食をご馳走してくれるとあって張り切る。
任せて下さい。自信有ります。
場所は、市場でしょうか? オススメの店もありますよ。
……場所は、港町ベレチアだった。
はぁあ!?
世界が突然切り替わるという初めての経験をした。
そして、無理やり冒険者ギルドに連れて行かれた。
そこで、ギルドマスター、トカレフさんに会う。
なんでも、湖で異変があったらしくユーリさんにクエストが発注された。
「あそこにキングビーバーが巣を作ったらしいから狩って来てくれないか?」
「直ぐにいってきます。彼は、置いていきますのでよろしくです」
「ちょっ!?ユーリさん!!」
私の戸惑いも虚しく、ユーリさんは既に転移で消えていた。
私の聞き間違いだろうか?
キングビーバーと言っていなかったか?
暴食鼠の名を持つあれと。
キングビーバーは、なんでもかんでも食し、その骨が寄り集まって巣が形成されると聞いた事がある。
確か、危険度はA+だったはず。
「キングビーバーの危険度はA+と聞いた事があるのですが……」
「あいつなら大丈夫だろ?危険度Sすら瞬殺するんだし」
この人は、何を言っているんだ?
危険度Sを瞬殺だって?
「まぁ、お茶でも飲んでいるといい」
「はぁ、頂きます。しかし、彼の噂は色々聞きますが正直強そうにはーー」
「ただいま」
聞かれたと思い、ビクッと身体が震えた。
「相変わらず早いな。キングビーバーは?」
「2匹狩った」
彼は、本当にキングビーバーを短時間で狩って来た様だ。
その後、解体所に魔物を置き、私たちは魚の買い出しに出た。
さすが、港町。新鮮な物が多い。気合を入れて選ぶ。
金貨5枚程の買い物をして終了。
転移で家に案内された。
「ひぃ!?」
そこは、カリーナの森。表情が凍りつく。
なんせ、危険地帯の為、誰も近寄らない。
そんな危険地帯の真ん中に屋敷が建っており、畑もある。あり得ない光景だった。
「おっ、ユーリよ。邪魔しとるぞ」
背後から声がしたので振り向くと、石段に座りお茶を飲む老人がいた。
ユーリさんと気軽に喋っている事から知り合いの様だ。
「はじめまして、ロゼット・トリーアスと申します」
初対面には、しっかり挨拶しておけば大抵なんとかなる。
「おお、これは丁寧に。儂は、ガイアス・ヴァーミリオンじゃ」
!!!!??
老人の正体は、竜王だった。この日、初めて竜王に謁見した。
その後、畑に案内された。普通だ。安心出来る。
次に、農業試験場なるものを見せられた。
「………」
頭が痛くなる。
生産している物は、それはそれは立派な物ばかりだ。
ただ……属性剣による農業って何だよ!!馬鹿じゃないのか!!
属性剣は、最低でも1本金貨100枚程する。
それが何本使われている?
「属性剣による農業って何考えてるんですか!?」
「う〜ん、遊び?」
「………」
真顔で返されて、ドン引きした。もうツッコむのはよそう。
夕食は、私が選ぶのを手伝った海鮮のフライ。
ユーリさんの料理は、大変美味しかった。
今日の事は忘れるよう、ひたすら食べた。
タルタルソースなるものは、美味いな。
この屋敷には、温泉も有るようだ。羨ましい。
浸かって帰るといいと案内された。
そして、温泉に浸かったら何もかもどうでも良くなった。
リラックスした所で、転移により送って貰った。
今後、彼に付き合う時は無の境地で関わろうと思う。
私の長い1日が終わった。