馬車に揺られて
孤児院が襲撃されてから2日後。
「いや〜っ、高名な冒険者さんたちが格安で護衛してくれるなんて助かりましたよ。お連れのお嬢さん方もお綺麗で旅が明るくなります」
「いえ、こちらこそ。ちょうどメルトローナまで行きたかったもので」
俺たちは護衛クエストを引き受けて商人の馬車に揺られていた。
「ほっほっほっ、それは運が良かった。今回の護衛は片道な上に、その行き先がド田舎とあって受けてくれる人が誰もおらんかったんですよ。相当な好きものでも無ければね」
俺たちが目指す場所は、メルヘン公国の首都メルトローナ。
場所は竜王国と魔王国の中間に位置する。農業の盛んな国でその財力は周辺の小国の中でもトップクラスだそうだ。
しかし、国自体は農業が盛んなだけで特に目新しい物がないそうだ。
その為、この商人さんは護衛してくれる人が見付からず、何日も竜王国で立ち往生していたらしい。そこへ利害が一致した俺たちがやって来て引き受けたという流れだ。
「……そうですね。俺も今回みたいな事情で無ければワザワザ足を運んだりしなかったと思います」
「ほう、意味深な事を仰られますね。僭越ながら理由をお聞かせ頂いても? なんなら力になれますよ。これから向かうメルヘン公国でなら私はそこそこ力が有りますので噂なんて直ぐに集まりますし、逆もまた然りです」
「余計に言い辛くなったんですけど……。あまり噂が広まると困るので」
「それは失礼。まぁ、言わなくても多少は目処が付きますがね? なんせ、全員がトレンドであるローブを着ていらっしゃらないですしね」
今の俺たちは愛用のローブを身に着けていない。その代わりに中堅冒険者が着る様なただのローブを着ている。
「そっか。ポルクスさんはギルドから説明を受けた時に俺たちの事を聞いてますもんね」
「ええ、そうです。それから推察されるのは……ギルドの視察ですかね? 身分を隠して入り込むと聞きますよ?」
「正解。でも、ご内密にお願いしますよ? バレても良いけど皆気を使うでしょうし」
「そうでしょうな。分かりました。私の胸の内にだけしまっておきます。でも、帰られた後なら話しても良いでしょ?」
悪戯っぽく笑うポルクスさんだった。
「帰りにはお越し下さい。ここまでの恩も有りますし。食事をしましょう。それ以外でも何か有りましたらオーロラ商会にお越し下さい。可能な限りご協力する事を約束しますよ」
「本当ですか? ありがとうございます。もしもの際は頼りにさせて貰いますね」
幸いな事にメルトローナでの協力者を得る事が出来たのだった。
*******
そもそもの始まりは侵入者を問い質した時から始まった。
「はぁ? エドワードがいない?」
「はい、そうです」
カルナが口の軽くなった侵入者に旦那の居場所を問い質した所、彼はこう返答したのだ。
「俺の記憶が確かなら昨夜の内に依頼人に連れてかれましたよ」
商人に扮した仲間がエドワードさんを荷物に偽装して門を超えたそうだ。
「行き先は何処?」
「メルヘン公国です。奴さんたちの会話を盗み聞きしましてね。なんでもそこの貴族に仕える傭兵なんだとか」
「メルヘン公国?」
「カルナ、何か思い当たる事は有るか?」
「全然無いです。私の知る限りではエドワードはその国とは縁もゆかりもない筈ですので……」
「カルナ自身は?」
「私の方は……母方の曾祖父がそこに住んでいたくらいですね?」
どうやらメルヘン公国自体は2人にとって縁のない所らしい。
その後、男から聞くだけ聞いて報酬と一緒に衛兵に引き渡した。
「コレで数ヶ月遊んで暮らせるぜ!」
「いや、まともに働けよ」
男は連れて行かれる瞬間まで、抱えた金貨でウハウハしていた。
でも、彼に渡した金貨はチョコレートをラッピングした物なのだ。きっと牢屋で嘆くと思うけど、あとは知らねぇ。
「しかし、メルヘン公国か……」
生憎行った事が無いので転移で行くことは出来ない。
「何か良い移動手段がないか、ギルさんに聞いてみるかな?」
ちょうど妖精の箱庭に顔を出すと聞いていたので彼に聞いてみる事にした。
「馬車だな。竜だと目立つ。今回の場合、動きがバレると困るだろ?」
速さ重視でマリーに乗っても大丈夫かと聞いたらギルさんからは馬車を薦められた。
「あっ、確かに……」
「それにしてもちょうど良かった。ユーリに頼もうとした事とも一致している」
「どういうこと?」
「実はユーリに身分を偽ってメルヘン公国の冒険者ギルドを視察して欲しかったんだ。何やら収支がおかしいらしくてな。ついでに体制やサポートなども見て欲しい」
「面白そう。喜んで引き受けます」
抜き打ちテストを行う教師みたいでワクワクしてきた。
「助かる。カードはコレを使ってくれ。Dランクの冒険者カードだ。名前も記入済だ」
「あっ、懐かしい〜。前は1ヶ月も使わなかったんだっけ?」
俺が最初に手に入れた冒険者カードもEランクのブロンドだった。Dランクになるとカードに細工を入れてくれる
俺はギルさんから受け取り偽名を確認して……思考が停止した。
「すみません。ギルさんは正気でしょうか?」
「正気だが?」
「正気ならこの名は無いでしょ!?」
カードに記されていた名前はユーリ・シズ。俺の本名だった。
「バレるわ!! 秘密の視察なのに意味がないじゃん!?」
「……バレるか?」
ギルさんが俺の周りにいる嫁さんたちに同意を求める様に聞いた。
「バレないと思う♪」
「バレないでしょうね」
「バレませんね」
「バレないと思いますよ? うちでもユーリさんの本名を知らない人が多いので」
「嘘だろっ!?」
知らなかった。あとで男連中にちゃんと知ってるか聞いてみよう。
「そういう訳で選出したら教えてくれ。直ぐに作らせる。ついでに移動の馬車も都合をつけよう。ちょうど商人の護衛クエストがあった」
「ユーリがショックで再起不能なので、そこら辺はお任せします」
そんな感じでショックを受けてる間に色々手続きされたのであった。