シルビア
「まさか、こんな所でリリンに会うとはね……。追われていたみたいだけど、またイタズラがバレてしまったのかしら?」
エルフ族の女性はそう言って苦笑いを浮べるのだった。
「リリンの知り合いですか?」
「ん? そりゃあそうでしょ? 貴方は私が………って、もしかして変装の魔法か何か?」
エルフ族の女性は俺の態度に気付いたらしく変装の可能性を疑ってきた。
「いや、変装ではないのですが……」
俺は彼女に飴玉を食べたら気絶して、気付いたら入れ替わっていた事など現状を簡単に説明した。
話し終えると彼女はとても同情した顔付きになり抱き締めてきた。
「えっ? えっ?」
ふんわりした匂いと柔らかい物に包まれて思考が停止する。そんな俺を彼女は撫で始めたのでされるがままになった。
「よしよし……貴方も大変だったのね。御愁傷様。あの娘は昔から好奇心に勝てないから……。
でも、それだけ貴方の事を信頼している証拠でも有るの。だから、あまり怒らないであげてね」
「あっ、はい」
それに対してハッキリと返事した。
別にこれくらいはいつもの事なので、リリンをそこまで責めるつもりはない。いつも通りやる事をやるだけだ。何をやるかはご想像におまかせします。
しかし、この発言やリリンを救った事から彼女が本当にリリンの関係者なのだという気がしてきた。
「立ち話もなんだし、場所を移そうか? まだ効果は消えて無いけど見付かる可能性も有るしね。付いてきて」
そう言った彼女に手を引かれて路地裏をあとにした。
そして、向かった先はとある娼館だった。
その中を彼女は我知り顔で進んで行き裏口へと突き抜ける。そこには店とは別の小さな建物が建てられており中へと入った。
建物は関係者の宿舎なのか、各部屋には名前らしいプレートが下げられていた。彼女のあとに付いて2階へ上がると"シルビア"と書かれたプレートが掛けられた奥部屋へと通された。
「ここが私の部屋なの。ゆっくりしてね」
部屋の中はとても簡素なものだった。
ベッドにクローゼット、小さなテーブルといった物だけで生活感があまり感じられない。
「それじゃあ、お互いに自己紹介しましょうか? 私はシルビア。リリンとは叔母と姪の関係ね。貴方は?」
「ユーリ・シズです。彼女は俺の奥さんになります」
「えっ、マジで!? アレって本当の話だったの!?」
どうやら彼女はリリンが結婚していた事をデマだと思っていたらしい。
その後、彼女は噂が本当なのか確かめる様に色々と聞いてきた。俺はそれに素直に返答するのだった。
「なるほど。リリアーヌとその娘たち。それに巫女の娘ラズリにリリン、スルーズ。挙げ句の果てにシシネやシオンまでとは……やるわねぇ〜」
シルビアはニヤニヤしながら感心した様に頷いた。
「しかし、シシネにシオンか……。彼女たちには悪い事をしたわね」
「彼女たちと何かあったの?」
シルビアに尋ねると彼女は一瞬罰が悪そうな顔になったが開き直ってこう言った。
「ちょっと里を……燃やしちゃった♪」
「アンタが元凶かい!!」
里が燃えて移住したシシネたち。その元凶は目の前にいるシルビアだった。
「悪い事をした自覚はあるのよ? でも、後悔はないわ。だって、里は燃えたけど外敵を追い払う事は出来たし、皆が無事に逃げ延びる事も出来たのだもの」
「はい? それはどういう? 火の魔法が制御出来なくて引火したんじゃないのか?」
俺の聞いた話では風と火の魔法がぶつかりあった結果、威力が倍となって周囲を焼いたとしか聞いていない。
「う〜ん……私が使い魔のサラマンダーを召喚したのは知って?」
「あぁ、知ってる。婚姻の儀でサラマンダーの火が暴走したとも」
「まぁ、あの状況を見ればそうも見えるわね。でも、真実は違うのよ。サラマンダーの火には新婦以外の攻撃対象がいたの」
「どういう事? あの日、一体何があったの?」
「そうね。分かりやすく言うと私たちを狙っていた人たちを先に気付いたサラマンダーが攻撃したのよ」
シルビアが言うにはこうだ。
恐らくだが、新婦の友人経由で裏の者たちに婚姻の儀の話が伝わったのだろう。
婚姻の儀を狙ってエルフという上級の獲物を狙って熟練の奴隷商人たちがエルフの里へと乗り込んだ。
これに対してエルフたちは婚姻の儀に夢中になり過ぎて気付いていなかった。いや、違う。気付けなかった。
何故なら彼らは"姿隠し"という精霊魔法を利用した隠潜用の上級マジックアイテムまでも身に着けていたからだ。
しかし、そんな彼らに気付いた者がいた。
「サラマンダーは対象を熱量で見ている。彼の目には隠れている彼らも見えたみたいなの。それでどうするか聞いてきたから……」
「攻撃しろと命じたのか」
「そうよ。ただ誤算だったのは人数ね。まさか、あれ程大勢で来てるとは思わなかったわ。しかもちゃんと護符まで携帯してるし……」
奴隷商人たちは護符により魔法が逸れて助かった。
その後は自分たちの居場所がバレたこと。更には魔法によって護符が耐えきれずに砕け散った事で身の危険を感じ早々に里から逃げ出したのだそうだ。
「つまりアレか? 里が燃えたのは護符によって逸れた火が森に引火して燃え広がったからなのか?」
「そうなるわね」
「なら、何で言い訳しないんだ?」
「それが誰一人捕まらなかったのよね。植物も燃えて情報収集も出来なくなったし。だから、最終的には証拠がなくて私は罪人になりましたとさ。とほほ……」
「それは……」
なんとも悲しい結末だった。
皆を救ったのに気付かれず、逆に罪人にされたのだ。
「それで罰として皆の移住費を肩代わりしたから此処にいるの」
「シシネたちもそんな事を言っていたな」
シシネは彼女を探していたし伝えた方が良いかな?
「エルフは高級娼婦として大事に扱われるし、行動の制限も少ないし結構自由が効くのよ。それにこんなでも諦めずに情報収集した結果、とうとう奴らの情報をゲットしたのです!」
そう言ってドヤ顔をするシルビアだった。
「凄いじゃないか! それで今はどうなってるの?」
「それは……」
「それは?」
「ヘマをして大ピンチ。色々あって……リリアーヌが交渉中」
「はっ?」
今リリアーヌがどうとか言わなかった!?
「ちょっと待って!? それはどういう……っ!?」
シルビアを問い詰めようとした矢先に覚えのある睡魔が襲ってきて机に倒れ込む。そんな俺に対して彼女は告げた。
「リリアーヌが言ってたのはこういう事なのね。やっと理解したわ。ユーリ君、多分元に戻ったら私情に巻き込むと思うの、ごめんなさい」
とても申し訳なさそうに謝るシルビア。
「………」
「全て終わったら凄く安い代金で癒やしてあげるから勘弁してね!」
金取るんかい!と思いながら俺は意識を落とした。
そして……目を開けるとリリィと一緒に野郎の集団に囲まれているのでした。