竜鬼庵
召喚配達は実際に可能だと分かったので、3日ほどセリシールで試験的に運用してみる事になった。
しかし、問題は早速起きた。
「試験運用するにはカードの数が足りませんね」
カリスさん曰く、試作品のカードが少ないのが問題らしい。
「今の数じゃダメなの? 10枚くらい有るでしょ?」
「ええ、これだけの性能を備えたマジックカードを10枚は凄い事です。しかし、問題となるのは配る相手なんです」
「店のVIP会員じゃダメなの?」
セリシールには会員制度を導入しており、ランクが高いほど質の良いサービスや割引きを受けることが出来る。
その中でもVIP会員には個室や席への優先的な案内や無料のお誕生日プレゼントなども受けられて人気だ。
「そのVIP会員が多いのですよ。もしランダムで配ろうものなら……」
「あ~っ、不味いな……」
カリスさんの言いたい事とはこうだ。
召喚カードを渡す事で差の無かったVIP会員たちに争いを生む事になる。只でさえVIP会員には貴族の令嬢たちが多いのだ。争いは避けられないだろう。
「試作品の生産をもっと増やせませんか?」
「刻印は良いけどカード本体がな……」
カードへの刻印は職業スキルの"創る人"のお陰で一流の鍛治職人が目を見張る程に早く正確に行える。
しかし、問題となのは刻印を施すカード本体なのだ。
性能から分かる通りカードには"口寄せ"と"念話"が組み込まれている。そこへ更に"解析妨害"や"盗難防止"と言った数多くの術式が組み込まれているのだ。
その為、本体に求められる耐久値は高くなり重量も重くなる。それでも性能から考えると十分なのだが普及はしないだろう。
「そのカードな。材料だけで金貨50枚くらいする」
『はぁあ!?』
聞いていた皆が驚きの声を上げた。
それもそのはず、この薄いカードが日本円にして50万もするとは考えていなかったのだろう。
「えっ? えっ? このカード一枚で?」
「一枚で。使用している鉱石が希少かつ高価な物だからね」
「マジックアイテムが高いのは知ってますが、この小ささでその値段……」
「これでも安いよ? 俺の所のマジックアイテム販売は基本白金貨スタートだし」
尤も今はお金に困っていないので結構その場の気分で安くしてしまう事も有る。
でも、一応材料費だけは回収する様にしているのだ。
「私の価値観がおかしくなりそう……」
「まぁ、そこはユーリさんだから仕方ないですよ。カリスさんは私よりも長い付き合いなのでしょ?」
「ええ、初めて会った時から驚かされてばかりです」
そんな風に苦笑しながらカリスさんは肩をすくめ、如月は同意する様に笑っていた。
そんな如月の側ではセリシールの経理をしてくれているテオドールが算盤を叩き頷いていた。
「ふむふむ……VIP会員の日常的な使用代金から計算すれば一年もすれば材料費は回収出来ますね。むしろ、いつもより利益が上がる可能性が有るのでもっと早いかもしれません」
周囲の人たちに知られずに注文出来るのも魅力の一つなので利益が出ることはまず間違いないだろう。
「まぁ、そんな訳で急ぎ増やしても残りの材料からすると10枚かな? そもそもの話だよ。完成するのに1日3枚が良い所だよ」
材料さえ有ればカードの量産は可能だ。
しかし、現実問題として大量の刻印が原因で1日3枚くらいしか作れない。下手したら2枚と言った具合だ。
「……そうですか。直ぐに増やす事は出来ないのですね」
「そうなんだよ。ごめんね」
「いえいえ、ユーリさんにしか作成出来ませんから仕方ないですよ」
「一応、知り合いに一流の鍛冶職人さんが居たから頼んでみたけど1枚作るのに1週間は掛かったよ」
そして、一般と比べて職業スキルがどれだけ異常なのかを改めて理解した。
「やはり、ここは諦めてランダム配布するべきですかね?」
「事前告知してからの配布なら争いは減らせるでしょう。でも、起こるのは避けられませんね」
争い自体は個人間だから無視しても良いが後味が悪い。
「……お主たち。そもそもの話じゃが召喚配達は別店舗じゃないのか?」
「「「えっ?」」」
当然の和王の話に俺たちは振り返った。
「わざわざカードの店名を空白にしておったろう? 扱う商品はセリシールの物らしいが別店舗となる。違うか?」
「はい、合ってますよ」
「なら、その店は無名からのスタートではないか。だったらわざわざセリシールのVIP会員に渡さなくても良かろうて」
「あっ……」
そうだよ。そもそも別店舗の予定だからセリシールのVIP会員で無くても良いんだよ。
取り扱う商品が一緒なので混在してしまっていた。
「客は紹介制にするのはどうじゃ? そうすれば直ぐには増えまい?」
「それだ! その手で行こう!!」
何れはかなり増えると思うがカードの生産とかと合わせてバランスが取れそうだ。
「……それでは最初はVIP会員の中でも一際力の有る方に渡してゆっくりと広めて貰うとしましょう」
「ああ、頼んだよ。カリスさん」
こうして和王のおかげで課題は直ぐに解決した。
その後、試験運用し始めてから小さい課題は生まれたが問題なく対処されていった。
「ユーリさん。店のシンボルと名前は決まりましたか?」
「ああ、決めたよ」
彩音たちに相談したら喜んでくれた事も有り直ぐに決まった。
試験運用の物とは違い新しく作られたカードには店の名前『竜鬼庵』とシンボルである笹竜胆を描いている。
竜種と鬼人族を繋ぐ意味を込めてそう名付けた。
そして、この笹竜胆。実は和王の一族のシンボルらしい。和国では別の物を掲げているので親密な者しか知らないと彩音が言っていた。
「さて、明日からが楽しみだ」
翌日から本格的に竜鬼庵の営業を始めた。
異世界初の召喚配達の反応は当日から予想の遥か上を行き貴族の間で話題となった。
手軽に何処へでも直ぐに呼べる強みは秘密主義で体面を気にする貴族に取って大ウケだったらしい。その為、個人様への大量発注に店は嬉しい悲鳴を上げる事になるのだった。
テオドール (正式には、テオドール・コーリス)
コーリス伯爵の一人息子にしてセリシールの経理担当。将来に領地経営の為にもセリシールで色々学び中。




