あの日の真実
事件の日の記憶を見ていた俺たちは途中で有ることに気付いた。
「あれ? これに映っているのは私ですか?」
「あっ、本当だ。クーナがいる!これは……アルラウネの目線なのかな?」
同じ様に見ていた記憶の中にクーナの全身が映し出されていた。
鏡に映った時にしか見れない事からそれがアルラウネの記憶だという事が分かった。
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アルラウネは全てを見ていた。
「……マルコス様たちが来たら……」
「……盗賊の仕業に見せかけて……皆殺し……」
「いや、魔物の娘がいるから…………」
休憩の為に停めていた馬車の影で男たちがこそこそと話していた。
断片的に聞こえる話から仲間内での争いは商隊の中に紛れ込ませていたマルコスの部下たちによるものなのだろう。
「クーナ。クーナ!」
「あれ、どうしたの? 人が多いのに荷台から出てくるなんて」
「うん! パパさんとママさんに話が有って来た! 何処にいる?」
「パパとママ? それならさっき叔父さんが訪ねてきて大事な話があるからってーー」
「魔物の娘が暴走したぞっ!! 仲間が操られている!!」
「「えっ?」」
突如響き渡る男性の声。それが引き金となって周囲では争いが始まった。
「ぐはっ!? なんで……」
「すまない。かっ、身体が勝手に……っ!? (ニヤッ)」
「まっ、待って……うぐっ!?」
「仕方ない。仕方ないんだ。アルラウネに操られているから(ニヤニヤ)」
暴れている男たちは人を殺す事があまりにも楽しいのか、下手な演技の上にニヤニヤが止まらなかった。
「にっ、逃げよう!」
幼いながらに異常さを感じたクーナがアルラウネの手を引っ張って走り出した。
「アルラウネ!アルラウネがいるぞ!殺せ!!」
暴れている男たちの煽りで他の人たちもクーナたちの事を敵視し始めた。アルラウネをどうにかすれば皆が正気に戻ると考えた者もいて襲いかかってくる。
「大人しくしろ!」
「いや、離して!!」
結局子供の行動力には限界があり、とうとう正気だった人たちに捕まってしまった。
「その子は悪くないよ!私が一緒にいたもん!!」
そんな大人たちにクーナはアルラウネの無罪を必死に訴え始めた。
しかし、大人たちはクーナの声に一切耳を貸そうとしない。
「お嬢様の話とはいえ子供の話を信じるのは……ごほっ!?」
「あぐっ!?」
突然、アルラウネの胸から刃が生える。背後では彼女を羽交い締めにしていた男性のうめき声があがった。
どうやら彼を貫通した刃がアルラウネも一緒に貫いたのだろう。
「アホだねぇ~。その子は無実なのに~」
刃が引き抜かれると男性はアルラウネと一緒に地面へ仰向けに倒れる。その瞬間、彼女の瞳は自身を刺した犯人の顔が映っていた。
「貴方は……おじさまの弟さん?」
「そうだよ~。クーナちゃん。久しぶりだね。元気してた?」
その太い両腕にはクーナが持っていた処刑刀を携えていた。
「どうしてここに?」
「それは私と一緒に来たからだよ。コイツには仕事をして欲しくてね」
アルラウネの視線が変わるとやって来たマルコスと対峙するクーナの背中があった。
「叔父様! 無事だったのですね!!」
「……全く君は優しい子だ。しかし、運がないな。両親の仕事についてくるなんて」
「どっ、どういうことなの?」
「なに、屋敷に残っていれば家畜として飼ってやっても良かったという話さ。やれ」
「なんの……あがっ!?」
マルコスが指示すると弟はクーナの背後に周り、その処刑刀で彼女を突き刺した。
それから刃を引き抜くと刃に付いた血を舐めて恍惚とした表情を浮かべるのだった。
「うんうん♪ 良いね良いね! やはり女や子供は柔らかいから刺しごたえが最高じゃないか!! さっきの男はゴツゴツして貫通し辛かったし。ほんと面白くなかったよ」
その間、アルラウネは地面を這いずりながら、血溜まりの中で今にも息絶えそうなクーナへと近付いた。
「クーナ……」
「ひゅー……ひゅーっ……」
幼いクーナからは変な呼吸音がしている。出血のあまり意識は既に無いようだ。
「ごめん……ね。私がもっとはやく言えば……かふっ」
アルラウネも限界らしい。
でも、吐血しながらクーナを守るように覆い被さった。
「私がなんとかしてあげる。だから、クーナだけは……」
そこからアルラウネの記憶の映像は途切れて音声だけとなった。
「うん? この魔物どうする?」
「既に死に体だ。放っておけ」
「へいよ。まぁ、既に刺してるしあんまり楽しめなさそうだから良い……かはっ!? ……えっ?」
「なっ、何故生きているクーナっ!?」
仕方なく聞こえている音声から2人が去る様子をイメージしていたら映像が復帰した。そこにはマルコスの弟を貫通して真っ赤に染まるクーナの腕が映っていたのだ。
「ナニコレ……」
隣にいるクーナを見るとこの光景を覚えていないらしく驚愕に目を見開いていた。
「アレは本当に私なの?」
そう思うのは無理もない。マルコスの弟を殺してからその処刑刀を奪い取るとアルラウネ化して騒ぎに集まったマルコスの部下たちを殺しだした。
しかし、その隙をついてマルコスは部下を置き去りにしてさっさと逃げ出してしまったらしく姿がなくなっていた。
「ここからはクーナの話に戻るのな」
「ええっ、そうみたいです……」
アルラウネ化を終えると普通のクーナの姿に戻り周囲を確認し出した。そんな中、死んだ両親を見付けた幼いクーナはその事に絶望し森にふらふらと入っていった。
「………」
しかし、森に入ってからは幼いクーナの足取りはしっかりとした。まるで何かに誘われる様に。
「「アルラウネ!!」」
森の奥まで進むとアルラウネたちが待ち構えている。その中の一人がクーナに気付くと前に出て声をかけてきた。
「お帰り……アミュウ? その身体はどうしたの?」
「ただいま、アイナ。この身体は一時的に借りているの。皆に最後の挨拶をする為にね」
「……それはその娘が貴女の眷属になっている事と関係有るのですか?」
「うん。私は皆より幼いから損傷箇所を一人で補えなかった。クーナの身体も損傷が酷かった。でも、2人分合わせれば一人は助かるから眷属にした。そうすれば同化出来て肉体を弄れる」
「なら、そのまま娘の意思を乗っ取れば貴女が助かるのですね?」
「うんうん、それは出来ない。私はクーナや彼女の両親に恩がある。本当なら死んでも帰れなかった私をここまで運んでくれた。だから、報いたいの」
「つまりその娘に主導権を明け渡すという事ですか?」
『…………』
他のアルラウネたちも顔を見合せてクーナを操るアミュウと呼ばれた子を心配そうに見ている。
「そうなる。渡したら休眠に入って身体の維持に励む予定」
「…………」
「…………」
2人の間に長い沈黙が流れた後、アイナが口を開いた。
「……貴女の意思は固い様ですね。でも、人間はそう甘く有りませんよ。彼らは常に差を付ける生き物です。種族の曖昧になったその子は今後苦難の道を歩むでしょう」
「分かってる。彼女の敵は私が排除する。嫌な記憶も改竄する予定」
「それが良い事なのか悪い事なのか……私たちには判断が難しいですが一つだけ言える事が有ります」
「何?」
「何時でも帰ってきて良いですからね。彼女の意識を乗っ取る事になっても責めはしません」
「……そういう事が無いように気を付ける。それじゃあ、この子をよろしく」
「ええっ、森の外に出るまで影ながら守りましょう」
そうしてアミュウはクーナの身体で眠りに付き、クーナが目覚めた時にはアルラウネに囲まれていたという訳だ。
「これが真実なんだな」
「あの……」
「クーナ?」
「あのバカ!! 少しは私に相談しなさいよ! 今まで貴女たちを恨んでいたじゃない!!」
「くっ、クーナ!?」
クーナは叫ぶとまるでその先に誰かがいる様に未来の方に向かって駆け出した。俺はそんなクーナにビックリして慌てる様に後を追うのだった。




