珍客
薬屋テリーゼは年中無休で営業している。その上、竜王国一で有るとも噂される為に色んな客が訪れていた。
「痩せ薬は有りませんか?」
そう店主であるリリアーヌに尋ねたのは小肥りした貴族風の男性だった。
「運動しなさい」
そんな彼に対して彼女はキッパリと言い放った。
「良く考えて。もしそんな薬があるのなら痩せたいと願う女性たちにはバカ売れよ?」
「たっ、確かに……」
「そうね。薬は無いけど代わりに良いダイエット法を教えるわ。運動の前にこのポーションを飲むと……」
それからリリアーヌの代案を聞いた男性客は薦められたポーションを買い帰っていった。
「リリィ先生」
「どうしたの? メーアちゃん」
「……彼には売らないんですか?」
実は痩せ薬は自体は稀少な物だが存在していて、この店でも取り扱っているのだ。
しかし、店主であるリリアーヌはそれが有ることをわざと伝えなかったし、売らなかったのだ。
「簡単よ。彼は急用性を有していないし、話した感じから食生活が原因ね。だから、痩せてもまた肥ることは目に見えてるわ」
なるほど。それを見越して売らなかった訳か。
「確かにそれなら肥満が原因で困った人を優先したいですね」
「それにね。さっきのポーションは運動前に飲むと脂肪燃焼を促進させるから痩せ薬よりは遅いけどかなり早い段階で効果が出るのよ」
「あっ、そこはちゃんと考えて売ったんですね」
「ええ。でも、一般レベルになるまで痩せるには飲み続けないといけないから本当に痩せようと思うならリピーターになるしかない。良いお客さんよ」
とても悪い顔をしているリリィ先生を旦那さんには見せられないなと思うメーアだった。
「さて、今のが最後のお客さんだから店を閉めましょうか」
その言葉で窓の外が暗い事に気付いた。私は時計を見ると既に針は18時を指していた。道理で暗い訳だ。
「そうですね。外の看板を仕舞ってきます」
「お願いね」
私はカウンターから出ると客を招く扉を開けて外に出た。
「寒い……」
冬真っ盛りなだけあって外の気温は低かった。見上げた空ではどんよりとした雲が広がっていた。これは何れ雪が降ってくるかもしれない。
私は早々に片付けを終わらせるべく外に設置されていた看板を折り畳んだ。それから店の掛札に手を伸ばし"close"に切り替えたら終了だ。
「あの……もし……そこのお嬢さん」
「えっ?」
振り替えるとそこには雪の妖精を連想させるような真っ白な女性が立っていた。更に白いコートに白い帽子と白一色の装いだった。
しかし、そんな彼女には違う部分がある。彼女の左目には青紫色の大きな薔薇のような花があったのだ。
「何かご用でしょうか?」
「薬屋テリーゼはまだ営業中でしょうか?」
どうやら彼女はうちの客らしい。
「すみません。既に営業は終了しました」
「そうですか……」
女性はとても残念そうに俯いてしまった。
この店に来たからには何かしらの薬を求めているのだろう。私には見た目から判断することは出来ないが危険な状態かもしれない。
そう思った私は女性に提案をした。
「私が看板を持って店に入れば本日は完全に閉店となります。だから、本日最後の客として私より先にお入り下さい」
「っ!? ありがとう!」
女性は顔をあげて喜ぶと直ぐに店へ入って行った。
その後、提案通り看板を持った私は彼女の後を追うように入った。
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カランカラン♪
店の扉に付けられたユーリ君お手製のベルが小気味良い音を立てた。
私は看板を片付けていた弟子のメーアだと思い入ってきた人に声を掛けた。
「メーアちゃん。今日はユーリ君が美味しいカレーを振る舞ってくれるそうだからーー」
「えっと……あの……」
メーアに「妖精の箱庭に来ない?」と聞こうとしたら知らない女性が立っていた。
そして、女性の後ろではもう一度扉が開き外からメーアが入ってきた。どうやらこの女性は滑り込みで訪れたお客さんらしい。
「ごめんね。うちのメーアだと思ったの。お客さんは、うちに何をお求めで?」
「貴女が薬師として有名なリリアーヌさんでしょうか?」
「有名……かは微妙だけど本人よ。私に直接用ということは何かの悩み相談かしら?」
薬を売るだけでなく悩みを聞くのも薬師としての勤めだ。
その結果、未病が事前に見付かったり店のリピーターが増えることに繋がるのだ。
「私は……」
女性はなかなか悩みを言い出せず、途中で言い淀んでしまった。
彼女は見た目からして種族は人間だろうか?
しかし、それにしては妙に肌が白い。それに左目にある花がどうしても気になった。
私は気付かれない様にこっそりとカウンターの下で鑑定魔法を発動し彼女を観察する事にした。
そして、鑑定によるステータスを見て私はとても驚いた。
「貴女は……人なの? それとも魔物?」
「〜〜〜っ!」
私の言葉に女性は堪えきれず泣き崩れてしまった。
どうして私がそう言ったかと言うとステータスにおける種族の欄に2つ表示されていたのだ。
「どういう事ですか? リリィ先生」
弟子のメーアが女性の介抱にまわり、代わりに理由を尋ねてきた。
「鑑定による種族欄が2つ表示されているのよ。この場合、可能性として挙げられるのは2つ。1つは、肉体に魔物が寄生している場合。そして……」
「そして?」
「もう1つは、何かしらの要因で魔物化しつつある場合よ」
「なっ!? 魔物化ですって!? そんな現象が存在するんですか!?」
「何件かあるわ……」
典型的なモノだと魔族の吸血鬼だろう。吸血鬼の吸血行為を以って眷属を作る際に対象の種族が変わるのだ。
魔族は魔物の因子を持つ亜人だ。だから、魔物自体がそれを行えてもおかしくはない。
「ちっ、治療法はないんですか!?」
「………」
「そっ、そんな……」
私の沈黙でメーアは全てを悟ったらしい。悔しそうに唇を噛み締めていた。
するとそんな私たちを他所に女性はポツリと言った。
「……やはりここでもダメなんですね」
「貴女は他の所も尋ねたのね」
「……はい。高名なお医者様は一通り。でも、誰もが前例がないと匙を投げられました」
「そうなのね」
私はこんな彼女をどうにか出来ないかと考えた。すると頭に浮かんだのはユーリ君の姿だった。
「……彼なら何か分かるかもしれない」
「……えっ?」
「貴女。少し私に付き合わないかしら?」
私は彼女を妖精の箱庭に連れ帰りユーリ君に引き合わせる事を決めた。
女性のイメージは俺にトラウマを植え付けたドラッグオンドラグーン3のゼロを儚げにした感じで考えてます。