嫁たちの情報収集能力
ユーリがヴィクトリアの元で目を覚ます数時間前、祝勝会で酔い潰れたアイリスたちはホテルのベットで目を覚ました。
「あれ? ユーリは?」
彼女たちは起きて直ぐにユーリがいない事に気が付いた。
でも、最初はたいして気にも止めなかった。何故ならユーリが先に起きて行動するのはさして珍しい事ではなかったからだ。
しかし、従業員にユーリの事を聞いて事態が一変する。
「ユーリ様でしたら皆様を連れ帰ってから戻られてませんが?」
『えっ?』
従業員の話を聞いて直ぐに祝勝会をしていた屋敷へアイリスとギンカは転移した。
しかし、そこにあった屋敷は昨日とは打って代わり。
「売却中……?」
荷物は運び出され売りに出されていたのだった。
そして、追い打ちをかける様にギンカが非情な事実を告げた。
「……ダメです。匂いが消されています」
「そんなぁっ……」
アイリスとギンカは一度ホテルに戻り、皆と認識をすり合わせる事にした。
その結果、とても異常な事に気が付いた。それというのは。
「私の記憶が混濁してる……?」
アイリスにとってアルコールというのは毒の様なモノ。それが効かないアイリスは場酔いをする事はあっても本当の意味で酔うことは無かったのだ。当然酒による記憶障害が起きる訳もない。
「アイリスお姉ちゃん!それだけじゃないよ!!」
「飲んだ覚えのない私たちまで酔い潰れてます!?」
「人様の家だから飲まない様にしてたのにです!!」
しかも年少組の子達は他人の屋敷なので遠慮して飲んでいなかったのだ。それなのに彼女たちも酔い潰れるとはおかしい話である。
「とりあえず、何が起こったかを考えるよりユーリさんを探しましょう。恐らくユーリさんの身にも何か起きた筈です」
「そうだね。駆け落ちだったら罪悪感から魂の契約が壊れると思うし」
「私、アダムス校長を当たってきます!」
「なら、私は冒険者ギルドへ。ここのギルド長とは既知の間ですので」
「私はここの商会ギルドに行くとしましょう。屋敷を売り払ったのなら売却記録が、今まで使っていたのなら住居登録があると思うので見せて貰ってきます」
「ベルさん、如月さん、カリスさん。そっち方面は弱いからお願いね」
「そちらは皆さんにお願いすれば安心ですね。念の為、魔王サイドには竜王国の大使館経由で調査している事を知らせておきますね」
「それじゃあ、私たちは自分の足で調べてくるよ。皆頑張ろうね!」
『おぉーーっ!』
事務的な手続きはマリーたちに任せてアイリスたちはその足で調べる事にした。
『………』
情報収集に奔走し得られた情報をホテルに持ち帰ったアイリスたちは再び嫁会議を行った。
「まずは、私から報告します。魔王国サイドは、この件に関して一切許可しないと突っぱねられました。
その上、この件に深入りする様なら国外退去も視野に入れろとの事です」
「冒険者ギルドの方は情報なしですね。
ただ、昨日ユーリさんの情報を幹部に問い合わせした方がいたそうで……双子の少女だという話です」
「商会ギルドには魔王サイドからの圧力が有り屋敷に関する情報公開が禁止されていました。……なので、会長権限で閲覧させて貰うとダマイクスという魔王の側近をしている初老の男性が一時的に借り受けており、今日の朝に契約解除したそうです」
「……アダムス校長。昨日の祝勝会で撮った写真を見せると一緒に映っていた執事とメイドが魔王の側近としてパーティに参加したのを見た事があると教えられました」
以上の情報から魔王がからんている事が予想されたが、その後に続くアイリスたちの話が確定させた。
「私たちは祝勝会の時に潜んでいた人を追ってみたよ。そしたら案の定魔王城に入って行ったみたい」
「道中消えていた匂いも魔王城で感じる事が出来ました」
実はヴィクトリアの従者は4人おり、常に一定の距離を保って護衛していた事に皆は気付いていた。
「彼を放置していて良かったよ。おかげで彼の痕跡は追えたんだから」
「以前の三つ子の件もあり襲うか迷いましたが、ご主人様に止められており助かりました」
「ギンカ襲おうとしたんだ……」
「はい。ご主人様を値踏みする感じを受けましたので」
ギンカの目を見て本気で襲う気だったと皆は思った。
「さて、これだけ情報が揃うと魔王様が絡んでいるのはほぼ確定ですね。……なら、ヴィーちゃんとはどういう関係なのかしら?」
「う〜ん、娘とか?」
「でも、記憶が確かなら現魔王様は独身の筈よ。それに相手がいるなら周囲の国に連絡するだろうし」
「なら、魔王様本人とか? 人を見た目で判断出来ないのがこの世の常だからね」
「男性という噂が有るわ。でも、公式に姿を見せる事は基本無いから女王の可能性も否定出来ないけど前例を辿るなら男性ね」
『……それじゃあ誰?』
「魔王様だ。魔王様で合ってる」
魔王の側近を従者として扱うヴィーちゃんの正体に皆は悩まされた。それを解決したのは遅れてやって来たアダムスだった。
「アダムス校長!」
「すまん。遅くなった。でも、有益な情報を入手しきた。
魔王国の幹部を務める知り合いにユーリ君の事を聞こうと集合写真を見せたら一緒に魔王様が映っていると言っていた。問いただすと変装しているがこの少女が魔王様なのだそうだ」
アダムスは懐から取り出した写真に映るヴィクトリアを指差しながら宣言した。
「後、誘拐の目的なんだが……」
「そこまで分かったのですか!?」
「あぁ、分かった。ただ君たちにとって都合の悪い事でね……」
凄く言い辛そうにしているアダムスに「大丈夫ですから」と声をかけて聞き出した内容はこうだ。
「自分の番としてユーリ君を独占する為だ」
それを聞いた瞬間嫁たちの行動は速かった。
「まずは、城に張られた多重結界だね。強固な上に厳重で許可書が無いと入れないよ」
「そこは私たち三姉妹が何とかします。必要な道具が妖精の箱庭に有るので……。ギンカさん、協力をお願いします」
「了解です。必要な物資の運搬はお任せを」
「はい?」
アイリスたちの言葉に理解出来ないアダムス。彼を他所に話は続く。
「各所への連絡はどうしましょう?」
「伏魔殿を狙った襲撃という設定で冒険者チーム『紅蓮』によって魔王城警備の抜き打ちテストが行われるって連絡はどうです?」
「あっ、それなら紅蓮のローブを着ていれば何をしてもクエストだからと思われます!」
「激戦になると思うから戦闘に自信の無い子は予備のローブを着て野次馬への周知と対応をお願いね」
アイリスたちによってどんどん進められて行く計画にアダムスは嫌な予感がした。
「いやいや、ちょっと待ってくれ!君たちは何をするつもりなんだ!?」
「何って、決まってるでしょ?」
『旦那を取り戻す!』
「ベル君!君たちは正気なのかね!?」
「正気じゃ無いですね。皆怒ってます。……旦那取られる感覚ってこんな感じなんですね」
「っ!?」
「でも、昔の私なら考えられませんね。どうやら結婚して妖精の箱庭流に染まったみたいです。やられたらやり返せですね」
ベルは終始笑顔だったが、彼女から溢れる怒りのオーラにアダムスは気圧された。結局、彼はアイリスたちを止められず根回しの手伝いをする事にしたのだった。
次回アイリスたちが魔王城を襲撃します