グリーフの森からの逃走
ルボアルーツに来た翌日には元凶がいると思われるグリーフの森へと立ち入った。
グリーフの森は妖精の箱庭のあるカリーナの森と同様に人を拒む領域だ。手入れの行き届いていない木々は森に光を差し込まず、背丈程に伸びた草たちはあらゆる物を覆い隠していた。
「懐かしいな。初めてカリーナの森に降り立った時を思い出すよ」
「そうだね。私も昔を知ってるからそう思うよ」
そんな風に会話しながら森を進める辺りカリーナの森に鍛えられたということだろう。
また、案内人として召喚したダフネがいるから迷う事もない。
「くんくん……こっちの方です」
「了解。空間捕食」
俺の空間魔法で先が見通せる様に草を切り岩を削り取ってギンカの示したルートを整備する。そうやって出来た道を俺たちはどんどん進んでいく。
「アイリス。何か見えるか?」
「う〜ん……今の所普通の森かな?」
「ダフネの方は何か感じるか?」
「………」
「ダフネ?」
黙っているダフネを見ると顔をしかめていた。俺たちは足を止めて彼女にその理由を聞いてみたい。
「おかしい……この森から音が消えてます」
『音?』
ダフネの言葉に耳を済ましてみた。その耳には風で揺れる木々の葉や水の滴る音が聞こえてきた。……それだけの音が。
「生き物たちが息を潜めてる」
森なら聞こえるはずの生き物たちの声が一切聞こえて来ないのだ。その事にゾッとした。
「私に聞こえる草木の会話がこの森にはなく、語りかけても返ってきません」
「……森に潜む虫や動物も何かを警戒して息を潜めてるみたいですね。ご主人様。そこの倒木の隙間を覗き込んでみて下さい」
俺はギンカに言われるまま覗き込むとそこには小さくなって隠れているネズミの姿があった。
その身体は外へ目を向けずに震えており、俺が見ている事にも気付いてない様だった。
「マガツミを警戒しているって所か……?」
強い魔物が居た時に動物たちが息を潜めてる事はよくある。
しかし、こんな風に怯えたり草木の会話が無くなる事は無かった。
それだけにマガツミと呼ばれる存在は危険な事が伺えた。
「調査団の救出を優先して、討伐は二の次にしよう」
もしマガツミと遭遇したら俺とエロース、ギンカで時間を稼ぎ逃げよう。調査団が一緒にいたら各自に渡している転移結晶を使って逃げる事も想定に入れておこう。
「っ!? ユーリ、上!!」
「アレは!?」
突然アイリスに急かされて上を見るとその目に映ったのは禍罪の犬だった。それが数体何処かを目指して飛んで行く。
「匂いと同じ方に向かってます!」
「分かった。後を追うぞ!」
俺たちは空を飛ぶ禍罪の犬を追って森を駆け出した。
それから数十分くらい走った頃だろうか?
足場を気にして下を向いていた視線を再び上に向けた瞬間、「きゃあ!?」という悲鳴と共に視界を白が覆い尽くした。
「えっ……ぐふっ!?」
突然の事に覆い尽くしたものの正体は分からないが、人肌の様に柔らかさと良い匂いを持っていて普通に力を入れたくらいでは退かせない程の重さが有る事は直ぐに理解出来た。
俺は他にも把握出来る事が無いかと手を動かして確認してみる。
手を交差して見ると形状が筒状でツルツルしている事が分かった。他には口の辺りに境目が有って質感が変わり、女の子の身体に埋もれた時の感覚を受けた。
そして、頭上に手を伸ばした俺は異常に柔らかい物に気付いて両手で思いっきり握った。
「ひゃわぁぁーーっ!?」
「ぐぐっ!?」
『ユーリさんっ!?』
再び聞こえた悲鳴と共に白い塊がうねり下にいた俺はかなりの衝撃をその身に受けた。
「ユーリ君!? 皆、急いで手伝って!完全に潰されてる!!」
「おっぱいがっ!? おっぱい掴まれたーーっ!?」
「あらあら、パニクっちゃって。はぁ〜っ、この娘そっち方面に弱いのよね」
「先生も冷静に分析してないで手伝って下さい!」
なるほど。あの感触おっぱいだったか。それなら指の隙間に触れた小さな塊はアレという事ですね。
色々と納得のいった俺は重さに負けて意識を手放す事になるのだった。
どれだけ気を失っていたのか、アイリスの膝の上で目を覚ました。
「あっ、ユーリが起きた」
「アイリス……あれからどれだけ経った?」
「10分くらい? あっ、直ぐに起きない方が良いよ。ゆっくりとゆっくりとね」
俺がアイリスに支えられながら上体を起こすと周囲に知らない人たちが増えていた。
主に多いのはラミア。状況的に例の調査団の可能性があった。
「彼女らは捜索対象の調査団?」
「うん。正解」
「…………」
「……なぁ、アイリス。彼女は何であんなにこっちを睨んでるんだ?」
「あははっ……」
顔を真っ赤にして俺を睨む白いラミアについて尋ねると笑って誤魔化すアイリスだった。
「アレだけの事をした覚えない……? 貴方! 私に何をしたか覚えてないのっ!?」
「う〜ん……」
「ウソでしょっ!? 私のおっぱいを揉み下した上に大事な恥部にまで触れたのにっ!?」
俺はその言葉で意識を無くす前の事を思い出した。
その手に触れた和らいだ感触。いい匂いのした人肌。ツルツルした筒状の塊。
「あっ、俺に乗ってたのは君か! 重かった!」
「酷っ!?」
「でも、いい匂いして柔らかかったよ」
「貴方ねぇ!他に言うーー「静かにしなさい」ーーっ!?」
文句を言おうとした彼女を近くにいた年配のラミアが口を塞ぎ黙らせた。
同じタイミングで周囲の気配が一変する。気温が下がり周囲の暗さが増した様に感じた。
その理由は直ぐに分かる。森の草木が変色したかと思うと獣骨の頭をネックレスの様にぶら下げた黒い人型が現れたのだ。
「マガツミ……」
鑑定魔法でステータスなどの情報が見られなかったが、名称からコイツが元凶だという事だけは分かった。
「ひぃいっ!? せっかく木に登って巻いたのにっ!!」
「貴方が騒いだから気付かれたのよ!」
「仕方ないでしょ! セクハラされたんだもん!!」
「黙りなさい!」
年配のラミアの叱責で喧嘩していた者たちは静まり返る。
「「っ!?」」
「また、攻撃して逃げ隠れます! ソフィアの攻撃しか効かないので彼女を全面に。他の者たちは派手な魔法で気を引きーー「斬っ!」ーーえっ?」
確実に仕留める為にフラガラッハを出した俺が皆が動く前にマガツミを真っ二つに両断した。
マガツミを斬り裂くと"ピシッ"という音が周囲に響いた。
「よし、これで倒し……全員転移用意!!離れるよ!!」
『えっ?』
状況を理解出来ず困惑する皆の前でマガツミに変化が起きた。
消失による四散が起こるのではなく、真っ二つになった傷口がブクブクと膨れて塞がり完治したのだ。
「皆、伏せろ!!」
「……ジオグラビティ!」
『きゃあ!?』
ギンカが重量魔法でフォローして皆を無理やり伏せさせた。
そのタイミングでマガツミが腕を振るうと上部を斬撃が通り過ぎ木々を薙ぎ倒した。
「マスター権限発動!ワード『エスケープ』!強制起動による転移発動!!」
皆に持たせた転移結晶を作成者権限を使って発動させた。
周囲にいる者たちが一斉にマーキングした地点へと転移する中、俺は殿として残った。
そして、マガツミに色々魔法の効果を試した後、結界に閉じ込めて俺も転移した。




